仲間達の寝息を聞きながら、私は何度も寝返りを繰り返していた。
体は疲れているはずなのに、どういう訳か頭が冴えて眠れない。

明日も朝から出発しなければならない。今のうちにきちんと休息を取って、備えておかなくては。
そんな思いから焦りが生まれて、私はきつく目を閉じる。けれどもそのまま微睡みに沈むことは叶わず、ただひたすら瞼の裏を見続けているだけだった。

…だめだ。やっぱり眠れない。
とうとう観念した私は上体を起こし、傍らで眠るベロニカやセーニャを一瞥する。なんともまあ、穏やかな寝顔だこと。
非常に勝手だけれどなんだか置いてけぼりを食らったような感じがして、寂しい。そして恨めしい。しかしそんなことを思っていても仕方がない。

あまり褒められたことではないが、寝酒をしよう。一杯引っかければ少しは眠くなるはずだ。
そう考えた私は、枕元にある道具袋から先ほど街で購入した物を取り出し、彼らを起こさぬようにそっとテントを抜け出した。


女神像の加護のお陰で、野営に火の番は必要ない。すっかり夜の帳が下りた中、目を凝らしながら焚き火の跡に近づく。
少々気は引けたが、先ほど仲間が消したばかりのそれを再び灯した。
柔らかな橙の光が、目の前の景色を縁取っていく。


「…眠れねえのか?」


不意にテントの開く気配がして、声をかけられた。
顔を見ずともその正体はわかっていたが、振り返る。
するとそこにはやはり予想通りの人物がいて、眉を下げながらこちらを見ていた。


「ごめん起こした?」

「いや、オレも眠れねえんだ。」


カミュは一度頭を掻いてそう言うと、私の傍らに腰を降ろした。


「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。」


私がそんなお誘いの言葉と共に瓶を掲げると、彼は目を瞬かせる。
それが何かを理解するや否や、口角を上げて頷いた。


*****


キャンプ用のマグカップに酒を注ぐのはなんだかしっくり来ない感じがあるけれど、贅沢は言っていられない。
まあ何で飲んでも味は同じか、と身も蓋もないようなことを思いつつ乾杯をする。


「隠れて飲む酒は美味いねえ。」

「こんなのいつの間に買ってたんだよ。」

「皆が武器屋で買い物してる時に、こっそり。」

「…お前なあ。」


呆れたように笑ったカミュは、私をそれ以上揶揄することはなかった。
彼もまたその恩恵を受けているわけだから、何も文句は言えないのだろう。

うろうろと徘徊する魔物達を遠巻きに眺めて、私たちは他愛もないことを話し出す。
今日立ち寄った街の様子や、移動中のこぼれ話。昔あったちょっと笑える出来事や、失敗談。
そんな取り留めもないようなことが、次から次へと自然に出てきた。
とはいえ私がほとんど一方的に話すだけで、カミュはそれに相槌をくれるだけだったのだけど。
元よりそこまでお喋りではない彼は、私の馬鹿な発言に突っ込みをくれたり、くすりと笑みを零してくれたりした。

だけどそのうち、なんとなく話題が尽きて、沈黙が流れる。

けれども気まずく思うことはない。
カミュとは不思議と馬があったし、どこか粗野なその言動も、気遣いは無用だとわからせてくれるようで心地良い。
まるで気の置けない友人のような親しみを、私は彼に抱いていたのだ。

しかしそれが恋慕にすり替わってしまったのは、いつだったろう。

カミュは時折、ふとした瞬間に暗い顔をする。
他の仲間が気づいているのかはわからないが、私にはそれが見逃せなかった。

いつも冷静に物事を見極め勇者を助けようとする彼は、大人びてはいるけれど年頃の青年らしく軽口を叩くこともある。
仲間達とのくだらない話に目を細めて、楽しげに肩を揺らしたり。
だけどその輪をするりと抜けだして、何故だか一人になろうとする時があった。

宝石を嵌め込んだような青い双眸に、形容しがたい影が落ちる。
それがぞくりとするほど美しく、儚く、悲しい。

ふと隣にいるカミュを見やれば、今もまたそんな顔をして虚空を眺めている。
こんなに近くにいるというのに、何千里も離れた所にいるような錯覚を覚えてしまう。
焚き火の灯りに照らされたその横顔が、なんだかまるで他者の侵入を拒む砦のように思えて、私は胸が締め付けられるようだった。

