LOVE



これはきっと罰なんだと思った。
自分の欲求を満たすために臣くんを利用していた罰。私は、臣くんの気が済むまで、彼の言う通り“彼女”でいようと決めた。どうせ“聖臣くん係”と変わり映えすることは無いだろうと思ってのことだ。私にしか触れないと言っていたけれど、ずっと一緒だから平気なだけで、別に好きなわけじゃないと思う。現に好きって言わなかったし、古森くんの入れ知恵でそう錯覚してるだけだ。いつか、臣くんだって本当に好きになれる人に出会う。その時がきっと私が赦される時なのだ。

大学が違うと会うことも格段に減る。相手が多忙ならなおさらだった。それは私にとって好都合で、臣くんに小言を言われない自由を謳歌している。
一足先に社会人になった古森くんから珍しく連絡がきたのは、肌寒くなって久しい季節のことだった。なんでも、こちらで試合があるらしい。チケット送るから来いよ!と明るく誘われて、断れなかった。久々に古森くんに会えるしいっか、彼女とどんな感じか聞いてみようと軽い気持ちで会場に足を運ぶ。
席についてひざ掛けを取り出していると、隣に誰かが座った。視界の端に入ったボトムに見覚えがある。なんで見覚えがあるかって言うと、一緒に買いに行ったからで。嫌な予感のせいで背筋を熱くもないのに汗が伝った。ひざ掛けを出そうとして屈んだままの私の頭に聞きなれた声が降ってくる。

「いつまでそうしてんだよ」
「…臣くん」

図られた、と理解した。私が最近臣くんを避けていることをきっと古森くんが聞いたのだ。そしてこんな回りくどいことをしたに違いない。

「久しぶりだな」

そういう臣くんは前に会った時より髪が短い。切ったばっかりなのかな、と表情を観察する。怒っては無いみたいだ。約半年。私が彼を避けていた期間。バイトを詰め込んだら偶然そうなったんだけど、でも臣くんのことを忘れていられるのは気が楽だった。臣くんだって忙しかったみたいだし。お互い様だと思ってる。例え私の方が断る率が高いとしても。

「髪切ったの?」
「あぁ。そっちは伸びたな」
「…だね」

ピーッと試合開始のホイッスルが鳴りコート上の古森くんに視線を移す。

「古森くんに迷惑かけるのやめなよ」
「お前が避けるからだろ」
「避けてないよ。バイトが忙しかったの」
「そういうことにしてやる。今日は暇だな」
「…暇じゃないし」
「これ終わったら俺の家に行くぞ」
「暇じゃないってば」
「古森に1日予定無いって言ってたんだろ」

古森ぃ!!と心の中で古森くんの胸倉を掴む。
個人情報の漏洩だ。チラッと臣くんを見ると、臣くんも私を見ていた。そしてフン、と鼻で笑われる。シンプルにむかついた。
家に行くって言うことは、つまりそういうことで、私はついムダ毛の処理だとか今日の下着に思いをはせてしまう。臣くんの童貞卒業のお世話(前友達に話したら大爆笑された)をしてから、それなりにそういうことをしていて、その、段々と臣くんがどうしたらいいかを理解し始めているというか、悦くなっているというか、とにかく臣くんとのソレに溺れてしまいそうなのが怖くて、「聖臣くん係なんて知ったことか!」と避けていたのだ。そんなのぜっっったいに知られたくはない。
無言を肯定とみなしたらしい臣くんはそれ以上何も語らず静かに試合を見ていた。私はといえば古森くんの活躍を眺めながら後でどうしてくれようかあのキューティー眉毛め…と思案していたのだった。

試合はEJPの勝利で幕を閉じた。臣くんと二人古森くんの所へ足を運ぶ。ファンの列に並んで待っているとしばらくしてやっと順番が回ってきた。人気者だ。

「おっ、苗字!聖臣も」
「古森くぅん…!」
「ごめんごめん聖臣がすっげぇ落ち込んでたからさぁ〜!」
「落ち込んでない」

私の嵌めたな?という空気を察したのか古森くんが明るく謝罪する。多分あんまり悪いとは思っていない。彼は基本佐久早陣営だ。親戚だし、不思議はない。

「お疲れ様。勝ってよかったね。彼女観に来てないの?」

そう聞いた途端。古森くんの目が死んだ。

「馬鹿」

臣くんがあーあ、という空気を出す。地雷を踏みぬいてしまったらしい。

「あれ、サクサキヨオミじゃん」

お通夜みたいな空気を遮るように、ひょこっと糸目のイケメンが現れる。臣くんを知っている様子だった。

「珍しいね見に来てるの」
「俺が誘った。こっちは聖臣くん係の苗字名前。同級生」
「へぇ〜?」

余計なことを言った古森くんに、思わずめちゃめちゃ嫌そうな顔をしてしまった。糸目のイケメンは私と古森くんと臣くんを順番に見て「彼女とかじゃないんだ」と感想をこぼすとそれ以上何も言及しなかった。空気の読めるタイプみたいだ。いいぞ藪をつついて蛇を出してくれるな。

