異常な二人の異常なやり取りを見ていると、頭がどうにかなってしまいそうだ。



「ねぇねぇ、臨也。これ美味しいですよぅ!はい、あーん」

「甘楽……別に自分で食べれ、ン!?」

「ふふっ、美味しいですか?」

「ん…ま、悪くないよ」



悪くないよ、じゃねぇだろうノミ蟲。最初の抵抗はどうした、もう少し突っ込めよ。
俺はそんなことを何度も何度も胸の内で呟きながら、目の前の二人を見続ける。


手にフォークとケーキの乗った皿を持った甘楽は、あまりにも近すぎる距離から臨也を見据えて笑う。そして、臨也の口に突っ込んだ同じフォークで自分もケーキを食べる。また、臨也に食べさせる。自分で食べる、その繰り返し。
臨也は最初こそ抵抗の言葉を言いかけていたくせに、その言葉をもう一度紡ぐことはしなかった。あーん、という甘楽の嬉しそうな声と共に口を開ける。食べる。視線は嬉しそうに笑う甘楽に向いていて、その表情は呆れつつも柔らかな苦笑が浮かんでいる。

その表情は果たして、イイ大人になった自分の姉を見るものなのか。大体、イイ大人があーんって可笑しいだろう。これが仮に、恋人同士だとかならば俺も何も言わない。しかしこいつらは正真正銘、血の繋がった双子なのだ。決して恋人同士なんかではない。



それなのに、この目の前のやり取りは何なんだ。



「手前らよぉ…俺を無視して何やってんだ」

「あ、いたんですかシズちゃん。廃棄処分寸前の木偶の坊かと思ってましたっ」

「ていうかシズちゃん、俺から言わせれば当たり前のように此処に居る君の方が何やってんだって感じなんだけど」

「あァ?俺が此処にいちゃ悪ィのかよ」

「悪いですよぅ!シズちゃんのせいで私と臨也がイチャラブできないじゃないですかぁ」

「シズちゃんがいなくても俺は甘楽とイチャイチャもラブラブもしないけどね。それと、良い悪いの問題じゃなくて、俺を嫌悪してる筈の君がわざわざ俺の家に来てるってことが可笑しいって言ってるんだよ、俺は」

「きゃっ、臨也くんったら照れちゃって!」

「はいはい」



何でもないような顔して紅茶を優雅に啜る臨也に対し、甘楽は相変わらずうぜぇぐらいきゃっきゃっと笑う。臨也の指がカップから離れた途端、その腕に絡みついて頬を肩に擦り寄せて甘える仕草をする甘楽に底知れない苛立ちが湧きあがる。終いには、俺の方を一瞥したかと思えば憎たらしい顔して見下したように鼻を鳴らすもんだから、理性の糸がブッチンと切れてしまった。

よし、このクソアマ殺す。
つーか死なねぇかな。



「シズちゃんシズちゃん!!よく分かんないけど無言でソファ持ち上げるの止めて!今投げたら甘楽にも当たっちゃうじゃんっ」

「その甘楽に当てようとしてんだよ、俺は。臨也は危ねぇからどいてろよ、その女は今ここで仕留める」

「やだぁ、甘楽こわぁい!」

「気色悪い声出してんじゃねぇ、吐き気がする」

「あのねぇ、シズちゃん……毎回言うけど、甘楽は女なんだ。そんな野蛮なことしないでほしいんだけど」

「…手前はなんでそいつの肩持つんだよ」

「甘楽が俺の双子だからだよ。こんな俺でも一応、甘楽のことは人並みに大切にしてるつもりなんだよ」

「臨也っ…!!」

「え、どうしたの甘楽?ていうか、何で泣いてんの!?」

「だって、だって臨也が!うわあああん臨也あああらぁぁぁぶぅぅぅ!!」

「はぁ!?」



大声で支離滅裂な言葉を発している甘楽がボロボロと泣きながら臨也に抱きついているところを、まるで画面越しから見ているような感覚で呆けながら眺めることしか出来なかった。



大切に?臨也が?誰を?…甘楽を?
理解が出来なかった。臨也の、甘楽に対する接し方とその心情が。

何が人並みにはだよ、手前には人並みなんて似合わねぇんだよ。双子だからなんだ、肉親だからなんだ。血の繋がりがあるからどうしたんだよ。結局は甘楽も俺も、他の奴等も、同じ人間じゃねぇか。もっと言えば、甘楽だって俺と系統は違ってもバケモノみてぇに可笑しな気違いじゃねぇかよ。


それなのに臨也は、人間でもありバケモノでもある甘楽だけは他とは違うという風な扱いをする。大切だと、臨也は言う。



「(…結局こいつも、一緒なんだ)」



甘楽は、自他共に認める生粋且つ重度なブラザーコンプレックスだ。臨也以外の人間には嫌悪感を抱くほどに、甘楽は臨也だけを特別視している。甘楽の世界は臨也だけであり、世界の中心も臨也。それはまるで臨也を神のように崇めているようだと、思った。
臨也を神のように崇めるのは、臨也の取り巻きである信者みてぇな奴等だって同じだ。神のように崇め、奉り、跪く。けれど、甘楽はそいつらとはまったく違うのだ。


