世の中には科学や理論では解明できない、又は証明できない不可思議が無数にある。

例えば俺の力と身体にしてもそうだ。小学校からの馴染みである友人は、俺の力と身体を人類の進化だと嬉々として語る。普通では有り得ない進化を遂げたのが俺だと、そいつは笑いながら告げた。
俺自身、自分の力や身体が普通の人間からは逸脱していることなんて分かっていた。突然変異としか言いようのない俺という進化体は、世の中にある科学や理論ではとても説明のつくものではないだろう。その友人も、俺の考えに同意した記憶は新しい。


けれど、科学と理論で表せない世の中の不可思議を認めた友人でさえ驚愕してしまうような存在と俺はつい先日、邂逅を果たしてしまった。



「やぁ、シズちゃん。今日も残念なことに生気に満ち溢れてるようで嬉しいよ、早くくたばれ」

「……どっちだよ」

「無論、後者に決まってるだろ?ほんと、何で死なないかなぁ…」

「死ぬ必要がねぇから死なねぇんだよ。毎日毎日、何回も同じこと言わせんじゃねぇよ、イザヤ」

「あのねぇ…。君こそ、俺の名前を呼ぶなって何回言えば分かるんだよ」



呼んじゃ駄目なんだって、と綺麗な顔を歪めて俺を咎めるそいつは冒頭で何度も言っている、所謂“科学と理論で説明できない不可思議な存在”である。

相も変わらず闇を連想させる漆黒に身を包んでいる男は、当たり前のように俺の部屋へ侵入して来たかと思えば随分な言葉を吐き捨て、理不尽な言いがかりをつけては俺を責める。そして心底不思議そうに「何で死なないのだろう」と首を傾げ、ふむ、といった様子で思考に耽るそいつは少しだけ眉を寄せた。


――――男の名前を、イザヤという。

先日、丁度今晩のような月明かりのない夜に突如俺の前に姿を現わした、恐ろしいほど美しい死神サマだ。俺の魂を狩りに、わざわざ人間世界に足を踏み入れてくれたらしい。



「ねぇ、シズちゃん。本当に死ぬ気とかにならない?ほら、病んだり鬱になったりとか」

「一切ねぇな。寧ろ、イザヤが来てから前に比べて毎日が楽しいぜ?」

「……ハァ…君って本当に人間?普通の人間なら、死神が傍にいると必ず死相が出るもんなんだけど」

「俺の場合、生命力が一段と上がった気がするぞ」

「…はぁぁぁ」



イザヤは長い溜息を吐き、あからさまに肩を落として落胆する。小声で「いっそのこと俺が殺すか?」と物騒な呟きを割と真剣な表情で零すイザヤに、俺は心の中でどうせ出来もしないくせに、と苦笑い。


俺の魂を狩りに来たと言っても、イザヤが俺に手を出すことはない。否、ない、でなはくて正しくは「出来ない」のだ。
これはイザヤ本人から聞いた話だが、死神は決して己の手で人間の命を終わらせてはいけないらしい。飽く迄も死神の仕事は“魂を狩ること”であり、“殺す”ことではないのだという。死神が人間の元に現われるのは、その人間の魂が肉体から脱離しかけているときだけだし、本来ならば人の目に死神の姿は映らないから人間も自分の死期など分からないまま、人生を終える。そして死神が、肉体と完全に離れた魂を狩る、その循環こそが正しい。

けれどイザヤは他の死神とは違い“特別”らしく、故意的に姿を人目に晒すことができる。最初の邂逅で、俺の心を読んだ能力もイザヤであるから出来る芸当なだけで、全死神が出来ることではないようだ。


イザヤが俺に姿を現わし、己の正体を暴露した理由は俺が“突然変異”の人間であるからで、単に「面白そう」という至って簡潔なものだ。いくら力と身体は凄くとも肉体から魂が脱離しかけてるならば、どうせ何れはくたばるだろう、そう踏んだイザヤは軽い気持ちで姿を見せ、正体も告げたのだろう。

―――が、しかし。


生憎と俺は、その人ならざる“特別”な死神サマですら予測できない進化体だった。



「……有り得ない、有り得ないよシズちゃん。君が今もこうして生きているということは即ち、生死のサイクルの定義を覆したということだ。生命が生まれれば必然的に死が付き纏う。それは個々によって長さは違えど、然るべき時に生き物は死ぬ。なのに、だ。なのに君は、自分に与えられた生の時間を使い切った今でも生き続けている。本来ならば君の命は最長で、もって一週間前ってとこだったんだけどねぇ…」

「けど俺は生きてる。そんで俺の魂も、体から離れてねぇんだろ?」

「おかしなことに、離れかけた魂も完全に体に戻ってるよ」

「っつーことは、俺は死ななくなったってことだろ?なら、手前も俺を狩ることは出来ねぇんだよなぁ?」

「その上、前代未聞の変異を起こした君から俺は不本意ながら目を離すことが出来なくなった」

「へーえ?そりゃあ良かった」

「…何だよ、その顔。ニヤニヤするなよシズちゃんのくせに。あと変なこと考えなるな」

「じゃあ俺の心読むな、イザヤのくせに」

「読んでない、ただ君が分かりやすいんだよ。あと気軽にポンポン名前呼んだら駄目って、何回言えば分かってくれるの」



呆れた口調でやんわりと俺を咎めるイザヤは肩を竦め、困ったように息を吐く。たったそれだけなのに、どうしてこの死神はこんなにも色香を漂わせるのだろうか。悩ましげに口から零れる吐息は儚げで、そこら辺の女よりもよっぽど美しい。

