わたしの家とシスイさんの家は両親のもっと前の世代から家族ぐるみで交友が深かったそうだ。物心ついた頃には身体が弱く外に遊びに行けないわたしをシスイさんはとても気にかけてくれて、時間があればわたしの家に来て今日あった事や里で起きた話を沢山聞かせてくれた。お母さんとお父さんには内緒でこっそり外に連れ出してくれた日もあった。本当に短い時間の中でシスイさんに背負われて木の葉の街を歩く、ただそれだけの事がわたしには新鮮で、まるで冒険をしているような高揚感に陥るのだ。そんな日の翌日には浮かれた気持ちとは裏腹に、案の定身体がまるで鉛のように重くなるけれど、わたしはそっちの方が「生きている」感覚があって好きだった。ずっと安全な家の中で眠っているだけなんて死んでいるのと同じだ。

家の外には楽しいものが沢山あるし、わたしも元気になったらシスイさんが目指しているという、里を守る忍者という仕事がしたいと密かに夢見ていた。その事をシスイさんに話せば、一瞬彼が悲しそうに顔を歪めたのをわたしは見逃さなかった。でもすぐにその表情を引っ込めていつもの笑顔で「ならまずは元気になって、そしたらオレが稽古を付けてやんなきゃな」と胸を叩いた。悲しそうな顔をした事が気になったけれど、わたしはシスイさんの言葉にすっかり嬉しくなってそんな事はすぐに忘れて「シスイさん大好き!」と調子の良いことを言えばシスイさんは珍しく照れたような仕草をしてみせた。
嗚呼、早く元気になりたい。



シスイさんが忍者になる為のアカデミーに通い始めた。週に5日ほどそのアカデミーに通っているらしく、同じく忍者を志す同世代の仲間たちと勉強をするそうだ。わたしはあいも変わらず1人で自室のベッドの中で過ごす日々を送っており、最近は嫌いだった薬への抵抗感も薄れてきた頃だ。シスイさんはアカデミーに通い始めて暫く経ってからもわたしの家に頻繁に足を運び、授業の話の他に忍者が使う「手裏剣」という武器を見せてくれた。危ないからと触らせてはくれなかったが、わたしはその花のような、あるいは星のような手裏剣にうっとりと惹かれてしまって、それを自由に操り戦う自分を想像した。
ある日シスイさんはうちは一族の新しい友人が出来たと言って、うちはイタチという少年を連れてきた。わたしはシスイさんより歳が下だが、その少年はそんなわたしよりもさらにひとつ歳が下だそうだ。イタチくんはベッドの上で幾つかの管で繋がれたわたしを見て一瞬驚いたようだったが、すぐに優しい声で「よろしく」と言ってくれた。2人は修行帰りだっらようでどこか土のような匂いがした。わたしはそれが羨ましくて、「わたしも忍者になりたい」と言った。そうすると、2人して言葉を詰まらせるものだから、わたしはあの日見たシスイさんの悲しそうな顔を思い出して、この言葉は言ってはいけないのだろうなと悟った。



12歳になった。最近は主にシスイさんが貸してくれる分厚い本を読んで毎日を過ごしている。彼とイタチくんはアカデミーをとっくに卒業して、一人前の忍者として仕事をしている。わたしの家に来る事もめっきりと減ってしまい、それでも週に一度はどちらかが様子を見にきてくれた。わたしも年を重ねて物分かりが良くなったようで、自分の病気が治らない事や、わたしが忍者にはなれない事を理解した。そもそもアカデミーに通う事が出来ない時点で、つまりそういう事なのだ。わたしはこれから死ぬまで、このベッドの上で過ごし続けるのだろうか。昔は外に連れ出してくれたシスイさんも、今では「身体に障るから駄目だ」の一点張りになってしまった。けれど、ゆっくりと出来る事が少なくなっていくわたしを心から心配してくれている事は痛い程に伝わったので、わたしは外に出たいと言うのをやめた。
その頃にわたしの両親が亡くなった。2人はいらぬ心配をかけまいとわたしに話さないようにしていたそうだが、この里に「医療忍者」として従事していたそうだった。わたしの身体を良くするためにあらゆる研究をしていたそうだが、任務先で他国の忍者の戦闘に巻き込まれ亡くなった。悲しくて三日三晩と泣いて過ごしたわたしを、訃報を聞きつけたシスイさんが三日三晩と側についていてくれた。
それからのわたしは、両親が遺した遺産で薬を投与しながら本を読み、絵を描いて過ごした。シスイさんやイタチくんが来てくれるから寂しくはなかった。