―――甘楽はその信者達とは違い、その神から想われているのだ。

人類全てに向けられる陳腐で下衆い至当のような愛なんかより、個人として向けられる想いの方が何倍も価値がある。少なくとも、俺はそう思う。
結局、甘楽の一方的なベクトルだけではない。それだけのことがどれほど貴重なのか、そしてどれだけ羨望的なことなのか。


尤も俺は、臨也が甘楽に向けるモノが欲しいとは一切合切思ったことなどないけれど。



「…手前らが揃うとうざさが倍になるな」

「…だったら来るなよって思うのは俺だけかな、シズちゃん」

「手前がそいつの相手しなきゃいい話だろうが。くたばれシスコン、そして死ねブラコン」

「あはは、羨ましいからって八つ当たりは止めてくださいよぅ。死ねバケモノ」

「うるせぇ、黙れよアバズレ。大体よぉ、誰が手前なんか羨ましがるかよ。少なくとも俺は今の手前の立ち位置になりたいとは思わねぇな」

「……本当に腹の立つ男ですねぇ」

「ハッ、何とでも言え。俺には“臨也君の姉貴”が負け惜しみを言ってるようにしか聞こえねぇからな」

「…………」

「…………」



甘楽の臨也と同じ紅い目が俺を睨みつける。それを鼻で鳴らすことで往なし、恨めしげな表情に歪んだ端麗な顔を見下げて笑う。
おそらく、誰よりも自分の今の立ち位置に焦れているのは甘楽本人だ。誰にも向けられていない神からの真心に優越は感じるだろうが、それと同時に“双子の姉だから”という事実が重く圧し掛かる。

臨也と最も近い場所にいるし、臨也本人から大切に思われていることは甘楽にとっての誇りだろうが、しかしどう足掻いたところで臨也と甘楽は“双子の姉弟”という事実は変えようのないものであり、もっと言えば臨也の甘楽に対する想いは“一番の理解者”に向けるものだ。
そこに、甘楽や俺が臨也に対して抱く“感情”はない。


さっき悪態として吐き捨てた言葉通り、臨也はただのシスコンにすぎないのだ。

甘楽のような、重度なものではない。ただのシスターコンプレックス。
臨也にとってそれだけしかない。それ以上は、多分ない。


だからこそ、俺の立ち入る隙はいくらでもあった。
それに甘楽が臨也の唯一無二の理解者だとすれば、俺は臨也の唯一無二の嫌悪者である。

こう言葉に出せば俺の方が圧倒的不利なように見えるが、よく言うだろう?


―――好きと嫌いは、紙一重だと。

臨也の“好き”という感情のベクトルは甘楽を含めた色んな人間に向いていたとしても、“嫌い”という感情のベクトルは俺だけなのだ。
そう考えると一概に、どちらが良いとは言えないだろう。俺はどちらかと言えば、その他大勢に向けられる“好き”よりも、一人にしか向けられない“嫌い”の方がよっぽど魅力的に思える。


なぁ、甘楽?
手前はどうだろうな。



「―――そろそろ二人とも、双子離れしねぇとな?」

「…絶対にしませんから」

「あんま餓鬼みてぇに駄々を言ってんじゃねぇよ。双子だろうが一応、手前は“お姉さん”だからな」

「っ、ほんっとうに性格の悪い男ですね!シズちゃんって!」

「腹黒女に言われたくねぇな」

「うるさいです!兎に角、私と臨也は絶対に離れませんからっ」

「手前はそのまま縋りついとけばいいぜ?臨也はどうだか分からねぇがな!」

「何ですかそれ!?シズちゃん如きが臨也の心を奪えるって言うんですか?自惚れもここまでくると痛々しいですね!」

「自惚れじゃねぇ、近い未来をそのまんま口にしただけだ!」

「それを自惚れって言うんですよ」



「…―――ていうかさぁ、」









「君達、何の話してるの?」

「「臨也との将来の話だ(です)!」」



兎にも角にも、甘楽には負けてたまるかと改めて自分自身に誓い、俺は今日も甘楽と睨み合いをするのだった。



「………何だかよく分からないけど、とりあえずシズちゃんはソファ置いてね。甘楽に怪我させないでよ」

「……チッ」

「甘楽も、あまり挑発的なことはしないでよ。面倒くさい」

「……はぁい」



そして今日も俺達は、状況をイマイチ理解出来ていない臨也の言葉に従い、大人しく生温くなった紅茶を啜るのです。





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三ツ葉風鈴様に捧げます!
甘楽姉は救いようのないブラコンだけど、臨也君だってシスコンなんだよってことが言いたかったんです。

けどシズちゃんから見れば、それが何だよっていう感じらしいです←←
ブラコン×シスコン?だから?結局臨也は双子である甘楽が大切なだけで、それ以上の好意はまだねぇんだし関係ないだろ、と真顔で言いそうだ…(^q^)笑


…なんか、静臨要素ゼロですみません。



 

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