――懐かしい話をしよう。

 この国の本土から離れた小さな島が、まだ、独立した一つの島国だった頃の話。
 この国との戦争に敗北し、小さな島国は領地として取り込まれようとしていた。島国の民は長く続いた争いに皆疲れ果て、愛した国が消えゆく時を諦めの念と共にただ待つだけしかなかった。

 ――だが、ただ一人だけ。その事を良しとしない男がいた。
 その男は、とても優秀な知能と豊富な知識、厚い人望を持っていた。そして自らが生まれ育った島国を、深く深く愛していた。
 男は自国が消失する未来にひどく恐怖し、心を乱してしまっていた。
 そんな哀れな男に、邪な神の従者が甘い言葉を囁いたのだ。

 ――『願い星様』に祈りを捧げよ。さすれば、哀れな迷い子に神は救いの手を差し伸べるだろう。

 従者は囁く。祈りを捧げれば、神は必ずお前に憎き敵国を滅ぼす為の力をお貸しになる、と。
 歌うように紡がれたその言葉は、錯乱の最中にあった男の心を強く揺さぶった。妖しく微笑みながら従者が差し出した手を、男は震える両手で縋るように取った。

 
 男は自らが培ってきた知識と、従者によって与えられた『神の呪』の力を用いて、ある実験を始めた。
 最初の実験体は、か弱く小さな青い鳥だった。可憐な囀りを紡ぐだけだったその小鳥は、凍てつく冷気を吐く巨大な怪鳥へと変わり果てた。
 その怪鳥を皮切りに、呪術という不可思議な力で、男は森の獣達を次々と恐ろしい怪物へと造り変えた。
 男は次に、怪物達をより強力なものにするために、己の知識と技術、経験を用いて怪物達を改造していった。優れた能力をもつ個体同士を、時には切って繋げ合わせ、時には掛け合わせた。幾つもの犠牲の上に、歪で恐ろしい怪物達が男の手によって生み出されていった。

 実験が進むにつれ、実験体となる獣は、段々と大きな生物へと変わっていった。男のその手の先は、己にとって一番身近な生き物――人間へも伸びた。
 男を慕い、その歪んだ願いに賛同し従っていた人々は、少しずつ人の姿をしたナニカに変わってゆく。己を信じて傍に寄り添っていた人々の苦しむ姿を見ても、男には罪悪感や痛ましさを感じる心など、もう無かった。

 男は更に、『人間』を一から自分の手で造り出す事を始めた。多くなり過ぎた怪物達を統率するには、男や手下の研究者達では、少々手を焼く為に、怪物達を率いる者を造り出す事が目的だった。
 ――実験は失敗だった。バイオロイドを二体造り出す事は出来たが、一体は怪物達を統率するどころか、怪物達を暴走させ、施設の一部が破損した。なんとかその場を抑えたが、危険過ぎるという理由で、その一体は一人の担当研究者と共に一時的に施設から隔離される事となった。
 もう一体は個体には何も異常はないというのに、ずっと目を覚まさなかった。彼はまるで自ら目覚める事を拒んでいるかのようだった。静かに眠る彼に、担当の研究者は、毎日話し掛け、綺麗な赤紫の髪を優しく梳いてやっていたという。

 バイオロイドが造り出されてから六年。遂に島国は一つの国として存在することにピリオドを打つ年が来た。男がその時まで準備していた怪物達を、憎き敵国に対して揮う時が来たのだった。
 だが、男の野望は失敗に終わる。研究者の中から、裏切り者が出たのだ。未だ眠り続ける、異形の獣達の王となるはずだったバイオロイドを、裏切り者は盗んでいった。裏切り者を支持する者達によって怪物達の檻は全て破壊され、皆逃げていった。

 ――男の元には、何も残らなかった。




「……それが、僕の親、と呼べる男の願いの結末、だよ」
 サイトの目の前のソファーにゆったりと身を沈める、異形の獣の王となるはずだったバイオロイドは、その一言で話を締めくくり、サイトの入れたブラックカラントティーに口をつける。彼のこぼした美味しい、という呟きに、サイトはふわりと微笑む。
「お茶、キルシウムさんのお口にあって良かった。それと、貴重なお話を有難う御座いました。――その、」
「……ああ、別に気にしなくて、いい」
 申し訳なさそうにするサイトに、キルシウムはひらひらと手を振る。
「眠ってばかりいた僕にとっては、あんまり実感のない話だから。一応……親だというのに、僕はその人の声も顔も知らなくて。――もう、思う事も無いんだ」
 現在に至るまで色々あったけど、今は幸せだからな。そう言って笑うそのヒトは、機械と人形の街《アンヴェル》の制服を身に纏っていた。『人間』として生きる事を選ばずに、同じ『人間の手によって造られた物』として、人形達と共に生きる道を彼は選んだのだった。
「そういえば。僕の兄弟のような奴が今、あちこちを旅していてな。……もし、このブリオニア邸にあいつが来ることがあれば、とびきり苦い茶でも点ててやってくれ」
「ええ、その時が来たら、必ず」
 今は違う道を歩んでゆく兄弟に思いをはせながら、柔らかく笑う彼の言葉に、サイトはしっかりと頷く。
 ――まだ見ぬ旅人との出逢いに、期待に胸を膨らませながら。




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