思わず、彼に手を伸ばす。
指の背でその頬を一撫ですると、カミュはこちらを向き瞠目した。


「おい、もしかしてお前酔ってるのか…?」


呆れたような声色だったが、その瞳には困惑が滲んでいた。


「酔わないよ、これくらいじゃ。」


そのまま頬をもう一度撫でて、今度は彼の髪に指を通す。
カミュは意外にも抵抗せず、私の意味不明な行動を黙って眺めていた。
受け入れ、許してくれているというよりも、戸惑いから何もできなくなってしまったのだろうと思う。

彼が抱えているであろう、大きな何か。
それは恐らく、私にはどうにも出来ないものなのだろうと、根拠はないが確信していた。


「……名前。」


ふと、低い声で名前を呼ばれる。

ああやりすぎた、とうとう怒らせてしまったか。
…そう思い離れようとしたが、出来なかった。

カミュがそのまま私の手を掴み、引き寄せる。
その拍子に、傍に置いていたマグカップが倒れてしまった。
まだ中身は残っていたのに、勿体無い。
そんな場違いなことを考えてしまうのはきっと、私に意気地がないからだ。


「酔ってるんじゃないの、カミュ。」

「酔わねえよ、これぐらいじゃ。」


彼がこんなことをした理由。
その一つとして思い当たったものを口にすれば、先ほど私が言った台詞を返されてしまう。
それが何を意味しているか、全く察しがつかないほど鈍くはないつもりだ。

私を抱き込める腕の力に、カミュとの性差を痛感させられる。
彼の顔を見ることは叶わないが、その鼓動がとてつもなく早いことはわかった。

…カミュも、私のことを、憎からず思っている。
それが一気に確信めいて、心臓が掴まれたような気持ちになる。

もし、そうであればと。今まで期待を抱かなかった訳ではない。
突如浮上したその可能性に、喜びがない訳でもない。
だけど私はそれ以上に、恐ろしい。

彼が欲しいと、そう思う。
けれどその僅かな一部でさえも手にしてしまえば、私はきっと、全てを求めてしまうのだ。

隠された内側をこんなにも知りたいというのに、知るのが怖い。触れるのが怖い。
傷つけるのが怖い。本当に何もしてやれないのだと思い知るのが怖い。
とはいえ離れる勇気すらない。
もう自分でもどうしたいのかわからなくなっていた。

どこか縋るような気持ちで彼の背中に腕を回すと、カミュはいくらか力を緩めた。
これで漸く私は顔を上げることができ、自然と視線が交わされる。

そこにあったのは、まるで獣のような鋭い目。
それでいてどこか熱を孕んだような、男の目。
先程見せていた戸惑いは、もう彼には微塵もなかった。

カミュの顔が近づいて来るのを、私は黙って見つめていた。
程なくして、唇が触れ合う。反射的に瞼を閉じれば、彼の手が私の頭に回された。
そのまま小さな口付けを何度か繰り返すと、名残惜しげに離れていく。


「…名前、オレは、」


何かを言いかけたカミュの唇に人差し指を当てて、私は首を横に振った。
すると彼は、少し苦い顔をする。

わざわざ言葉にしなくとも、想いを交わすことはできる。
そんな言い訳をしてしまえば、ずるい奴だと怒るだろうか。

転がったマグカップも、酒瓶も、焚き火の灯りも、カミュのことも。
全てを置き去りにして、私はのろのろとテントへと歩き出す。
彼はそれを引き留めることもせず、ただその場に座り込んだままだった。

どこか満ち足りたような気持ちになりながらも、大きな喪失感が胸を支配する。

寝返りを打ったベロニカにはっとしたが、起こした訳ではなさそうだ。
安堵の吐息を小さく溢しながら、私は元いた場所に横になる。
先程ここを出た時は、まさかこんな状態で戻ってくることになろうとは思いもしなかった。

何故だか泣きたくなったのをどうにか押し込め、また無理やり目を閉じる。
きっと、まだまだ眠れない。


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