俺の腕を絡まっている腕も、俺の気を引こうとする声も、その全てに飽きてきた。それを楽しそうに喋り続ける彼女には悟られないように、まったく聞いていない会話に相槌を打ちながら上辺だけの笑みを張りつける。すると彼女はまた、嬉しそうに笑う。本当に単純な子。

最初はそんな単純で愚かしい彼女の行動を見ていて楽しかった。けど、それもすぐに飽きた。正直、付き合って三日で飽きた。それでも一ヵ月も付き合っていたのは、二週間ほど前に彼女が自傷してまで俺の気を引こうとしたからだ。
それには驚いた。最初の告白の時、付き合ってくれないと死ぬなんて馬鹿なこと言ってたけど、まさか本当に傷を作るなんて思わなかった。それが少し予想外だったから、もう少しだけこの関係を続けてみた。しかし結局、俺の予想を超える行動はそれだけだった。


だから飽きた。彼女の話に耳を傾ける必要も、彼女に意識を向ける必要もない。俺の頭は隣にいる彼女ではない、別のことで一杯だった。



「(……シズちゃん)」



昨日、俺の大嫌いなバケモノが言い残した不審な言葉。俺の頭はずっと彼の言葉を反芻してばかりだ。
シズちゃんの言葉一つに俺の思考が占拠されているのは気に食わないけど、それはそれでどこか楽しんでいる自分がいる。

以前ならば俺の予想を覆す行動ばかりをする彼に苛立ちを覚えるはずなのだが、今の俺は全くの苛立ちを感じていない。寧ろ、彼の予想外な行動に歓喜していた。
そして隣にいる、俺の腕に絡みついている彼女を見下ろしてふと思うのだ。


――――本当にツマラナイ、と。



「臨也?ちょっとぉ、聞いてるの?」

「…………」

「…?いざ―――」



その時だった。
早苗が不服そうに俺を呼ぶ声と、凄まじい破壊音が重なったのは。


すぐ背後から聞こえた音に、俺は聞き覚えがあった。いや、俺だけではないだろう。この学校に在校している人間ならば一度は聞いたことがあるはずだ。
有り得ない力を駆使し、有り得ない物を軽々と持ち上げ、もぎ取り、そして破壊する音。そんな芸当が出来る奴なんてこの学校内だけではなく、世界中を捜してもそうはいない。そしてそんな芸当が出来る奴こそが、俺の思考内にいる唯一嫌悪を覚えた人間。



「いーざーやーくーん?」

「…シズちゃん、」



後ろを振り向いた先にいた人物の名を紡ぎ、俺は彼と視線を合わせた。周りの生徒達は一気に顔面を蒼白とさせ、犬猿の仲と知られている俺達の喧嘩に巻き込まれないように昨日同様、足早にその場を立ち去ろうとしている。早苗は早苗で、強がってシズちゃんを睨んでるけど掴んでいる指先から震えが伝わってくる。

しかし、そんな周囲のことなど今ばかりはどうでも良かった。俺の優先順位は、目の前の彼だった。


シズちゃんは、昨日と同じように真剣な面立ちで俺を静かに見据える。その双眸からは嫌悪や殺意などの類は一切感じられず、ただ真っ直ぐ俺を射抜くのだ。
少し茶色がかった鋭い眼力は、ゆっくりと俺から早苗へと向き、その目は一瞬にして不快そうな目に変わった。



「……やっぱ、すげぇむかつくな…」



と、一言。噛み締めるようにゆっくりと吐き出された言葉に、目を瞬かせる。彼が俺以外の人間にここまであからさまな嫌悪を態度に示したのは、俺が知る限りでは初めてだ。
一瞬、彼女が何かやらかしたのかと思考するが、シズちゃんと彼女との関係性は偶然隣同士の席になったクラスメイトとしか言いようがないし、例え彼女が何かしたのだとしても、普段は至って良識的であるこの男が女相手にこうもあからさまな態度をとるだろうか。

俺にはとても彼女がそこまでたいそれた悪事を思いつくような頭をしているようには思えなかった。ならば何故、彼はここまで不快感に満ちた目で彼女を睨みつけているのか。


彼の言動、行動共に予測出来ない俺にとっては、シズちゃんがどんな心境で俺達と対峙ているのか分からなかった。
だから、俺は彼が噛み締めるように吐き出した「むかつく」という意味合いを、その時は全然理解していなかったのだ。

彼が何に対してむかついているのか。そして、彼が言わんとしている次の言葉なんて俺は予想どころか、思いもしなかった。



「オイ臨也、今から言うことは嘘でも冗談でもねぇから真面目に聞け。聞き逃したら殺す、茶化しても殺す」



そう言いながら緩慢な動きで近付いてくるシズちゃんの表情は真剣そのもので、俺は身動き一つ出来ず、ただその場に突っ立っていた。

すぐ目の前にシズちゃんが立つ。その距離は一メートルもない。
俺はずっとシズちゃんから目が逸らせず、馬鹿みたいに見上げていた。俺の腕を掴んでいる彼女がその腕を引っ張ろうとも、俺は何の反応も示せず、ただただシズちゃんだけを見ていた。


