ホワイトアウト


 白い薔薇が競うように咲き乱れるその場所だけに、季節はずれの雪が舞い降りたかのような錯覚。
 降り注ぐ月光が銀色に思えるのも、少し肌寒く思えるのもきっと、その錯覚のせいだ。色彩の錯覚。
 ネイヴェの手はドクスに握られている。あどけない童女にも、妖艶な女性にも自在に姿を変えられる彼女は今、魔女という肩書きに相応しい、妙齢の外見を取っていた。すらりと伸びた手足は眩いほど白く、まるで太陽を知らないかのよう。
 ドクスは目を細めて、清澄な月下に映える魔女を黙したまま眺めた。その視線を遮るものが何もなかったせいか、ネイヴェは心なしか憮然とした面持ちで視線を落とす。
「……いい加減、そんなに見られてると穴があきそうなんだけどねえ? それとも、アタシの顔に何かついてるかい」
「失礼、しかし美しいものに目を奪われてしまうのは致し方ないでしょう。深雪の魔女殿」
「よくもまあ、そんな気障な台詞が言えたもんだよ」
 どうせアタシ以外にも言ってるんだろう? ――なんて噛み付くほどネイヴェも野暮ではない。少なくともドクスの賞賛に打算はないのだし、そういった好意はとりあえず受け取っておくものだ。頭ではわかれども、結局その口から社交辞令じみた礼の言葉が出る事はなかった。
 そんな彼女を、ドクスは益々慈しむように見つめる。よしとくれよ、本当に穴があいちまったらどうするんだい。
「ならどうして、貴女はその姿を選んだのですか? 仕事の時でもなし、普段の幼い姿でいらっしゃれば恐らく、私もこういった類の視線を向けはしませんでしたよ」
「――わざわざ聞かなきゃわかんないのかねえ、本当に」
 見やった先、映るドクスの横顔は心なしか何時もよりも白く思える。貧血気味の吸血鬼は、悪戯の隠蔽を咎められた子供のように肩を竦めると、ゆっくりと歩みを止めた。繋がれた手の先のネイヴェも、それにならって立ち止まる。二人の真上に留まる満月は、白銀の眼をじっくりと凝らしていた。
「こっちの方がやりやすいと思ったのさ。これ以上、アタシから言わせる気かい?」
「……いいえ、ただ確信が欲しかったものですから。途中でやっぱり違うと言われても、恐らく後にはひけないでしょう」
 据えられたドクスの眼差しに青い炎が揺らめいている。思わずその熱にあてられて、眩暈を覚えた。これも錯覚だ、青い色なのに熱くて火傷してしまいそうだと思うだなんて。
 魔物に魅入られて立ち竦む彼女に、彼はほんの少しだけ微笑みかけて、影のように近づく。
 どうか神様、今だけはその目をつぶって。
 ひたりと、白い牙が白い肌に突きたてられる。
 寄り添う体温にだけ色がつき、やがて溶けていくような。







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