孔明な男と不思議な少年

綺麗な包みに包まれた飴玉が三メートルおきに置かれておりそれを四、五歳程度の赤色のシャツに短パンを着た少年が拾い、肩に掛けた型のない布製の鞄にしまっては、三メートル先に置かれた飴玉を拾いに足を勧め、と繰り返し飴玉に手を伸ばすと不意に気付いた白い地面。そういえば、足元が冷たい。手が冷たい。体が冷たい。

「あれ?さむい、…あれぇ?」

少年は真っ白な銀色の世界に一人佇み、呟いた。








真冬の長野県は降雪量が他県に比べ多く、当然周りは銀色の世界に包まれており温度も随分と低い。
休日とあってか一人暮らしの家は朝からフル稼働の暖房のお陰で一人暮らしにしては十分過ぎる広さのある室内は随分暖かく朝御飯を食べ終え食器を食器洗い機に一枚一枚丁寧に並べいれては稼働スイッチを押した諸伏高明は自室に戻り締め切ったカーテンを右から左に流して開いた。太陽の光が眩しく瞼を細め視線を少しばかり落とすと、外側から窓戸に手を宛て張り付いた少年が此方を不思議そうに見上げていた。
真冬の時期だというのに半袖のシャツと半袖のズボンというおかしな格好で互いの視線が絡まると少年は黒髪に良く映える真っ赤な瞳を瞬かせ、小さな犬歯を露わににこーっと笑った。
諸伏は僅かな興味と心配を抱き窓を開くと、びゅうっと真冬の冷たい風が諸伏の頬を撫でひんやりと冷たい風に思わず吐息を零すと吐息は白く凍りつき、外の寒さを良く表していた。視線を再度落とすと少年はまだ、此方を見上げていた。まるで何かの物語の様に真っ赤な瞳には自分の姿が映っている。

「おや、可愛らしいお客さんなものだ。こんな朝早くに寒いでしょう。」

膝を降りしゃがんで小さな客人と目線の高さを合わせ問い掛けると寒さに鼻先を赤くした少年は、

「さむい!なあなあ、ここどこー?おれのいえは?」

と的外れかつ衝撃的な回答が帰ってきた。

「…迷子ですか?」
「あのねー、飴玉がいっぱい落ちてて拾ってたらここにたどりついたの!」

そういって肩にかけた斜めがけのバックを開くと中には色とりどりの沢山の飴があった。ひい、ふう、みい、よ。きっと五十はあるだろうその多さに、随分と離れた所から歩いてきたのだと理解をし、そうですか、沢山拾いましたね。と緩々と頭を撫でると一瞬少年は赤い瞳を瞬かせるものの口角を釣り上げて誇らしげに笑みを返した。
しかしながら季節は冬。半袖半ズボンの格好では当然寒いもので少年は小さな体をがたがたと震わせて鼻水をたらりと垂らし間抜けな姿そのものを示しており、眉尻を下げ、寒さを誤魔化そうとでもしているのか足踏みを一度、二度、三度と繰り返し諸伏はその光景に頭から手を離すと窓戸より少しばかり右に移動し、

「どうぞ、お上がんなさい」

と、静かに言った。

「いいの?」
「えぇ」

その言葉にぱあっと表情が明るくなり窓戸より靴を履いた儘、よいしょと上がるも、その少年の顔を諸伏は手の平を押して制し、むぎ、と妙な声が少年の方より溢れ少年の動きが止まったものの直ぐに顔が離れ

「何するのゥ!」

と怒ったような返事が返ってきた。

「何ではないでしょう何では。靴を脱ぐということは当たり前でしょう」
「そんなのきいたことないですぅー」

生意気な返事。もしや外国に住んでいたのであろうか。それで今は帰省か何かできたから知らないのかもしれない。なんて推理の癖が湧き上がり一人考え込んでいたのか少年が此方に顔を近付け額がこつり合わさり、そこで漸く我に戻った。勿論直ぐに目の前の顔を手のひらで制し顔を離したのは言うまでもない。
結局中々靴を脱がない少年の靴を脱がせると室内へと招き寒い風を送る外を拒むように直ぐに窓戸を閉め、冷え切った室内は窓を締めたことにより暖房からの暖かい送風が溜まりじんわりと暖かくなってきた。少年は暖かさに不思議そうな顔で頭上に疑問符を浮かべて風を辿り暖房の下に近付き暖房を見上げた。