そんなことを考えてると、突然イザヤが驚いた風に目を見開き、すぐに俺を睨みつけた。頬は少しだけ赤く染まり、思わずグラリと視界が揺れる。
なんて奴だ。死神は人を殺しちゃいけねぇはずなのに、俺はコイツに殺されかけている。現に心臓がいたい。



「変なこと考えないでって言ったじゃん!そんな恥ずかしいことよく平気で語るね!心の中でだけどっ」

「読むんじゃねぇよ。プライバシーの侵害で犯すぞ」

「何でそうなる!?ていうか、そこは訴えるんじゃないんだ」

「だってお前、死神だろ」

「いやまぁ、そうだけど…。だからって犯すはないよ、犯すは。人外に加えて男の俺を犯すとか言いだす君の思考回路を、一度調べつくしてやりたいよ」

「心読めるんならやってみればいいだろ。どうせ手前のことしか考えてねぇから」

「そう思ったからやらないんだよ。それに心読むのって案外疲れるんだよね」

「じゃあ読むな」

「じゃあ読ませるようなこと考えないで」

「…………」

「素直に頷けよ、ばか」



だってそれは無理だろう。イザヤの言う「恥ずかしいこと」は俺の心が無意識に呟いてる紛れもない本心なのだから、それを意識して止めるなんて俺には無理だった。


―――もう分かっていると思うが、俺はどういった訳か自分の魂を狩りに来た死神に惚れてしまったのだ。

それも自分で感情のコントロールが出来ないほど、俺はこの死神にいつの間にか入れ込んでいた。
それを心を読んで知ったイザヤは、そこから頑なに俺から名前を呼ばれることを嫌がった。なにせ人間が人外に惚れたのだ。絶対に実るはずのない不毛な恋だとは俺だってよく分かっている。けれど理解していたとしても、既に止めることなど出来ず、諦める気にもならなかった。


思えばそこからだ。人間から疎遠されがちの俺が、生きることが楽しいと思い出したのは、イザヤを好きだと自覚した頃と同じ。そしてイザヤが信じられないとばかりに「魂が肉体に戻り始めた」と呟いたのも同じである。

結局、イザヤは狩るはずだった俺を逆に生かしてしまったのだ。
―――面白半分で俺の前に姿を現わしたことが、イザヤと俺にとっての転機だった。



「…なんでこうなったんだろ」

「なんだって良いんじゃねぇの」

「良くないって。シズちゃんも人じゃない俺を好きになっても報われないし、ちっとも楽しくないよ?」

「それでもいいんだよ。諦めたつもりはねぇが、少なくとも今はこのままでいられたらいいと思ってる」

「……変なの。人間って皆こんな感じなのかな?それともシズちゃんだけ?」

「…他も同じだったらどうすんだよ」

「どっちにしろ、人間についてもっと知りたいね!まさか人間がこんなにも面白い生き物だとは思わなかったし!どうせシズちゃんの観察する為にコッチいなくちゃだし、だったら他ももっと知りたい」

「あァ!?手前、ずっと今コッチいんのかよ!?初めて聞いたぞ!」

「言ってなかった?昼とかも普通にいるよ。日の出てる間は他の人間観察してて、本当に面白いよ!」



なんてこった。コイツがまさか普通に昼までいるなんて。更に、そん時は他の人間観察をしているのだと本当に楽しそうに笑って答えるのだからつい衝動的にベッドを投げ飛ばしたくなった。

ていうことは、だ。もしかしたら俺以外の人間もイザヤの姿を見てるってことか?…考えられる。
イザヤの性格上、既に俺以外の人間と接触してる気がする。あ、じゃあ他の人間もイザヤと話してるってことになる。何度も言うが、イザヤはとんでもなく綺麗だからその人間が男であろうと女であろうと、おそらく目を奪われないってことはないだろう。

ヘタしたら、そいつまでイザヤに惚、れ…る、かもしんねぇ、し。



「…イザヤァァァ!!手前、もう絶対他の人間ンとこ行くなっ!コッチいるなら俺の部屋いろ!こっから出るな!」

「ちょ、いきなり何?ていうか、何キレてんの?」

「うるせぇ、この野郎!いいから絶対に出るな、マジで出るな。もし出ても姿は消せ、人間との接触も禁止だ!」

「なぁんで俺が人間ごときに命令されなくちゃいけないんだよ」

「他の奴が惚れたらどうする!?」

「そんなモノ好き、君しかいないから安心していいよ」



安心できるか!マジで言ってんのかこの鈍感!大体、死神だと正体を知らない奴から見ればイザヤは普通の人間と変わらないんだ。危険だ、本当に危険だ。



「いいから駄目だ!お前は自分の顔を鏡で百回ぐらい見てこい!そんで自覚しろ!」

「大丈夫。それは君の思い過ごしだから」

「……イザヤ」

「ん、何?」



本当に危険だ。こいつは少し全体的に疎すぎる。こんなになるってことは、そんだけイザヤの生きる世界の美意識とコッチの世界とでは違いすぎるのか?

何にせよ、これでは駄目だ。疎すぎる。自分のことに関しても、人間の感情に関しても。駄目だ、危険すぎる。

人外だろうが死神だろうが関係ない。もう一度言おう。


こいつ、危険だ。



「…お前はちょっと、コッチのことについて勉強しような」

「は?」



まずは、いかにその容姿が人の目を惹き付けてしまうのか、ということから教えてやろうと俺は強く決意した。





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相馬様に捧げます!
…知らない間にシズちゃんが臨也、ラブ!で驚いた←←

人間世界と自分について疎い臨也にシズちゃんがこれから頑張って教えてくれるらしいです(笑)



 
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