「茂庭さあん!」

休み時間も残り10分。後輩であり我らがバレー部のマネージャーであるなまえちゃんはいつものように間延びした声で俺の元にやってきた。しかしいつもと違うのは彼女の髪だ。正確に言うと、前髪。輪ゴムで括られていて普段は隠されているおでこがこんにちはしている状態で、なまえちゃんはどうやらそのゴムを取りたいらしい。

「にろに目瞑ってって言われたから瞑ったんです!そしたらこのありさまですよ取れないです助けてください」

なまえちゃんが言うにろとは二口のことだろう。いじられ体質のなまえちゃんといじり体質の二口は毎日のようにこんな事を繰り返していてよくもまあ飽きないものだ。

「ったく、また二口にやられたの?アイツも悪い奴じゃないのになー。ほら、こっち来なさい」
「茂庭さん買い被りですよそれは」
「はいはい。あー結構きつく結んであるな。痛かったら言いなよー」
「痛いです」
「我慢しなさい」
「それじゃ痛いって言った意味ないじゃないですか!!」
「じゃあずっとこのままにしとく?」
「いえ痛くないです」

確かに二口がなまえちゃんを苛めたい気持ちもわからなくはない。笑ったり怒ったり拗ねたり、表情がころころ変わるし何より子供っぽいところがあるから余計に構いたくなるんだと思う。

「取れそうですか?」

頭を少し下げていたなまえちゃんが窺うように視線を上げた。あれだ。上目遣いってやつ。女子が少ない学校で過ごしている自分にとってこういう仕草にはまったく免疫がないらしい。手のかかる妹のような存在のなまえちゃんが不意に年相応の女性らしく見えた。

「茂庭さん??」
「あっごめん。………よし、取れたよ」
「はー良かった!ありがとうございます!」

そう言うなまえちゃんの前髪から無事に輪ゴムは取り除かれたものの、しばらく前髪を上げられていたせいか癖がついてしまっていた。それはもう結構な癖が。

「な、なに笑ってるんですか!!」
「ごめんごめん、なんでもないよ。ほらもう休み時間終わるから教室戻った方がいいよ」
「本当だ…茂庭さんありがとうございました!また部活で!」

悪戯心が働いて、前髪を好き放題にはねさせたなまえちゃんとそのまま別れた。きっとこのあと部活のときに茂庭さんなんて嫌いです!なんて言われるのだろうか。そうしたら帰りに飴でもあげようかとポケットをまさぐりながら自分の席へと戻った。




キャンディワルツ



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