とある国の、とあるお話。
 その国は機械技術がとても発達していました。特に、人間と同じように『ココロ』を持った人形達が、この国ではたくさん造られていました。
 ある者は人形を道具として扱いました。
 ある者は人形を家族のように愛しました。
 けれども、人形を愛してくれる人達は、ほんの少しでした。
 多くの人間達は、人形に飽きたら棄ててしまう人達ばかりだったのです。
 棄てられた人形達は哀しみに暮れ、人々の手によって壊されて鉄くずになってしまいました。

 ある時。人間達に棄てられた人形を助けるために、『機械と人形の街』を築き上げた人形達がいました。
 その中のリーダーの小さな人形が、棄てられ、行き場をなくし、人間に壊されるのをただ待つだけの人形達に、語りかけました。
「僕達、人形にだって『ココロ』はある。人間達に虐げられているだけなんて駄目だ」
 小さな人形は、優しく、けれど力強い声で人形達のココロに語りかけます。
「約束しよう。僕らが必ず、人形達を幸せにしてみせる」
 その優しい言葉に、棄てられた人形達のココロに小さな暖かい光が灯りました。
 国の地下に築かれた、機械と人形の街『アンヴェル』。人間に棄てられ、傷付いた人形達はその大きな地下街へと移り住みました。
 街は、傷付いた人形を受け入れ、そのココロを癒しました。

 けれども、街へと移り住むことをやめた人形も、中にはいました。
 これは、そんなあるひとりの人形の小さな小さなお話。



 風が優しくそよぎ、色鮮やかな花々をふわりと撫ぜた。彼の人形はさらりと流れる前髪を、片手でそうっと押さえる。
「……今日も、穏やかな日だったよ。――ハイネさん」
 広い邸の庭の片隅にひっそりと建てられた小さな墓には、其処に眠る人物の好きだったお茶が供えられている。
「今日も、アンヴェルの人形さんが来たんだ。私は何度も断っているんだけどね、やっぱりエノアールさんは私をアンヴェルに連れて行きたいみたいだよ」
 柔らかで穏やかな声音で、今日の出来事を人形――サイトは語る。サイトの世界で、一番大きな存在だった彼女が、その言葉に耳を傾けて微笑む事も、優しく応える事も亡くなってどれ程経っただろうか。ひどく昔の事のようでもあり、つい昨日の事でもあるように感じる。
 彼女が亡くなったあの日から、時の流れというものは、サイトにとってはとても緩やかで曖昧だった。特に、外界から切り取られたように、広大な花畑の真ん中にポツリと存在するこのブリオニア邸においては、時が止まってしまってるような気さえするのだ。
 ――だって、だって。彼女がついさっきまで其処に居た様に、優しくあたたかな記憶が私には常に寄り添っているのだから。
 けれども、それはただの錯覚である事を、機械と人形達の国からの来訪者はサイトに突きつけてくる。ひとりきりで此処に在るサイトの身を思っての、彼の善意は――時に、辛い。
 だが、この痛みは不思議と嫌ではなかった。
「今日来た人形さんはいつもと違う方だったんだ。綺麗な柑子色の瞳が印象的な方だったんだよ。旅が好きな方で、とても色んな話をしてくれたんだよ」
 柑子色の瞳を優しく細めて語る男性型の人形の言葉を、サイトはゆっくりと思い返す。彼の語る話はどれもきらきらとした、色鮮やかな世界をサイトに見せてくれた。

 ――その色とりどりの世界を、貴女と一緒に見れていたならば。

 もう叶う事のない願いに想いを馳せながら、サイトは眼を瞑る。不意に強く吹いた風が、サイトのロングコートの裾を揺らす。普段は真っ黒な表地に隠されている、彩り豊かな裏地がふわりと広がった。

 ――彼女の遺した、極彩色。





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