不意に、彼の腕が伸びてくる。その動きを無意識に追っていれば、それは彼女が掴んでいる俺の手を引っ掴んだのだ。
ぐいっと力任せに引かれ、彼女の手か簡単に俺から外れた。そしてそのまま重心を失った俺の体はシズちゃんの方に傾き、気付けば目の前にいるのはシズちゃんの姿ではなく早苗で、今まで俺の視界を独占していた彼は俺の背中に密着するほどの至近距離にいる。



「俺は、手前が好きだ」

「――――は、」

「すきだ」



頭上から降ってきた言葉に、俺は愕然とした。

好きだ、すきだ、そう何度も何度も脳内で反芻させて呟く。その言葉は俺の間違いではなければ、好意を表わす言葉ではなかっただろうか。決して、一ヵ月前まで殺し合いをしていた天敵に言うような言葉ではない。
何かの聞き間違えか、と自身の聴覚と脳を疑ったが、もう一度落ちて来た「好きだ」という低音に俺の疑心は否定された。



「……本気、なの?シズちゃん」

「…最初に言っただろ、嘘でも冗談でもねぇって。俺は本気だ」

「………ははっ、」



―――予想外すぎるだろう、これは。

犬猿の仲だと周囲に認識されている俺達の関係が、予想だに出来ない彼の一言で一変する。立ち去ろうと蠢いていた生徒達も、俺の気を引こうと懸命だった彼女も、そして俺自身さえ全てが一変したのだ。
「好きだ」というたった三文字の言葉で、全てが変わった。


思わず、笑みが零れた。なんだろう。大嫌いであるはずの唯一愛せなかったバケモノの好意に、俺は笑ってる。
嗚呼、なんて面白い。こんなこと今まで経験したことがない。

付き合ってくれないと死ぬ、と三流ドラマのような台詞を言った彼女とは比べ物にならない。一ヵ月前の俺はそれにどんな面白味を感じたのか、今思えば分からない。とんでもなく退屈していたからこそ、そんな言葉にも付き合っていられたんだろうか。まぁ、どうでもいいことだけれど。



「ふっ……あははははは!何だそれ、ほんと意味分かんない!予想外すぎるよ、シズちゃん!」

「そうかよ。手前の思い通りにならなくてなりよりだ」

「ははっ、おっかしー!だめ、笑いすぎて腹筋痛いッ」

「…どんだけ笑ってんだ、手前。人の告白を何だと思ってんだ、殺すぞ」

「ふはっ!告白とか真面目に口に出して言うなよ、笑える!」

「……まぁ、そんだけ笑えれば俺の勝ちだろ」

「勝ち?何それ、誰と勝負してんの?」

「決まってんだろ、」



シズちゃんの楽しそうな声色に首を傾げ、頭上にある彼を見上げれば声と同じように至極楽しそうにニヒルに笑む彼が、正面を向いていた。その視線の先に居るのは、呆然とした様子で俺達のやり取りを見ているだけとなっている彼女。
彼女は突然向けられた視線に身を強張らせ、俺に助けを求める縋りつくような目を向けてくる。

けど、ごめんね?



「――――手前の“元恋人”とだ」



どうやら俺の“恋人”サマは、随分独占欲の強いバケモノらしい。


そんな彼と比べたら、君じゃあどう考えても役不足。彼以上の興味と関心と衝撃を与えてくれるとは思えない。
三流ドラマみたいな台詞も、気を引きたいが為の小細工も、シズちゃんの前だと全て無意味に等しい。そんなことわざわざしなくとも、シズちゃんはいつでも俺の予想外なことをしでかしてくれるんだから。

興味、関心、衝撃。その全てを彼は当たり前のように更新してくれる。それを当たり前に出来ない君では分が悪いのは目に見えて分かるだろう。


やっぱりどう考えても、君じゃ彼に勝てれない。



「…だって。ごめんね?“十宮さん”」

「え―――、」

「シズちゃんの方が君の何倍も面白そうだもん」



そう言って、泣きそうな顔に歪む彼女を目の前に、俺はシズちゃんの頬にキスをした。


彼女と、周囲の人間の絶叫やら悲鳴やらを聞き流しつつ、俺とシズちゃんはそんな周囲などには目もくれず互いに目を見合わせて、今度は唇同士を合わせた。

嗚呼、君といる方がやっぱり面白いよ、シズちゃん。





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夕海様に捧げます!
そして全力で謝罪します、すみませんでした十宮さん、早苗さん。

…ていうか、臨也は勿論のことシズちゃんもひどすぎる…!
そしてそんなシズちゃんを後押しした新羅とドタチンもひどいな、オイ…!

来神組の鬼畜具合に私はどうすればいいのか分かりません(オイ)



 
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