I



彼は同級生の中でも特に物静かで、友達が多いタイプではなかった。大抵教室で静かに本を読んでいたり、自分のやりたいことを黙々としていることが多い。
当時の私はお姉さんぶりたがるというか、「お世話する」ということに憧れを抱いていて、そんな私の気持ちを満たすのに彼は丁度良い存在だった。
そうは言っても彼は学年の中でも背が高くて、弟感も無ければ可愛いがりたくなるような愛くるしい容姿でもない。(豊かとはいえない表情のせいで見逃しがちだけど顔は整っている)今思うと不思議で仕方ないけれど、末っ子故にお姉さんぶりたくて仕方なかった私は、誰にも、本人にすら求められていないのに、聖臣くんの面倒を自主的に見始めたのだった。

弟感皆無のくせに実は末っ子らしい聖臣くんは、構われるということ自体には慣れているようで、面倒を見るというより単にやたらと話しかけて構ってくる私に若干うっとおしそうにはするものの、遠ざけはしなかった。
「何読んでるの」から始まり「一緒に遊ぼうよ」ととめどなく紡がれる私の言葉に聖臣くんは、「図鑑」、「今はいい」と必要最低限で答える。当時の私は、聖臣くんをみんなの輪に入れてあげなきゃ、と完全に上から目線で考えていた。先生に「名前ちゃんは皆に優しくて偉いわね」と言われることで自己肯定感が爆上がりしていたのだ。優しい私、素敵でしょ?って。聖臣くんに勉強を教えてあげようとしたこともあるけれど、彼の方が賢かったので諦めた。ちょっと悔しい。

早生まれの聖臣くんより誕生日が早い私は「私、聖臣くんよりお姉さんだから、聖臣くんとずっと一緒にいてあげる」と随分偉そうなことを言った記憶がある。聖臣くんはすこし考える素振りを見せた後「うん」と頷いていた。

聖臣くんから臣くんに呼び方が変わる頃には、周りも「聖臣くんのことは名前ちゃんに言えばいい」という認識になり始めていた。人呼んで"聖臣くん係"。
だから、他の子が言いにくいことを私が代わりに伝えることがあった。例えば、漢字のプリント集めたいから出してだとか、体育会のリレーに出てほしいだとか。完全に伝書鳩だ。
臣くんは小学校の途中で従兄弟の古森くんに誘われてバレーボールを始めた。正直、従兄弟だったの!?とはちゃめちゃに驚いた。だってイメージが全然違うというか、陰と陽って感じだ。太極図みたい。

バレーを始めた頃から臣くんはすっかり忙しくなったので、当然一緒に遊ぶことも減っていく。でも、臣くんは毎回律儀に試合の日程と場所を伝えてくるから、行かなきゃいけないのかなって行ける時は顔を出すようにしていた。
顔を出しても臣くんは相変わらずの塩対応で、古森くんのほうが「おっ、応援来てくれたんだありがとな!」と優しかった。



中学に上がる頃には私のお姉さんぶりたい病も完治していて、その頃には私よりも古森くんが横にいることが当たり前になっていた。だからもう私がいなくたって問題ないと思った。(元々一緒にいる必要がないのは薄々気がついてはいた)

「なんで来なかったんだよ」

どうやらそれが私の思い違いだと知ったのは、臣くんの中学初めての夏の大会を観に行かなかった時のことだった。中学最初の夏休み、新しくできた友達とプールに行くことになった。臣くんの試合の日と重なっていたけれど、私がいなくたって気づきやしないと高を括ってプールを取ったのだ。

「友達とプールに行きました…」

何故か後ろめたくて、声がだんだん小さくなる。

「はぁ?勝手な理由でルーティン崩すな」
「えっ、まさか負けたの?」
「…勝った」
「じゃあ私いなくていいじゃん」
「うるさい。始めたのはお前なんだから最後までやれ」
「う、」

そう言われたら言い返せない。確かに一緒にいることを始めたのは私だから。いつのまにか、私が試合に足を運ぶことが彼にとって「コートに右足から入る」みたいなルーティンのひとつになっているようだった。

「でも、今後も観に行けない時があるかもしれないよ」
「事前に言えばいいだろ」
「…わかった」

今後は、ドタキャンじゃない限り応援をお休みしても許されることになった。試合に行ったって話をしてくれるわけじゃないのに何で行かなきゃいけなんだろう。そう古森くんに零した時「え、苗字って聖臣好きとかじゃないの?」と彼は目を丸くした。

「え?」
「あ〜…マジか。まぁ、その、聖臣の為と思って付き合ってやってよ」
「…うん」

人のいい古森くんに免じて、よっぽどのことがない限り目を瞑ることにした。普段は接点がない中学生活。部活の応援にだけは行くよくわからない関係が続く。

「臣くん。今度の試合観に行けないから」
「なんで?」
「友達と出かけるの」
「誰」

そう聞かれてグッと言葉に詰まる。隣のクラスの男の子に誘われて映画を見に行くって言い辛かった。でももう中3だし、ロマンスのひとつくらい欲しい。

「誰って聞いてるんだけど」
「友達だってば」
「言えない友達ってなんだよ」

こうなると臣くんが引かないのは分かっていたから白旗を上げてしまう。

「隣のクラスの…」

正直に告げると不機嫌オーラが一気に彼を包む。この不機嫌具合は私が「佐久早」と呼び方を変えた中2の時みたいだ。中2にもなって臣くんなんて呼んでいたら当然色々と勘繰られる。それが嫌で古森くんの真似をして佐久早と呼んでみたけれど、ハイパー不機嫌オーラと「やめろ」の3文字で拒否されたのだ。
おもむろに立ち上がった臣くんはその長い足でスタスタと歩き出す。

