それは必然のように思えた。
運命に導かれ、磁石のように吸い寄せられたと大袈裟なことを本気で思う。
占める割合の大きさに、自分自身が驚いている。
白い腕が手を伸ばす度に顔を出す。
透明で、折れてしまいそうなそれは、葉を弾いては雨上がりに残る雨露を飛ばしていた。
「……ガキ」
「精神年齢は確実に平助より上です」
「どっから来んのその自信」
「さあ?」
ふふふと悪戯そうに笑う彼女は、吸い込まれそうな儚げな肌とは正反対だと少しだけ思う。
漂う色気は肌のみで、当の本人を形作る芯の部分は、まだまだ幼い。
と、思っていることは秘密だ。
色気なんて口にしたら、彼女は勝ち誇ったように、笑うだろうし、芯は正反対だと言ったら、口を聞いてくれないほど、拗ねてしまうだろう。
(実際はガキと口には出しているけれど、幼いとはまた違う感覚でそれを発している。)
その事実を想像出来るのは、きっと世界で俺だけだ。
そう思うことは、もっと口に出来ない。
それは完全な敗北を意味するし、今さらそんなこと、気恥ずかしい。
先に進めないのは、この変な自尊心のせいだと言うことにも気づいてはいる。
「気持ち悪ーっ!」
「はぁ?」
「ニヤニヤしちゃってー。あれでしょ、島原の馴染みさんでも思い出しちゃったんでしょ」
「いやいや、違うし」
「全くこれだから男ってやつはさー。でも、ちょっと安心した」
彼女の表情が微妙に変化した。
そう感じたのは、何故だろう。
先ほどまでは、全く気にならなかった吹き抜ける風を急に感じて、少し胸が焼けるような気がした。
「京に行っても平助は変わらないね」
彼女の言葉の意味が理解出来なかった。
京に上って、周りの環境は大きく変わったし、その中にいる俺も少なからず、否大分変わったと自覚していたからだ。
人だって殺めてきた。
殺気立つ何かを心に灯すこともおおくなったし、あまり深く考えたくないと思うようなことも、前よりずっと多くなった。
それを打ち消すように、いつも先陣を切るように地を蹴った。
大分、変わってしまったはずだ。
思い描いていた物と遠ざかっていくような気もしている。
「そうやって、いっつも周りを取り込みすぎて苦しくなるとこ」
「意味、分かんねぇよ」
「なにも無いって自分に言い聞かせて、いつも笑っていられるとこ」
「どうしちゃったの、トキちゃん」
彼女の手は相変わらず雨露を飛ばしていた。
当然ながら弾かれた雨露によって手は濡れていて。
それだけなら未だしも、袖まで濡れているのではないだろうか。
そんなことはお構いなしに、その行為を続ける彼女は、本当に子どもかと呆れてしまう。
けれど、暫く会わないうちに、彼女は芯にも色をつけ始めていたようだ。
なんだか急にやるせなさを感じる。
大人と言う道の先に進まれて、少し遠くなったようだ。
「これってね、わたししか分からないことなの!」
得意気にそう言った彼女の笑顔はやはり幼い。
その次から次へとコロコロと変わる様に、ついていけない気がして、多分俺は今、情けない顔をしている。
「だってね、平助はわたしが大好きで堪らないでしょ?」
「………や、それは、」
「そんで、わたしも平助が大好きで堪らないから」
「………え?」
「だから、分かるって言うより、分かりたいってことなんだけど、うん。恥ずかしいね」
照れたように笑った彼女は、立ち上がってくるりと向きを変えた。
帰ろう、と背中が言っている。
行動ひとつで、分かってしまうくらい、彼女が言うように、俺は彼女を見ていて、堪らなくいとおしいのだと、ハッとする。
刹那、彼女の腕をグッと引き、自身の胸に閉じ込めていた。
「なに?」
「すっげぇドキドキしてる」
「うるさい」
「俺も、か」
苦笑して、彼女の首筋に顔を埋めると、背中をきゅっと捕まれた。
俺、いっつも格好悪ぃのな、なんて呟くと、心臓が破かれるような言葉が返ってきた。
「格好悪い平助が、わたしには一番格好良いの」
「お前さ、」
「ん?」
「俺を殺す気かよ」
「お望みなら」
敵わない。
子供のような大人の彼女には。
これって大分重症で、大分深く掘り下げられている、と言うことだ。
好きだ、なんて言葉にしていないのに、彼女は、当たり前のようにこの胸の中にいてくれて、顔を赤く染めている。
その姿は、十分過ぎるほど、異性であった。
「トキちゃん、」
「ん?」
「すっげぇ好きだわ」
「うん」
小さく返事をした彼女は、透き通るくらい眩しかった。
20130610
title ((人魚))
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