騙し討ち合コン(大学生)


人間、やましい事があるとそれが露見した時思考が止まるらしい。

言い訳なんて考えてなかったから当然だ。隠し通せると思っていた事が間違いだった。今まで一度だって幸郎くん相手に隠し事なんてできた事ないのに。

幸郎くんは微笑みを崩す事なく、上着のポケットに両手を入れたまま私の前に立っている。汗なんてかきそうにもない寒い季節なのに、私の背中に汗がつたう。お手本みたいな冷や汗。
知り合って2時間と少し経つ男の子が、横から心配げに「知り合い?」と聞く。知り合いも知り合い。なんてったって彼氏様なのだから。

そして今の私は、内緒の合コン参加を現行犯で彼氏に見つかり言い訳に悩む彼女だった。

そもそも、私は女子会の開催だと聞かされてここに連れてこられていて、完全にだまし討ちされている。その時点で充分に情状酌量の余地があると思うのだけど、幸郎くんがその言い訳を聞き入れてくれるかは分からなかった。


2時間と少し前、女子会だとのんきに信じて疑わなかった私は、案内された席に男の子たちがいることに驚いていた。幹事の子を見ると、申し訳なさそうな顔でお手洗いに引っ張って行かれる。声を潜めながら彼女は弁明を始めた。

「嘘ついてごめん。名前彼氏いるから正直に言っても来てくれないと思って…」
「もちろん断るよ。私連れてくるくらい他に誰も捕まらなかったの?」
「だって、名前連れてきたら、向こうもアオキくん連れてきてくれるって言うんだもん」
「え?」
「向こうの幹事、名前と話してみたいんだって」

つまり、大学きってのイケメンと名高いアオキくんを召喚する生贄として差し出されたわけだ。

「名前、今の彼氏以外知らないんでしょ?たまには別の男の子と話すのも新鮮でいいんじゃない?」

悪びれずにそういう彼女に思わずため息が漏れた。今回は顔を立てて参加するけど、次こういうことをしたら帰るとクギを刺して席につく。

アオキくんは確かにイケメンで、店内の照明がそこだけ余分に当たってるんじゃないかってくらいピカピカして見えた。幹事の男の子は同じ学部の人らしい。確かに必修の授業で一緒な気がする。素朴な感じで人が良さそうだ。やんわり友達に彼の横に座るよう促される。目くばせをされてアオキくんの件でこの子もグルなんだなと察した。
イケメンの前に友情なんて儚いものだ。彼氏がいる友達を平気で売るんだから。
幹事の男の子とは、共通の友人や授業の話題でそれなりに楽しく話ができたけど、同じ学部の友達としてと言われたので断りきれずに連絡先を交換してしまった。
彼氏持ちであることは場が盛り下がるから絶対に言うなと言われていた為、黙っていたが何故だか後ろめたさを感じる。嘘をついているからだろうか。

そして、私はだまし討ち合コンの衝撃で大事なことを忘れていた。女子会と思い込んでいたせいで、幸郎くんに今日の予定、つまりお店や時間帯を教えてしまっていたことを。同時に気づいていなかった。合コンの終わり頃、携帯に幸郎くんからの着信が入っていたことに。

宴もたけなわではございますが、と幹事が声をかけたタイミングで会計を済ませる。みんなが2次会に行こうと盛り上がる中、断りたいなぁと思いながら友達に続いてお店を出たところで、お店の前のガードレールに腰かけるようにしている幸郎くんを見つけた。
目が合い、チラッと一緒に出てきた子たちの方に幸郎くんが視線を滑らせる。
そしてその片眉がふぅん?と言いたげに動いた。察しの良い彼のことだ、きっとこれが何の集まりか理解した気がする。サッと血の気が引いた。

「知り合い?」と幹事の男の子に声をかけられたところで、私の表情で察したのか友達が「彼氏?」と囁いてきた。
コクリと頷けば「めっちゃイケメンじゃん!」「写真見せてくれなかったのイケメンの彼氏内緒にしたかったから?」「ちょっと、彼氏の友達紹介してよ!」と好きにしゃべり始めた。
写真を見せなかったのは、2ショットを人に見せるのが恥ずかしかったのと、幸郎くん1人の写真が無いからだ。無いというか、写真を撮ろうとすると案外子供っぽいところのある幸郎くんが素早く動いてわざとブレた写真にしてしまう。「もー!」という私にいつだって「名前ちゃんは写真撮るの下手だな〜」と笑うのだ。