「臣くん?」

嫌な予感がして慌てて追いかけるけどリーチの違いで小走りになってしまう。そして、臣くんは私を映画に誘ってくれた彼の教室に入り、座っていた彼の前に立つ。

「おい」
「え、佐久早?」

急に話しかけられて、彼は不思議そうな顔をした。

「今度の土曜、名前ちゃんはお前と出掛けねぇから」
「え?」
「臣くん!」

思わず責めるように名前を呼んだ私を無視して、臣くんは立ち去る。

「え、どういうこと」
「ごめんなさい…あの、臣くんにちゃんと言っておくから」

慌てて謝る私に彼は「臣くんって…、なんだ佐久早とデキてんのかよ」と冷たく言い放つ。

「もういいよ。土曜別の子と行くし」

そうしてあっさりとロマンスの予感は砕け散った。

中3の半ばには臣くんと古森くんは優秀なバレー選手として名門井闥山学院への進学が決まっていた。きっと高校は別になる、そう思っていたのに。

「苗字!井闥山受けるって?」

臣くんから聞いたのか、古森くんが明るく話しかけてくる。

「…うん」
「あはは!すごい嫌そう」
「お母さんの希望なの」

名門校へ子供を通わせることに憧れがある母によって井闥山受験を義務化された私は、合格に及びそうにもない成績を伸ばすのに必死だった。正直不合格でも良いと思っていた。だけどミラクルって起こるものらしい。
受験からしばらくして届いた合格通知に私は呆然とし、母は大喜びだった。公立に行きたいという私に、母は名門に行くべきだと言い聞かせ、結局井闥山学院へと通うことになった。同じ中学から井闥山へ進学した子は少なくて、私と臣くんのことを知っている子はほとんどいない。だからきっと、臣くんと一緒にいることをやめるのならココだと思った。

「もう試合いかない」
「ダメだ」
「告白何回もされてるでしょ。その子たちに応援頼んで」
「そいつらは名前ちゃんじゃない」
「もう一緒にいなくたっていいじゃんか」
「ダメだ」

臣くんは淡々と私の意見を却下する。まるで私の方が聞かん坊みたいだ。
顔面と将来への期待値で性格の難を相殺させた臣くんは高校生になってからモテ期に入っていた。

「このままじゃ私彼氏もできない」
「一緒にいるって言ったくせに俺以外といる必要あるのかよ」

自分の発言に責任持てと臣くんは迫る。

「子供の頃の話だし」
「だとしてもお互い同意したよな」

じゃあやめるときも双方の同意が必要じゃねぇのか、と臣くんは言う。自分より賢しらな人間に口で勝とうなんて困難なことで、その後も理論でやり込められた私は、結局高校でも応援に行く羽目になった。普段静かなくせに何でこういう時は饒舌なんだ。
おかげさまで観戦のプロになりつつある。熱心な佐久早ファンだと父兄の方に思われているようで、臣くんが活躍する度に「名前ちゃん!見た!?」と話を振られるようになった。「見ました〜ははは」と返すので精一杯だ。

そんな付かず離れずの高校生活の最中、古森くんに彼女ができた。中学卒業くらいにも彼女がいたけど、あれはほぼ断り切れずに付き合ってた感じだから、今回はハッピーオーラがすごい。他校生だという彼女を試合会場で見かけたことがあるけど、可愛らしくて微笑んでしまった。これを機に、臣くんも他の女の子に目を向けて欲しいなと思った。私への執着めいた振る舞いが和らげばいい。そう期待していたのに。

「臣くん?」
「なに」
「あの、この状況は良くないと思うんですが」

何かと理由をつけて連れて来られた佐久早家。相変わらずご家族は多忙なようで無人だった。でも、どうして、私は臣くんの部屋の臣くんのベッドに放り投げられたんだろう。

「古森に『そろそろ苗字以外の女子に目を向けたら』って言われた」
「おぉ…!」

ナイスアシスト古森くん!と心の中で拍手する。

「名前ちゃん以外の女に触るの無理って言ったら『じゃあ苗字と付き合うしかないな!』って言われた」

だからそうしようと思う。と明日の夕飯を決めるように言われて、古森ぃ!!と心の中で古森くんの胸倉を掴んだ。そんなこと言ったら“始めちゃう”の分かってたでしょ!?

「あの…私の同意は?」

藁にもすがる思いで聞くと臣くんはスンッとした顔のまま「今更俺以外とどうにかなれるのかよ“聖臣くん係”」と言い放ち私の唇を塞ぐ。
皮膚の上を滑り落ちていく衣類の感覚に、私は、「童貞卒業のお世話もしなきゃいけないの?」と“聖臣くん係”の辞任方法を必死に抵抗しながら考えるのだった。




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