「下手くそ」
「すみません」
「貸せ」
「はい」

香ばしい香りとジュウという生地が焼かれていく音。鉄板の上には真っ二つ、と言うには歪で実際にはもっと無惨にバラついたお好み焼き。
わたしは両手に持っていたヘラを隣に座るカゲに渡した(以前水上がこれを“コテ”と呼んでいたからカゲにどっちが正しいのか尋ねたところ 知るか、との事だった)。

「だからできないって言ったのに」
「拗ねんなよみょうじ〜。誰だって最初は初心者だぜ」
「拗ねてない!ていうか当真が慣れすぎなんじゃないの?」
「鋼もゾエも上手いぜ、あと穂刈も」
「荒船くんとかもっと凄そうだね」
「それなー」

当真と軽口を叩き合っているうちにカゲによって整えられていく生地は、もう先程までのバラつきはほとんど残っていない。大雑把に見えるがその手捌きは誰よりも慣れていて、流石はお好み焼き屋の息子だ。カゲの隣に座っている鋼くんも同じことを考えていたのだろう、すごいなと声を漏らした。

「カゲ、ありがとう」
「別に」
「カゲもみょうじには甘いよなあ」
「それは俺も思う」
「うるせー!オラ出来たぞ。さっさと食いやがれ」

手際良くソースやトッピングが盛り付けられた熱々のお好み焼きの表面では、かつお節がふわふわと揺れている。鉄板を囲むのはわたしとカゲ、当真と鋼くんの4人だ。わたしと当真は狙撃手の合同訓練帰りで、カゲと鋼くんは個人戦終わり。わたしとカゲが付き合っている事を知っている数少ない人物の1人である当真がラウンジで2人の姿を見つけた瞬間、それは大層悪い笑みを浮かべた事をわたしは忘れないだろう。

「でよー、お二人さんはどうなんだ?」
「何が“でよー”よ、わざとらしいんだけど」
「カリカリすんなって。おまえ耳真っ赤じゃねーの、そんなに恥ずかしがる事かあ?」
「当真、あんまりみょうじを苛めるとカゲが怒るぞ」
「それは怖い」
「てめーらさっきから言いたい放題言いやがって」

そうだそうだ!もっと言ってやれ!と心の中でカゲを応援しつつグラスに入った冷たいウーロン茶をごくりと飲む。そのひんやりとした液体が喉を通りまっすぐ体内へ落ちて行く感覚がした。
相変わらずケラケラと笑っている当真を尻目に切り分けられたお好み焼きをお箸でさらに切り分けていく。出来立てで柔らかくて、とても美味しそうだ。

「いただきます」
「おー」

一口大のそれを軽く息で熱を飛ばしてから口に含むと、香ばしいソースとじわりと沁みてくる野菜の味。

「あふい、おいひい」
「やっぱりうまいな、かげうらのお好み焼きは」

鋼くんの言い方、穂刈みたい。そう言いたかったのに口の中が熱すぎてうまく言葉を発する事ができなそうなので大人しくすることにした。

「なまえ」
「なに?」
「ソース付いてる。右側」
「えっ嘘…」

カゲが真顔で言ってくるものだから急いでお手拭きで口の右側を意識して拭き取ると、ん、とだけ言ってカゲは自分の分のお好み焼きをつつき始めた。
そして案の定、当真がヒュウとこれまたわざとらしい口笛を吹く。

「お熱いねえ。まあ冗談抜きで2人がうまくいってるなら安心したぜ。何せ学校でもボーダーでもそんな素振り見せもしねーからな」
「だな。でもなんでそこまで隠すんだ?」
「チッ…周りのヤツらの視線がウゼーのが目に見えてんだよ。俺たちの事は俺たちだけが分かってりゃあそれで良い。変に気ィ遣われんのも迷惑だしな」
「でもよ〜実際嫉妬とかしねえの?カゲの方はともかくボーダーなんか男だらけだろ」

男子たちの会話を聞きつつ何となく居た堪れない気持ちになりながら付き合い始めた頃を思い出す。カゲは今言った事と同じようにわたしに言った。どちらかと言うと大人しく真面目と言われる事が多いタイプのわたしと、良い意味でも悪い意味でも目立つカゲ。似つかわしくはないかもしれない。 わたしもわたしでカゲの言う事はその通りだと思ったので二つ返事で了承した。

「そこは大丈夫だと思う。カゲは結構牽制してるからな」
「オイコラ鋼、勝手な事抜かしてんじゃねー」
「そうなの?」
「なまえも黙ってろ!」
「俺の心配は野暮だったなア」
「ウゼー!」

そうだ、まったくもって野暮なのだ。時たま触れるカゲの体温が熱いことも、そもそも視線からなにもかも筒抜けになっているわたしの好意も、些細に交わされるアイコンタクトも、わたしたちだけが知っていればそれでいい。随分と機嫌を損ねたように隣で吠えるカゲだってきっと同じ事を思っている。
冷めないうちに戴こうとお好み焼きを咀嚼しながら愛おしい彼の事ばかり考える愚かなわたしには、当真も鋼くんもどうか気付かないでいてくれたら良い。


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