家の近くで鴉が鳴いている。その音すらもわたしには心地よくて、ベッドの上で目を伏せた。少しするといつものようにノックの音が聞こえて、このノックはシスイさんだとすぐに気付いて彼の名を呼んだ。
わたしの部屋に入った彼はいつもと様子が違っていて、片目をじっと閉じたまま開こうとしない。「どうしたの?」と聞いても「いや、」と声を窄めるだけだった。
「オレは、なまえが大切だ。愛している」
「わたしも、シスイさんが大好きよ」
「お前を守ってやりたいし、見せてやりたいものも沢山ある」
「……シスイさん?」
「だが、それが叶わなくなってしまった。オレの道はここで終わる。これからイタチに残った目も託す。でもそうしたら、なまえはひとりになってしまう。根はお前を利用するかもしれない」
「………」
「これは、オレのエゴだ。お前は許してくれるか?」
「シスイさんなら、なんでも許すよ」
「ははっ…。簡単にそんな事言うなよ」
シスイさんはベッドに腰掛けてわたしの身体に繋がれた管を優しく外していく。全て外し終わると、上半身を起こしたわたしの頬に両手でそっと触れ、目をしっかりと合わせる。相変わらず片目が開かれることはないが、先程彼が言っていた言葉からするに戦闘か何かで失ってしまったのだろうか。残されたたった1つの紅い目には昔見せてくれた手裏剣のような美しい模様が浮かび上がっている。それはシスイさんが貸してくれた本に記されていた写輪眼という目の特徴にぴったりと当てはまった。吸い込まれるようにそれを見つめていると、次の瞬間にわたしは里を駆け抜けていた。
森の中を飛び回って遊んだ。里を一望できる崖の上までシスイさんが連れて行ってくれて、そこでずっと一緒にいようねと約束をした。
アカデミーでシスイさん以外の友達が出来た。
下忍になって初めての任務は逃げた猫探しだった。
やっと中忍試験に合格した頃にはシスイさんはとっくに上忍になっていた。いつまで経っても追いつけないと頬を膨らませればシスイさんは笑ってわたしの膨らんだ頬を摘んだ。
それからシスイさんに告白された。わたし達は恋人になって、一緒に暮らすようになった。
初めてまともに家事をして、2人で失敗ばかりした。夜には一緒のベッドに並んで寝て、大体朝はシスイさんが先に起きる。
任務に家事に大変だけど、毎日幸せだ。
任務に行って、帰れば家に大切な人がいる。
シスイさんとなら、この幸せを死ぬまで感じられることできるとわたしは思った。
わたしが忍を引退する頃には木の葉も随分と平和になっていた。それからは2人で穏やかにひっそりと暮らすようになった。
そして、わたしはあたたかい春の日に仲間や教え子に見守られながら、眠るように息をひきとる。
最後に見えたものはシスイさんの紅い目。否、これは夢なのだ。わたしが欲しかったものをシスイさんは十分すぎるほどに与えてくれた。たとえそれが仮初めの世界であったとしても、わたしには真実のように感じられた。長い人生に幕を閉じるようにゆっくりと力が抜けていき、最後に目蓋を閉じる。「しあわせよ」わたしが言うと「ありがとう」と安心したようなシスイさんの声が聞こえた。


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