「ねぇねぇ、これなに?」
「暖房ですよ、暖かい風を送る機械ですが…知らないんですか?」
「おれの住んでるとこ毎日あっついの!」
「あぁ、成程」

確かに常夏のところに住んでいれば暖房を知らないことは無理もないのかもしれない。少年の顔を見る限り和顔ではなく洋顔だからきっとハワイとか、そんなところだろうか。そう口には出さずに冷静に考えながらも少年の脇に手を伸ばしては抱き抱えて暖房の送風口へと距離を縮め近付けてやると送風といっても暖房機能で熱風なせいか少年は渋い表情を浮かべた後に両手で自分の顔を覆い

「あづい!」

と声を上げた。

「暖房はこのように、寒い場所を温めてくれるんです」

そう説明を加えながら下ろすと少年は顔から手を離して

「ちかづきすぎはちゅういだな!」

とやけに真剣そうな様子で言った。
あまりにも真剣そうな姿だったものでおかしさが沸き起こり笑いを一つ二つと零すと少年は「なんで笑うのー!」と足踏みの地団駄を繰り返し、己の腰元をべちべちと叩いた。ああ、面白い。勿論笑う理由は口に出すことなく「失礼」と一言言い再度宥めるもといあやすように頭を撫でると少年は此方を恨めしそうに見上げながら頬を風船の様にぷくうと膨らませ怒りのアピールを見せたが間抜けな腹の音が少年のお腹より響き渡り怒りを遮り、少年は腹の音を聞くなり空腹感に膨らんだ頬に貯まる空気を口から少しずつ抜いていってはその場にころんと倒れた。怒りの次は空腹。ころころと変わる動作や表情がまた新鮮に思えるのは普段、あの腐れ縁で無愛想な長野県警のあの人を見ているからだろうか、なんて思いついたのだが諸伏は表情一つ変えず、頭を左右に振っての行動も無く浮かんだ事柄を消し去った。

「おなかすいたあぁ…」

床に寝転がって左右に転がり駄々を捏ねる動作をした後に動きをぴたりと止めて此方を見つめた。期待するかのような、物欲しがる様な子供の純粋な眼差しに思わず顔を逸らせると少年はごろごろと諸伏の顔を逸らした方向へと転がりまた、無駄に純粋な瞳で此方を見つめ無言で強請った。

「…」

五秒、十秒、二十秒、一分。
純粋なきらきらとした瞳の視線攻撃が向けられ続けている。

「…わかりました、何か作りましょう。」

諸伏高明が根負けしたのは実に三分後の事だった。

「わあい!」
「といってもあまり材料がないので、おじやでもいいですか?」
「おじや?」
「ええと、お米を似た…」
「おこめ?」
「まぁ日本の料理ですよ」
「にほん?」

話が余りにも通じない。
見たところ四、五歳だから当たり前なのだろうか。
取り敢えず話を切り上げると台所へと足を勧めて冷凍庫よりラップに包んで凍らせ保存しているご飯を一塊取り出し、それを電子レンジまで運び中に入れて温めボタンを押した。その温めてなおしている間に鍋に白だしと醤油と水を分量分投入し鍋を火にかけた。
一方の少年は気になるのかキッチンの隣に設置されたテーブルと椅子の自分よりも背の高い椅子を両手で押して音を立てながら諸伏せの隣まで移動させると、そこによじ登った。椅子を使っても諸伏よりは小さいけれども鍋の中が見えるから満足しているのか隣でじいっと鍋を見つめて不思議そうな表情を浮かべている。まるで、これはなんなんだ、というかの如く。

「なにつくるの?」
「おじやですよ」

短文かつ完結な返答を返しチン!と終了を告げる電子レンジへと近付き扉を開いて人肌より少し高い程度のアツアツとも言い切れない温いご飯を取り出した。鍋の前に再度移動すると少年はその丸く白い物体に興味を示し恐る恐る手を伸ばしてはつんつんとつついて益々不思議そうな顔をした。

「なにこれ!」
「ご飯ですよ、これが」
「うまい?」
「お楽しみといったところでしょうか」

相変わらずの短い言葉だが少年はなんとなく納得したように楽しみだと笑い、つられて諸伏は笑みを薄く浮かべてご飯をぐつぐつと煮えた鍋に投入し数度ご飯の塊をなくすように混ぜていく。一度火の元より離れ冷蔵庫へと向かい卵を取り出し食器棚からお椀を一つ取り出しそこに卵を入れてテーブルへと運び少年に向かい手招きをした。少年は矢張り不思議そうな表情を浮かべたまま椅子から飛び降り足元にとてとてと近付いて此方を見上げ瞳を瞬かせた。

