大学生静雄×中学生臨也



折原臨也は普通の少年だ。

親から虐待を受けているとか、何かとんでもない秘密を持っているとか、そんなものは一切ない普通の少年だった。そんな彼が変わったのは中学3年の夏頃、家庭教師を雇ってからだ。生まれて初めて同性に惚れて以来、彼の頭はその男でいっぱいになった。だからこそ、普通の少年の臨也は普通に好きな人に嫌われるのを普通に怖がったのである。





「ねぇ臨也、聞こえてるんだろう!?学校に行こうよ!」

鍵をかけたドアを挟んで聞こえる友人の声を何処か遠くに感じながら、臨也は枯れた声で叫んだ。

「やだよ!新羅一人で行けばいいじゃん!」
「僕だって嫌だよ!どうして行かないんだい!?」
「……ッ」

言葉につまる。シーツにくるまりながら俯くと目から涙がぼろぼろと溢れた。一晩中泣いたくせによく涙は枯れないもんだと逆に感激してしまう。


「…だ、だって、テスト受ける意味なくなっちゃったんだもん」


震える声に気づいたのだろう数秒の沈黙のあと新羅は重々しく口を開いた。

「…もしかしてさ、昨日の公園にセルティと一緒にいた男性が原因なのかい?」
「‥‥‥」
「臨也の様子が変になったのはその後だもんね。今回のテストと関連づけると、彼は君の家庭教師だったのかい?」
「‥…うるさい」
「君は自分が惚れてる家庭教師がセルティと付き合ってると勘違いしたんじゃないかな。セルティが俺以外の奴と付き合うなんて許さないし」
「だまれ」
「つまり今回の騒動は君の勘違いってことさ。さ、学校に行こうよ。テストでいい点数とって告白するんだろ?」
「だまれって言ってんだろ!」

叫び、近くにあったクッションをドアに向かって思いきり投げつける。バシンッと鈍い音を響かせクッションは無様にも床に落ちた。ハァハァと肩で息をする。涙が、止まらなかった。

「ばっかじゃないの!?そりゃあセルティっていう人ととは付き合ってなかったとしてもさ、他にもいるじゃないか!シズちゃんの周りには、他の女の人がいるかもしれないじゃないか!」

叫ぶ。叫ぶ。近所迷惑なんて言葉はすでに臨也の頭にはなかった。

「ッ俺は…何も知らない!シズちゃんの好みも、趣味も、家族構成も!こんなにも好きなのに、俺は『家庭教師』としてのシズちゃんしか知らないんだ!」

一気に叫んだ咽喉が痛い。昨日から考えていたことだった。こんな無謀な恋、叶うはずなかった。

少し言い過ぎたかもとドアを見る。おかしい。新羅の声がしない。怒ったのだろうか、それとも呆れたのだろうか。臨也は更にシーツに潜り込む。何もかも忘れて眠ってしまいたかった。

ミシ、ギシ、メキメキ。

木が軋む音がする。何なのだろうと顔を上げた瞬間、部屋のドアがぶっ飛んだ。


「……よぉ」

少し照れくさそうに、壊れたドアの向こうには恋い焦がれた家庭教師が立っていた。空いた口が塞がらないとは、まさにこのことを言うのだろう。ぽかんと固まる臨也の前まで歩いた静雄は学校に行けよ、と窘めた。

「……え、…シズちゃん?」
「あぁ」
「あ、…えっと、さっきの会話聞いてた?」
「あぁ」

カァッと顔が熱くなる。耳まで赤くなった臨也がドア(正しくはドアがあったところ)を見ると新羅がライダースーツを着た女性の横でニヤニヤと頬を緩ませている。

(―新羅の変態眼鏡野郎ッ)

おそらく新羅は静雄たちがこの家にいたのを知っていたのだろう。思わず顔面を殴り眼鏡をかち割りたい衝動に駆られる。だが臨也のそれを阻止したのは眼前の静雄の存在だった。

聞かれた。聞かれた。聞かれてしまった。

後悔の念が押し寄せる。好きとか口走った気もする。

(まず新羅より数分前の自分を殴ってやりたい)

「…ごめんシズちゃん。気持ち悪いよね、さっきの言葉忘れてよ」
「……」
「心配しなくて大丈夫だよ。家庭教師はもうやらなくてもいい。こんなホモ野郎と一緒にいたくないもんね。母さんには俺から言っておくからさ。」
「……」
「だからもう俺に関わらなくてもいいよ。ごめんね気持ち悪い会話聞かせちゃって。後であの眼鏡野郎殴っておくから。……だからバイバ「勝手に関係終わらせんじゃねぇよ」

ぎゅむ、と静雄に両頬をつねられる。手加減しているのだろうがギリギリと悲鳴をあげる頬に臨也は降参とばかりに両手を軽くあげた。

「いひゃいいひゃい」
「手前の話は長ったらしくてよくわかんねぇ。短く簡潔に話しやがれ」

家庭教師が生徒の話を理解できないとは何事だ。言ったら大惨事になるだろうから黙っておくが。

「だいたいよぉ、誰がいつ、気持ち悪いっつった」
「ホモだよ?気持ち悪いに決まってんじゃん」
「じゃあ手前は俺の気持ちを否定すんのか」
「‥‥‥え?」

きょとん、と大きな目を更に大きく見開いて首を傾げる臨也を見ながら静雄は大きく息を吸った。


「俺も手前が好きなんだよ。悟れ」


静寂が部屋を包み込む。あまりにも直球すぎる告白に臨也の頭は真っ白になった。

「へ、あ、もう一回言ってくれないかな?」
「簡単に二回も言ってやらねぇよ。もしもっかい言ってほしかったらよぉ」

ぽんっと臨也の頭に手を乗せ静雄は笑った。

「早くテストを受けていい点とってこい」





「で、ノミ蟲。この点数は何だ」

ずらりと並べられたプリントには全て0という数字が書かれていた。

実の話。テスト当日、静雄と両想いだとわかった途端、臨也はつい眠ってしまったのだ。チャイムの音で目が覚めた彼を待っていたのは冷たい現実で、解答用紙は無論全部白紙。絶望に浸る暇もなく静雄に担任から返されたテストの解答用紙が見つかってしまって今に至る。

「はは、あの日はいろいろあったからさ、つい…」
「つい…じゃねぇよ。手前、言ったよな。平均90点とれなかったらお仕置きでもいいって、ちゃんと了承したよなぁ」

ニヤリと口端をあげて笑う静雄の目は獣みたいで―貞操の危機を感じ逃げようと庭に出た臨也は静雄が事前に掘っておいた落とし穴に落っこちた。



―――――
最後は落とし穴オチである

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