「思うところはあるだろうけどさ、聖臣と仲良くしてやってよ」

帰り際古森くんにささやかれたセリフに思いっ切り渋い顔をしてしまったのはご愛敬だ。
そのまま宣言通りお持ち帰られた私は、臣くん夜のお世話(大爆笑)をすることになったのだけど、寒い季節に触れる他人の体温は心地良くて必要以上に抱き着いてしまった。いったいどうしたっていうんだろう。久しぶりだったから?それとも単純に寒かったから?久々に触れた臣くんの手は優しくて里心みたいなのが刺激されたのかもしれない。
いやそれだと臣くんが帰る場所みたいになっちゃう。

「名前ちゃん」
「なに」

ことが終わってへろへろの私に、臣くんが近寄る。

「次いつ会える」
「えぇ、わかんないよ」
「予定見せて」
「勝手に見て…」

眠すぎて思考が上手く働かなかった私は、スマホのロックを解除して臣くんに渡す。これを後に後悔することになろうとは思いもせずに。

「…なんでいるの」

バイトを終えて外に出ると、やたらと大きな人影が私を待ち構えていた。

「予定見たから」
「あー…」

そうだった、とそれ以上とやかく言わず歩き出す。何か用事があるものと思われた臣くんだけど、特に何も言わずに家までついてきた。

「…あがる?」

そう聞いたのは、少しの気まぐれと親がいるから変なことはされないだろうという安心感からだ。頷いた臣くんは私について家に入った。
親は「あらあらまぁまぁ佐久早くんじゃない。おっきくなったわねぇ」と色めき立ち、意味深な視線を寄越した。臣くんとそういう仲になったことは言っていないけど、きっとこれでそう思われてしまったことだろう。
私の部屋に入った後も、臣くんは特に何をするわけでもなくただ寄り添って会話をしたり、それぞれ好きなことをしたりと子供の頃みたいに過ごした。その心地が良い空間は、純粋に一緒にいることを喜んでいた気持ちを思い出させる。臣くんは昔に比べて良く話すようになった。それでも無口な方だとは思うけれど。

驚いたことに、彼は度々バイト終わりの私を迎えに現れ自宅についてくるようになった。セックス抜きの関係は久しぶりで、戸惑うと同時に気持ちが落ち着いた。時間が合う時は一緒に出掛けたりもする。本当に、恋人みたいな関係。
私の手を握って一緒に映画を眺める臣くんは何を考えているんだろう。はじめて彼の気持ちを知りたいと思った。私たちの間にある気持ちは愛情なのかどうかを。

「ちょっと」

その日バイト終わりの私を迎えたのは、臣くんではなかった。呼び止めた人の方を見ると、モデルさんみたいに綺麗な人が立っている。

「あんたに用があるの。あんた聖臣のなに?」
「え?」

脈絡のない質問にキョトンとしてしまう。彼女はいらいらした様子を隠しもせず「だから、聖臣のなんなのかって聞いてるの」と言った。
私は、臣くんのなんなんだろう。聖臣くん係です、なんて言えるはずもなく「同級生…です?」と答えるので精一杯だった。

「ただの同級生なら聖臣のそばうろつかないで。目障りなの。聖臣の彼女は私だから」

そう言い放って彼女はヒールを高らかに鳴らしながら去っていった。偶然現場を通りかかったバイト仲間に臣くんと同じ大学の子がいて、彼女曰くさっきの人は臣くんの大学のミスコン優勝者らしい。どうりでモデルさんみたいなわけだ。

彼女だと名乗ったということは、私が赦される時が来たってことだ。でも、嬉しくなかった。あんなに待ち望んでたはずなのに。私とセックスしなくなったのは、あの人と付き合いだしたからなんだろうか。そう思うと、怒りが湧いた。私を練習台にしたの?最近私に優しくしたのは何で?私っていつまで聖臣くん係?悲しみ、怒り、切なさ、やるせなさ、いろんな気持ちが混ざり合ってとても一言では言い表せない感情が渦巻く。
好きだった。私はとっくに臣くんが好きだった。いつからかはわからない。もしかしたら「一緒にいてあげる」と言って彼が「うん」と頷いた時からかもしれない。だけど今更どうすればいいのかもわからなかった。

悪いことにその翌日、私は臣くんの部屋に行く約束になっていた。帰宅した私は、少し気持ちを落ち着けて震える指でスマホのロックを解除する。臣くんの番号をタップして電話をかけると、数コールの内に応答があった。

「名前ちゃん?」
「臣くん、あのね」
「なに、どうしたの」
「私、明日行けない」
「…じゃあ、別の日にする?」
「ううん。これから先もう臣くんとは合わない」
「は?」
「聖臣くん係はもう終わりにする」
「何言って、」
「さよなら」

