もう、寂しいと言う感情すら境が分からなくなっている。
ただ痛くて。
喉元の言い表せないような鈍い痛みが、きっとそれなのだと感じさせる唯一だった。
一人になったあの日、わたしは自分を閉じ込めた。
足掻いても呼吸をしていかなくてはならない自分に情けなさを感じながら、気付かないようにしていくと決めた。
そうすると同時に、泣くことを我慢することにも慣れてきた。
我慢すると言うよりも、心の糸が麻痺していて、起伏を表すことが出来ないのかもしれない。
それは、心が廃れていく証であることは明白で、空虚なそれはただの入れ物になってしまったように思う。
ああ、ただただ、痛い。
誰にも会いたくないこんな日は、部屋でひっそり小さくなっていたい。
少しでも遮断したくて、耳を両手で塞ぐと少しだけ、世界が遠くなった気がした。
「なーにしてんの?」
頭上から降ってきた声に驚いて、一瞬瞬きが止まってしまう。
後ろから覗きこむように、彼が立っていた。
「一人ぼっちごっこ」
「なんだよそれー」
ハハッと笑う。
彼にはいつも驚かされる。
馬鹿みたいにへらりと笑っているかと思えば、急に引き締まる横顔はそれはそれは綺麗で、儚い中の緊張感と彼の中の信じる器が透いて見えるようだ。
その姿に、息を飲むことさえ忘れてしまいそうになる。
そして、彼はわたしの孤独に敏感だ。
然り気無く近寄ってくるその行動は、全く不快を感じさせない。
この波の底に引きずり込まれる前に、引っ張り上げるように現れる彼に、どうしたら良いか分からなくなる。
「泣けば?」
「え?」
「消えそうな顔してる」
「そんなこと、」
「無くねぇだろ」
「………」
真剣な眼差しは、完全にわたしの芯を見透かしている。
目を見ることが出来なくて、顔ごと視線を反らしてしまう。
これでは、完全に彼の言葉を肯定しています、と言っているようなものだ。
そんな自分の分かりやすい行動に、呆れてしまう。
「見んのはこっち」
しかし、彼の手が顎を掴んで、反らした顔は直ぐに正面へ戻された。
「止めてよ」
「なんで」
「……止めて、」
「嫌だ」
「わたしは!………弱く、なりたくない」
「………」
「優しくされると、弱くなりそうで、………怖い。自覚するときっと、絶対弱くなってしまう。戻れなくなる」
「いいんじゃねぇの?」
さらりと出された言葉に、瞬発的に怒りとは違う沸き上がるような何かを感じる。
乱されていくと自覚できるそれは、布がほつりほつりと解けて、弱々しい糸になっていくようだ。
「………わたしが、どんな気持ちで…!」
どんな気持ちでいるかなんて、きっと誰にも分からない。
分からせてはいけないのだと、自分に言い聞かせて、自分自身も知らない振りをしてきた。
弱くなったら、わたしはわたしでいられない。
弱くなったら、わたしはここにいることも出来ない。
手に収まるのは、暗い底の無い闇だろう。
痛いんだ、それを考えるだけで。
この時点で、わたしは自身が弱いことを意識し過ぎているのだと痛いくらいに突き付けられている。
それでも、それすら認めることが怖かった。
「弱くなったら、俺がトキちゃんを守ってやるよ」
ハッとして目を見開くと、優しい目をした彼と出会った。
「二人ぼっちごっこ!」
急におどけた彼は、わたしの耳をふわりと塞ぐ。
その手は、空気の音を閉じ込めて、わたしに直接響いてくる。
自身で塞いだ時よりも、空気の音が賑やかなのは、彼の手が大きくて、空間が広いせいだろうか。
「顔ちっちぇー。俺の手で全部隠れるわ」
そのまま両頬を包んだその手は、とても温かくて。
歪んだ気がする自身の顔を気にする余裕すら与えない。
「やだ……ばかへーすけ」
喉をつんと刺すような痛みが、先程までの痛みとは別物のような気がするのは、彼の体温が沈むわたしを引き上げていくからなのだろうか。
心が込み上げるようにつきんと痛みだして、また動いていく感覚に安堵する自分が見えた。
目の前の彼は、泣きそうな優しい笑顔だ。
それが滲み、霞んでいく。
それは頑なに拒んできたはずのことなのに、とてもとても嬉しかった。
ぽろりと、わたしの涙はこぼれて、舞った。
20130605
title ((人魚))
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