▼ ▲ ▼

散々な目に遭ったはずだが、カミュはレッドオーブを諦めていない。
そしてそれは、彼の相棒の知るところでもあった。
デクはオーブを国に返却した後も情報を集め、その在り処を突き止めたという。

城下町から南東の方角に位置する、デルカダール神殿。
目的の宝は、そこに保管されているらしい。

カミュが「一緒に来るか」と声をかけたが、デクは首を横に振った。
せっかく軌道に乗った商売をここで捨て置くのは得策ではないし、何より今の彼は妻帯者である。危ない橋は、渡らぬ方がいいだろう。賢明な判断だと思う。

既に街の正門近くは城の兵士達で溢れていた。
かの英雄、グレイグ将軍の部下だという彼らは、末端にいる能無し共とは訳が違う。
恐らく賄賂は効かないだろう。
突破は不可能だと判断した私たちは、一旦下層に戻り、南の裏道を抜けるということで話を纏めた。
急がねばならない。早々に立ち去らねば、面倒なことになる。



「姉貴も行ってしまうんだね…お客さん達が悲しむよ。」


寂しげな声を漏らしたデクに、少しだけ後ろ髪を引かれる思いがする。
だけどそれを振り払うように私は笑った。


「どうかなあ。私のは、デクありきの商売だったしね。」

「そんなことないよー!みんな姉貴の歌好きって言ってたよ!」

「そりゃあ、君に聞こえる所で私を悪くは言えないでしょ。」


なんだか照れ臭くなってしまって、つい可愛げのないことを言ってしまった。
捻くれ者だと揶揄されたが、真意は伝わっていると思う。
彼にはこの一年間、本当にお世話になった。同じ目標を掲げて過ごした、戦友と呼んでも相違ない。そんな不思議な信頼関係が、いつの間にやら築かれていた。


「それじゃ、元気でね。」


名残惜しい気持ちを押し込め、私たちはその場を後にした。



「えっと…神殿に行く前に、君の故郷に向かうんだよね?」

「うん、そうだよ。」


私の問いかけに頷くイレブンは、気丈に見えるが焦燥に駆られているのも確かだ。
奇しくも神殿と同じ方向にあるというその村は今、未曾有の危機に陥っているらしい。

デルカダールの国王が、焼き討ちを命じたのだという。
悪魔の子を育てた者への、粛清として。

勇者がこの国の人々から”悪魔の子”と呼ばれ、忌まれていることを、私は道すがら本人に聞いた。
先程デクの店へ向かっていたその道中も民衆のヒソヒソ話からチラリと耳にしてはいたのだけれど、いかんせん仕事以外は大抵下宿で眠りこけていたものだからそういった街の動きには疎かった。

伝承では世界に光を齎すといわれる勇者が、何故このような扱いを受けるのか。
彼の故郷の件といい、イレブンの心情は察するに余りある。
しかし本人でさえわからぬというその要因を取り除くことは、私にはできそうもない。
できるのは、彼を守ること。そして彼の敵となる者を、退けることだ。
理由ばかりを考えていたって仕方がない。

勇者に出会うことは、私の人生において大きな目的のひとつだった。
そしてその達成と友人の帰還が重なったことに、私は何か不思議な縁を感じていた。

*****

デルカダールの丘へと続く裏道を行き、ふと振り返れば追っ手の姿が遠目に見えた。下層の出入り口付近だ。
もうあんなところまで来ているなんて、私たちには思った以上に時間がないのかもしれない。
しかしあの厳戒態勢の中さすがに街を出ているとは考えていないのか、彼らはすぐに引き返していった。
一先ずは安心だが、しばらくあの街には戻れそうにない。進むしかないようだ。

勇者の故郷…イシの村へ向かうには、デルカダールの丘を越え、その先にあるナプガーナ密林を抜ける必要がある。
些か遠回りになってしまうし危険も多いけれど、背に腹は変えられない。
城の兵士を相手にするよりは幾分かマシだ。



「カミュ!避けて!!」


彼の背後から飛び出してきたドラキーに、メラを放つ。詠唱の速さには自信があった。
小さな炎の球体へと形を変えた私の魔力が、蝙蝠のような黒い体を無慈悲に焼いていく。


「ったく危ねえなお前は…」

「そこはお礼を言って欲しいなあ。」


達成感に満ち溢れつつ額の汗を拭う私に、カミュは不服そうな声を漏らす。
もう少しまともなやり方はあったかもしれないが、彼なら難なく躱すだろうという確信があったのだ。そんなに怒らなくてもいいじゃないかと私も口を尖らせた。


「ああ助かったよ、ありがとな。」


吐き捨てるような感謝の言葉に、あまり感情は込められていない。
私たちのやり取りを始終見ていた勇者さまは、小さく笑った。


「スレイアは吟遊詩人…なんだよね?」

「そうだよ!」


イレブンの問いかけに返答しながら、私は続けて現れたリリパットの矢を剣で払う。
次の矢を射られる前に距離をつめ、飛びかかって斬りつけた。

このところ戦闘をする機会は少なかったが、腕は鈍っていないようだ。
とはいえここらの魔物はまだ、さほど強くない。
どちらかといえば、この先にあるナプガーナ密林が問題だ。


「…ねぇ、君、一体何者なの…?」


辺りの魔物を一掃して漸く武器を納めた私に、またしてもイレブンは問いかけた。
その声色は先程と違って、なぜだか戸惑いを含んでいる。


「だから言ってるじゃん、吟遊詩人だってば。」


不思議に思いながらも答えれば、イレブンは力なく笑い、カミュは肩を竦めていた。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -