bryonia


 語るべき言葉を持たない二人は、ただ質のいい沈黙を睦まじく分け合っている。木製のテーブルを挟んで、飲み交わす紅茶の色は澄んだ琥珀色。飾られた鮮やかな黄の花が、まどろむように俯いている。
 穏やかな昼下がりに、ブリオニア邸は静かな午睡の時を迎えていた。屋内に落ちる日差しは総じて柔らかく、住人と客人を暖かく包み込む。
 こんな話をしよう。例えば、全てが灰色であった奇跡が息吹きを得て、みるみる色づいていく魔法の御伽噺を。
 サイト自身にも無論、いくつもの物語がある。思わず笑みが零れる幸せなものもあれば、身を切られる悲しみに襲われるものもあった。けれど、自らは何も語らない。閉ざした口に笑みを乗せて、銀の鈴を鳴らすような声で囁く。
「旅人さん、貴方のお話を聞かせてください」

「折角だが、サイトさん。僕は旅人じゃあないんだ。何の冒険もしていないし、語れる言葉といったら本を聞きかじって覚えた台詞か、誰かの持論だけ。どれも何処かで聞いたような退屈なものばかりさ」
「そうかな。でも、きっと私とラウトさんが同じ物語を読んでも、捉え方が全く違うんじゃないかな。想像する景色、閃く色が違う。私はね、そういう話を聞かせてほしいと思うんだ」
「なら――サイトさん。こんな話をしよう」

 語られる物語のどこにも、知った人物の名前は出てこない。
 役名のみが乱舞する舞台の背景は、しかしあまりに知り尽くしているものだった。
 繰り返される暴力と歪んだ愛情。吹き込む新たな風。露呈した真実。女性の涙。そして、荒野に燃え盛る家。幻の雪、はじまりの家。
 そこでサイトはかけていた椅子から立ち上がる。大きな音がたった訳ではなかったが、それでもラウトの話を遮るには十分な動作だった。
「驚いたな、ラウトさん。貴方がそのお話を知ってるとは思わなかったよ。今や私と、ネイヴェさんしか知らないはずのものなのに」
「……僕が語るにはそぐわない話だったかな。気分を害してしまったなら謝罪させて欲しい」
「あ、ううん、そうじゃないんです。聞いていて思ったんです。
 ラウトさんはその物語を、悲しくて救いのないものだと少しも思わせない色で、私に見せてくれたなと」
 最後にこんな話をしよう。あたかも幸福そうな色の中に、残酷な意味を背負う花がある。
 その花の名を、受け継いだ人形が居る。
「それに、まだ今も続いているお話を、貴方が悲劇と断じない人でよかったって、なんだかそう思えるんです」
 穏やかに、穏やかに微笑んで言葉を締めくくる。その笑顔を、海王は眩しげに見て、やがて同じように笑みを返した。
「ええ、だって僕は確信しているから」
 貴方はきっと祝福される。
 咲き誇る花々に。
 訪れる旅人に。
 まだ見ぬ誰かに。





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