みんな楽しそうに、戸惑っている男の子たちをほったらかしにして幸郎くんを囲んでいるが、私には微笑んでいる幸郎くんの背後に鎌首をもたげる蛇が見える。怒っている。間違いなく怒っている。きっと本人に聞いたところで「怒ってないよ?」と言うに違いないけれど。

どうしたらいいのかと逡巡している内に、幸郎くんが「名前、帰るよ」と歩き出した。呼び捨てにドキッとする。普段名前ちゃん、と呼ぶ幸郎くんが私を呼び捨てにする時は、周りに私が自分のモノだと知らしめたい時だ。やはりご機嫌はよろしくなさそうだなぁ。リーチの違いですぐ距離が空いてしまい慌ててその後を追う。私がぐるぐる悩んでいる間に友達と話し終わっていたようだ。

「ばいばーい!」と友達は笑顔でひらひらと手を振る。幹事の男の子はアオキくんにポンと肩を叩かれているように見えた。

「幸郎くんっ、あのね、私、今日男の子もいるって知らなくて、」
「うん。名前ちゃんの友達から聞いた。交換条件の為に合コンだってことは黙ってたって。怒ってないよ」

前を向いたまま、幸郎くんは歩き続ける。

「でもムカついてはいる。あの中に名前ちゃんに言い寄ろうとした奴いるんだろ?まさか連絡先教えてないよね」

痛いところを突かれて、「えっ!?」っと大げさなリアクションをしてしまう。これじゃ、交換しましたと言ってるようなものだ。
幸郎くんは歩みを止めて、視線だけ動かして私を見る。流し目みたいな動き。ちょっとセクシーだなと思ってしまった。でも、190オーバーの男の子にジロリと見下ろされるのはやっぱり迫力がある。

「でもね、友達としてっていってたし、彼氏いるのわかっただろうし、心配無いと思うの」
「はぁ〜?本気で言ってる?下心あるに決まってるだろ。連絡先消してとは言わないけどちゃんと警戒しなよ」

そう言われてちょっと泣きそうになる。なんでそんなに強く言われなきゃいけないの。言い寄られたって幸郎くん以外の人に靡くわけないのに。

「何か言われたって、幸郎くん以外の人に興味湧かないもん。幸郎くんのせいだよ。他の男の子、全然素敵に見えなくなっちゃった」

アオキくんだって、モテそうだなって思っただけだったし。私がキラキラしてるって思うのは幸郎くんだけ。
幸郎くんは、ふ〜っと深く息を吐く。吐いた息が白く染まって夜の闇に霧散した。

「言ってくれるね名前ちゃん」

幸郎くんはにっこり笑う。

「明日の予定は?」
「明日?土曜日だし何にもないよ」
「じゃあ外泊しても問題ないね」
「えっ?」
「家に連絡しておきなよ」

そう言って幸郎くんは私の手を掴み方向転換する。上着のポケットに入れられていた手はぽかぽかと暖かかった。
連れて行かれた場所はその、まぁ、そういうホテルで、楽しそうな幸郎くんは「大きい風呂一緒に入ろうね名前ちゃん」と楽しそうだった。
ご機嫌は治ったらしいけど、何が琴線に触れたのかわからない。逃げるタイミングを失した私はそのまま幸郎くんの好きに掌の上で転がされてしまった。

週明け、講義の前に合コンに参加していた友達が私を囲み口々に幸郎くんのことを聞きたがった。程々に答えながら適当にいなしていると、その中の1人が私の首元を凝視していることに気がつく。不思議に思っていると、少し言い辛そうに口を開いた。

「名前ちょっとあっち向いて」
「どうかした?」

あまりの唐突さに不思議に思いながら首を動かすと、他の子も「あっ、」と声を上げる。

「名前…その、彼氏怒ってた?」
「大丈夫だったよ。事情わかってくれたし」
「いや、でも、首っていうか、耳の後ろあたり…わかりやすくキスマークついてるよ」

髪、下ろしたほうがいいんじゃない?と友達はにやにやを隠さずに言った。驚いて鏡を取り出すけど、全く見えない。友達が自分の鏡を貸してくれて、二枚を使って耳の後ろあたりを見る。

そこには指摘通りのキスマークが存在感ばっちりで鎮座していた。私が気付かないように、そしてあわよくば他人の目に触れるように周到に計算された犯行。やられた!と思いながら髪を下ろす。キャッキャと盛り上がる友達を横目に、幸郎くんのご機嫌を損ねないように気をつけようと肝に銘じたのだった。




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