気の済むまで付き合うなんて決めてたくせに、自分勝手に一方的な通告をして電話を切った。すぐに臣くんの番号を着信拒否に設定する。メッセージアプリも同様にブロックした。聖臣くん係をやめるのは簡単だった。今までそうしなかっただけで。
心にぽっかり空いた大きな穴に、私は一人静かに泣いた。一度空いてしまった穴は塞がることはなくずっと心の一部を失ったままだった。人の適応力は思ったよりも高くて、いつしか失ったままの状況に慣れてしまう。
心に穴を空けたまま、私は社会人になった。

あの時古森くんもブロックしたので、彼とも連絡を取っていない。臣くんがVリーグに進んだことは、風の噂で知った。臣くんと同じ大学だったバイト仲間が言うには、彼はあの後一度バイト先に来ていたらしい。私がすでにバイトを辞めていると聞いて諦めて帰ったそうだ。少しでも惜しいと思っていてくれたんだろうかと考えてしまう浅ましい自分が嫌いだ。

「苗字さん井闥山出身だったよね?」
「はい」

先輩の問いにこくりと頷く。すると彼女は何かを差し出した。

「これ一緒に行かない?」
「え、」
「井闥山出身の選手もいるからどうかな」
「あ…」

彼女の手にあるVリーグのチケットには「EJPvsBJ」と書いてある。ドクン、と胸の穴が疼いた。

「いや?」
「あっ、その、嫌じゃないです」
「良かった!じゃあよろしくね」

そういって先輩は席に戻っていく。しまった。反射でオッケーしてしまった。後悔しても先輩相手に撤回しづらい。まぁ会場広いしバレないだろうな、とその日一日気配を消して過ごそうと決めた。
久々に足を運んだ試合会場は懐かしい匂いがした。懐かしいと思うくらい体育館に足を運ぶことが自分にとって当たり前だったんだと切なくなる。コートの中でアップをする選手の中に彼を見つけた。

誘蛾灯に誘われる蛾のように、視線が彼に誘われる。少し体が逞しくなったような気がした。でも、表情も動きも私の知っている彼のままで、安心感を覚える。浅ましい。彼は一度だって私のモノだったことなんてないのに。試合中の記憶なんてほとんどない。ずっと臣くんを見ていた。彼が得点を決める度歓声を上げそうになるのを堪えて、ただ彼の姿を目に焼き付けるようにしていた。彼の姿を見るのはこれが最後かもしれないから。
試合が終わって早く帰ろうとしたところで、先輩が「角名選手のサインが欲しい」と言い出した。しぶしぶそちらにいって少し離れたところから様子を見る。一瞬、角名くんと目が合った気がした。でもきっと私のことなんて覚えてないはずだ。
サインをもらえて大喜びの先輩と帰る前にお手洗いへ向かう。そこへ、後ろから誰かが走ってくる音がした。
そんなに人はいないけど、避けたほうがいいかなと気持ち通路の壁際に寄る。すると、走ってきた何者かに両肩を捕まれ壁に押しつけられた。

「名前ちゃん!」
「いったぁ…」
臣くんが息を切らして立っていた。

「お、みくん…わっ」

臣くんが存在を確かめるように私を抱きしめる。先輩は目を白黒させて「出口で待ってる」と口パクとジェスチャーで訴えてその場を離れた。後で謝らないと。

「放して」
「嫌だ」
「苦しいよ」
「…放したら、逃げるだろ」

そう言って余計に力を入れられた。

「なんでわかったの」
「角名が教えてくれた」

なんと角名くんは私の顔を覚えていたらしい。意外と記憶力いいんだな、と失礼なことを思った。

「…名前ちゃんのバイト先の奴があの女が来てたって言ってた」
「え?あ、あぁあの人」
「あいつとはなんでもない。本当に」

付き纏われてただけと、臣くんは珍しく饒舌だった。

「嘘付かなくていいよ」
「本当だ!」

声を荒げた臣くんが、少し体を放して私と目を合わせる。初めて見る必死な顔だった。

「あの人がいるから私とセックスしなくなったんでしょ」
「違う!」

臣くんは必死な顔のまま私の肩を掴む手に力を込めた。指が食い込んで痛い。

「お前に優しくしたかったから我慢してた」
「…なんで」
「優しくすると嬉しそうにするだろ」
「知らないよ」

私の知らない私の話だった。

「私は…自分のために臣くんを利用してたの」

だから一緒にいられないと告げる。すると臣くんはフッと微笑んで「知ってる」と言った。

「名前ちゃんが俺で自尊心満たしてたのは気がついてた」
「うそ…」

知られていた。ショックというより絶望に近い気持ち。私の仄暗い部分を知られていた。

「でも一緒にいられるならいいと思った」

臣くんは懐かしそうに言いながら私の頬に触れた。

「…名前ちゃんがもしまた会いにきてくれたら、言おうと思ってたことがある」
「なに、」

臣くんの黒い目が私を映す。その目に映る私は泣き出しそうな顔だった。

「好きだ」
「っ、」
「今度は俺が一緒にいてやる」

切っても切れない腐れ縁でもいい。愛じゃなくていい。一緒にいられるならどんな理由だっていい。臣くんと一緒にいたい。

「…うん」

頷いた私を、臣くんは満足そうに見ていた。
私は今この瞬間、本当に赦されたのだ。





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