「手伝ってもらえますか?」

その言葉に不思議そうな表情が輝かしい明るい表情へと代わり少年は何度も頷いて、もう一つの備え付けの椅子によじ登り諸伏に視線を送って照れたような笑を浮かべてから椅子の上に立ちお椀の中に収まる真っ白い卵を手にとった。

「これ、わればいい?」
「えぇ、できますか?」
「うん!おれ、かーちゃんのおてつだいでたまごわった!」
「そうですか、いい子だ」

その言葉にまた少年は照れを隠すことなくえへへと笑った。
卵を小さな手のひらで持ちテーブルの机上に軽くこつんと叩き、ひび割れ部分を確認すると両手親指を突っ込み外側に手を引くとぱかりと綺麗に二つに割れ白身に守られた黄身がお椀の中に落ちた。上手く割れた証か黄身は割れておらずに少年はうまく割れたとほっと安堵の息を零し、再度視線を諸伏に向けた。

「上手くわれたよ!」
「えぇ、上手です」
「へへー」

にこにこと笑む少年は可愛らしいもので、割れた卵の欠片を捨てる為に手を出し受け取るとそれを水場の三角コーナーのところへと放り、捨てた。
それからお椀の中の綺麗なお月様、もとい黄身と白身を菜箸を使い混ぜて溶き卵へと変えるとそれを手に鍋元へと向かいぐつぐつと煮えるそこへ、ぐるり円を描くようにして溶き卵を流し込み半熟状態で火を一度止めた。ここから数分蒸らして完成だ。卵を加えるとより一層良い匂いが引き立つもので室内に広がる良い匂いと諸伏は良い出来具合に一度頷くと体を少年の方へと向けた。

「そういえば、時に少年、あなたの名前は?」
「おれのなまえ?」
「えぇ」
「スウィル!」
「スウィル…ですか、あぁ、いい名前だ」
「おっちゃんの名前は?」
「私ですか?私は諸伏高明、あだ名は所轄の孔明」
「こーめー…?いい名前!」

自分の真似か、同じような言葉を言うと少年は口端を吊り上げてにんまりと笑った。余りいわれなれていない言葉はあまりにこそばゆく眉尻を下げると鍋の方へと向き直し鍋の持ち手を掴みテーブルへと運んだ。先程出しておいた大きめのお椀に鍋の中身を移し替えると中身が空になった鍋を水場に運んで、水道の蛇口緩め水を鍋一杯に入れて放置して、次いで食器棚のスプーンやフォークを入れた引き出しを開きレンゲを取り出しおじやが入るお椀にレンゲの先を沈め、少年を見つめた。

「さて、出来ましたし食べましょうか」
「おれが持つ!おれが持つぅ!」
「落とすでしょう?」
「おとさないもん!」
「ダメです」
「こーめーのけち!」
「けちで結構。やけどされてはかないませんから。」
「やだ、おれ持てるもん!」

何故こんなに持ちたいのか理解は出来ないが子供に物を持たせるなんて有る意味、フラグ立てである。拒否を示すも先程の可愛げのある様子はどこにいってしまったのか、納得せずに足に抱きつき駄々を捏ねては頬までぷくうと風船の様に膨らませた。

「駄目です」
「やだ!」
「スウィル、これは熱いし落としたらやけどしてしまいますよ」
「おとさないもん!」
「…」

埒があかないやり取りに溜め息を一つ零した諸伏は、足に絡みつくスウィルをそのままに足を引きずるようにして歩を進め、下に絡みつくスウィルの延々と繰り返される欲求と苦情を聞き流し其の侭己の手で運びテーブルの上に置いた。

「ほら、食べますよ」

足元を見下ろすと足にしがみついていたニーナは手を離し、こてんと後ろに倒れ、そのまま此方に背を向けた。いじけているつもりなのだろうか。

「スウィル」

名前を読んでも猫のように身を丸くするだけで起きようともせず返事すらなく、諸伏はスウィルの腰辺りに手をやり左右に揺するも矢張り体を動かすことがなく一旦手を引いてテーブルに置かれたレンゲを手に取りレンゲでおじやを掬い、ふうふうと冷ますように息を吹きかけ、それからスウィルの口元に運んだ。
おじやからはもわもわと白い湯気がたち良い匂いを放っており、その匂いにつられてか僅かに体をぴくりと動かせた。鼻をひくひくと動かしてスウィルは暫しの間を開けてから、漸く身を起こしレンゲごとぱくんと食らいついた。それから顔を引いてレンゲ以外のおじや部分のみを口の中に残しレンゲを引き抜いては、おじやを飲み込んだ。

「おいしい…」

小さく呟き、刹那目をきらきらと輝かせて己の両頬を包み頬を緩めた。

「おいしい!」
「そうですか」
「こーめーはすごいな!しぇふか!」
「いえ、私は警部です」
「けーぶ?」

驚いた。この年ならば警察ぐらい知っているだろうに。
疑問を抱きながらも取り敢えずレンゲをニーナに返すとそれを受け取り早速机の前にきちんと座り直しすも五歳児には少しばかり炬燵机が高いからなのか高さが合わず、立ち上がりレンゲを拳作り握り締め、立ったままで犬食いと有る意味子供らしい汚い食べ方で頬張り始めた。諸伏はその姿を見るや否や

「ほら、座って食べなさい。お行儀が悪いですよ」

と指摘をした。

「だってこのテーブル高いんだもん!」

ぶう、と頬を膨らませ軽く地団駄をして主張するスウィルの姿に一つ吐息を漏らし、自身の尻の下に敷いていた座布団と、炬燵机周りに置かれた座布団を集めてそれら座布団を重ねて置いてやればスウィルは暫くそれを見つめた後、其処に座り座って食べ始めた。重ねすぎた座布団はぐらぐらと揺れておりその姿を暫し見つめ後、隣に腰を下ろし机上の端に置いてあるメモ帳とボールペンを引き寄せては表紙を捲り、それからメモが書いていない白紙の頁まで更に捲り白紙の頁にボールペンの先を宛てた。かちりと上の突起部分を親指の腹で押すとペン先が飛び出し白紙の頁にペンを走らせた。

名前:スウィル

「食べているところ悪いんですが、何歳ですか?」
「ごさい!」

五歳、と。心中呟き情報を書き出していく。

「お母さんとお父さんの名前は?」
「かーちゃんがアルミナ・ジェンソンでとーちゃんがダンテ・ジェンソン!」

書き足しながらも矢張り外国人だと判明すれば思わず眉間に皺が寄った。父親か母親が日本人ならば普段は外国に住んでいて今回は帰省で日本に、きたのならばスウィルの日本への知識のなさ説明に合点がいく。然し、どちらも外国人とならば別だ。
長野県に住んでいて暖房を知らない筈がない、ましてや常夏の国から旅行ならもっとありえない話だ。
スウィルが暖房について知らないのであれば両親も知識がない筈。ホテルや旅館内ならば暖房の設置はされている筈だし、寒さに慣れていない子供を真冬の時期に半袖半ズボンで出歩かせるなんてあり得ない話だ。一体何故、考えれば考えるほど眉間に寄る皺が深く刻まれていくも一方のスウィルといえば、夢中でおじやを頬張っている。

「では次、どこから来ましたか?」

とん、とん、とん。メモにペンの先を軽く押し当てたり話したりと繰り返せば其処は黒色に滲んだ。新たな質問を返せば悩むこともなく顔を上げて右、を指差した。

「あっち!」
「いえ、あっち、ではなく」

問いかけに対し素早く答えるも答えになっていないその答えに思わずツッコミを返せばスウィルは視線を落とした後に、

「すぷーんをもつほう!」

とスプーンを握った儘、手をあげた

「あぁ、いえ、そうではなく」
「もう、なんなの、う!」
「そうですね、質問の言い方を変えましょう。あなたはどこの町から来ましたか?町の名前を教えて頂きますか?」
「んとね、あーうぇいのるどまち!そんでね、そんでね、おれのいえがね、あーうぇいのるどまちよんちょうめ、にい、きゅう、ご!」

問いかけに漸く理解をしたらしい。スウィルは己の情報をさらさらと饒舌に話し出すものだから諸伏は慌ててメモに書き写していく

”アーウェイノルド町(街)”
”住所:アーウェイノルド町(街)四丁目二九五”

多分これで間違いはない筈だ。
しかし聞いたことがない町だ。諸伏は顎に手を添えた後、二つ折りの携帯を取り出し親指の爪部分で上部分を引っ掛け上にお仕上げてぱかりと開けば。そのまま親指の腹でボタンをむにむにと押して単語を打ち込んでいく。

”アーウェイノルド 国”

そうして打ち込んだ内容を検索すれば該当無しの答えに眉間に皺が寄る。

”アーウェイノルド 町”

またしても検索。
しかし該当なし、の言葉。



この子は嘘をついているのだろうか?



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この作品は「オルコット兄妹と不思議な少年」の不思議な少年の元ネタ?モデルとなった少年のお話です。とはいえ全く容姿以外は関係していません。
また出てきた諸伏刑事は名探偵コナンのキャラクターで、当時ドハマリしていたキャラクターでした。このあとオルコット兄妹の話を思いついた為連載中止となったお話でした。




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