偽物彼氏



彼氏を好きになった。
そこだけ聞いたらとても自然なことに聞こえるだろう。だけど、相手は私に彼女役を頼んでいるだけのかりそめの彼氏。好きになったって、応えてもらえない。
だってそもそも女の子から言い寄られるのが面倒だっていうので彼女役を頼まれたから。
幸郎くんを好きになってしまったと自覚してから、苦しかったり悲しかったりすることが増えた。恋ってもっと楽しいもののはずなのに。

体育館の出入り口にある数段の短い階段に体育座りして膝に顔を埋める。ダンゴムシみたいに丸くなっていると「何やってんだ?」と頭上から声が聞こえた。

「星海くん」
「幸郎待ってんのか」
「…うん」
「なんだよ手本みてーな浮かない顔して」
「なんでもないよ」
「その顔でなんでもないは嘘だってバレバレだぞ」

星海くんはいつだってまっすぐだ。それが眩しくもあり羨ましくもある。私の横にドサッと腰かけた星海くんは「幸郎が女子に呼び出されてっから凹んでんのか?」と聞いた。
図星だった。私と付き合っていると知っていたってハートの強い子はこうやって告白をする。あの子より私にしない?って。

体育館裏というベタな場所に呼び出された幸郎くんは、私に待っているよう伝えてそちらへ行ってしまった。よせばいいのに好奇心に駆られてちょこっと覗いてしまった告白現場。可愛い子だった。たしか幸郎くんと同じクラスだったはず。女の子へのけん制としての役割を果たせない私はいつお役御免になるかわからない。それに、幸郎くんに好きな子ができる可能性だってある。そうなった時、私どうするんだろう。

「幸郎と付き合ってるのは苗字なんだから、そんな顔しなくてもいいだろ」

星海くんはカラッとした態度で言う。

「幸郎が好きなのは苗字なんだし」
「好き…なのかな」
「ハァ〜?普段あんだけベタベタしといてよく言うな」

何言ってんだコイツという顔で星海くんは私を見た。だって、本当に付き合ってるわけじゃないんだよ。そんなこと言えないけど。

「光来くん」
「お、来たぞ」

にこやかに現れた幸郎くんは「お待たせ」と私の前にしゃがみ込む。

「苗字。思ってることは言葉にしねーと伝わんねーぞ」

じゃ、俺は帰る!と元気よく星海くんは去っていった。そんな星海くんの意味深な言葉を幸郎くんが聞き逃すはずが無い。

「今のどういう意味?」
「なんでもないよ」
「光来くんには言えて俺には言えないの?俺彼氏なのに」
「だって、幸郎くん本当の彼氏じゃ「名前ちゃん」

言葉を遮るように名前を呼ばれる。

「帰ろう」

幸郎くんは私の手を引いて立ち上がらせる。

「もしかして、心配してた?ちゃんと断ったよ。俺には名前ちゃんがいるからね」
「…そっか」

その言葉に安心してしまう私がいる。私まだ、幸郎くんの彼女でいられるって。
手を繋いだままバス停へ向かう。
その途中で、幸郎くんを呼び出していた子を見かけた。泣いた後なのか目元が赤い彼女は、打ちひしがれたような悲しい顔でこちらを見ていた。私もそう遠くない未来、あちら側へ行くんだろう。
幸郎くんがこの手を離した時に。

「名前ちゃんさ、光来くんと仲良くなったよね」
「え?まぁ、中学一緒だもん」

紹介したの幸郎くんでしょ、と言えば「まぁそうなんだけどさ」とよくわからない返事。

「幸郎くんの話してるだけだよ」

仲良しの星海くんが私に取られるみたいで嫌なのかなと思い会話の内容を伝える。私と星海くんの共通の話題なんて授業のことか幸郎くんのことぐらいだ。

「へぇ〜」

幸郎くんはさほど興味が無さそうに返事をして「今日さ、うち寄ってく?」と聞いた。
急に話変わったなと思いつつ「ううん。行かない」と言えば「なんで?用事あるの?」と切り返される。
今日なんかしつこい。

「用事とかじゃないけど…」

だって、おうちにいったらきっとキスされる。キスされる度、胸がズキズキするのだ。幸郎くんのこと、もっと好きになってしまいそうになる。
好きになったって無駄なのに。切なくなってきゅっと繋いだ手に力を込めてしまった。すると、幸郎くんが足を止める。ちょうどバス停に着いたようだった。

「名前ちゃん」
「ん?」

名前を呼ばれて顔を上げると幸郎くんの顔が思ったよりも近くにあった。唇が頬に触れる。

「幸郎くんっ!ここ外だよ」
「誰もいないって」

口にした方が良かった?と笑う幸郎くんは意地悪だ。

「やだって言ってもするくせに…」
「わかってるね名前ちゃん」

その通り、と微笑んだ幸郎くんは意地悪な唇を私のそれに重ねた。胸がギュッと締め付けられる。
ねぇ幸郎くん。恋って難しいね。




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