「……そういや最近、手前しか来ねぇよな」
「何だ、急に」
「いや…昼はいっつも門田にくっついてアイツも此処で飯食うじゃねぇか。それに最近、あんま俺にもちょっかい出してこねぇんだよな。何でだ?もしかしてあの野郎、また何か企んでんのか?」
「…もしかして静雄君、知らないの?」
「…結構、噂になってるんだがな…」
「あ?」
「臨也、最近彼女が出来たんだよ」
「……か、のじょ?」
それはある日の昼休みでの会話だった。
十宮 早苗(トミヤ サナエ)―――それが臨也の彼女の名前。新羅と門田に教えてもらった十宮という女は、なんと俺のクラスメイトだった。しかも何の偶然なのか、先日の席替えで俺と隣になった女子生徒。
臨也の彼女だと知ったその日の五時間目、俺は授業を受けるフリして十宮をそれとなく視界に入れつつ俺なりに観察した。容姿は特に目を惹かれるほどではないと俺は思う。いや、でも新羅や門田が確か、同学年の間では結構人気が高いと話していたな。……まぁそれぐらいには綺麗、らしい。
十宮は授業中は至って真面目だった。それこそ俺の周りにいる他の生徒と何ら変わりない様子で普通にノートとって、普通に授業を聞いて、兎に角全部他の奴等と変わらない。
しかし臨也はこの女を彼女にしたのだと言う。他の奴等と変わらない、普通の女子生徒を。
今まで彼女なんて作っていなかったアイツに出来た、俺が知る限りでの初めての彼女。それが十宮。
十宮と臨也が付き合いだしたのは一ヵ月前のことらしい。そして臨也が昼休み、何だかんだで俺達と一緒に昼飯を食べていた場所である屋上に来なくなったのが二週間前。そして、臨也が俺にむかつく御託をあまり並べなくなったのも同じ時期だ。
うざったい屁理屈を並べていた口は一言二言ぐらいしか発しなくなったし、胡散臭い笑みは関心のなさそうな無表情に変わった。それが今の、俺に対する臨也の態度だった。
以前は俺のこの力に関心を示し、俺をからかっては腹を抱えて嘲笑していたあの忌々しいノミ蟲野郎が、たった一人の女によって変わってしまったのだ。それも、俺が見る限り何の変哲もない女によって。
「…―――やぁシズちゃん。いきなり物騒な挨拶、どうも」
「……臨也、手前…」
「早苗、ちょっと先に行ってて。俺も後で行くから」
「でも、臨也…危ないよ。怪我でもしたら、」
「別に喧嘩するわけじゃないから大丈夫だよ。だから、ね?」
――――虫唾が走った。
その日の放課後に、今まで出くわさなかったのが嘘のようにあっさりと、今日というこのタイミングで俺は臨也と十宮が一緒にいるところを見つけた。放課後だから一緒に下校するつもりなのだろう。臨也の腕に十宮の腕が絡まって、寄り添うように人目も多い廊下を気にせず歩くそいつ等に、言い様のない憤怒が湧き上がった。
そして新羅の慌てた静止の声など気にも留めず、俺は気付いた時には近くの教室から机を持ち出しそいつ等に向かって投げた。そうしたら、身の危険に気付いた臨也がなんと十宮を抱き寄せて机をかわしたのだ。その自然な動きもまたむかつく。
臨也は怒りを露わにする俺を一瞥したかと思えば、今まで見たこともない柔らかな笑みを十宮に向けて先に行けと促す。それには新羅も驚いたようで、目を見開いて俺同様に臨也を呆然と眺めていた。
渋っていた十宮も臨也の言葉により引き下がり、去り際に俺をきつく睨め付けて背を翻した。周りにいた生徒は巻き込まれたくないのか、その場には対峙する俺と臨也と、俺の後ろにいる新羅を除いて誰もいなくなっていた。
「それで、シズちゃん。俺に何の用かな?まさか机投げといて何もないとは言わないよねぇ」
「……手前、あの女と何で付き合ってんだ」
「あの女って…。君の隣の席の子だろ。名前ぐらい呼びなよ」
「ンなことはどうでもいい。いいから俺の質問に答えろ」
「…その前に何で君、そんなに怒ってるの?意味分かんない。第一、シズちゃんにそれを言う必要性が見つからない。シズちゃんには関係のないことだと思うけど?」
「うるせぇ……いいから答えろ。じゃねぇとぶっ飛ばすぞ」
「ちょっと静雄君、少しは落ち着きなよ。ほんと何でキレてんの?」
「手前は黙ってろ。眼鏡叩き割られてぇのか」
「黙ります」
後ろから口入れしてくる新羅を一先ず黙らせ、俺は再び臨也に視線を向ける。臨也は怪訝そうに眉を寄せ、不愉快そうに顔を歪めていた。しかしそんな顔されたからと言って、みすみす引く気にはなれない。
俺は知りたくて仕方がなかったのだ。臨也が十宮を、彼女という特別な立ち位置に置く理由が、俺は知りたい。臨也が愛してやまないという人間の一人にすぎない女に、何故固執するのか。あの女だって、その他の人間と同じだろう。なのに。どうして。
「…どうしてシズちゃんが怒ってるのか、そして何でそんなことを知りたいのか分からないけど、まぁいいよ。教えてあげる」
「…………」
「彼女は俺の愛すべき人間の一人だ。そして彼女は俺を愛してるという。加えて彼女、ちょっと面白いんだよ。高校に入って何度か告白されたけど、早苗は他の子達とは少し違ってねぇ。俺が一度断ったら、何て言ったと思う?“じゃあ死にます”だって!用意周到なことに、あの子ナイフまで持っててね!自分の首筋に当ててまた言うんだよ。“折原君が好き、愛してる。だから付き合ってほしい”―――ってね」
「…それで手前は、付き合ってんのか」
「うん、まぁね。俺は人間が好きだからそう簡単に死なせたくはないし、それにそこまで執着されたのは初めてだったから面白くてね。あの子、俺の目を引く為なら結構何でもするんだよ。ほら、シズちゃんも新羅も見たでしょ?早苗の腕、包帯巻いてたじゃん。あれさ、俺が昼休みに君達のところに行くのが気に入らなくて自分でやったんだって。可笑しいよね、そんなことで切るなんて。だから最近ではずっと彼女に付きっきりだよ」
尤も、登下校と昼休みぐらいだけど、と臨也は肩を竦めて笑った。しかし、俺は笑えなかった。ちっとも笑えない。
簡潔に言えば、十宮のやっていることは一種の脅しに近い。付き合ってくれなきゃ死ぬなんて、ドラマや本でしか聞いたことのない安っぽい台詞だ。本当に死ぬ覚悟があったとは思えないし、口では人間だから死なせたくはないと言っている臨也も、コイツの歪んだ性格を知ってる俺からすればその言葉は見え透いた嘘にしか思えない。
散々愛してると言っておきながら、臨也はその人間を玩具のようにしか思っていない。だから簡単に人を蹴落とすことも出来るし、見下して嗤ったりもする。だから多分、十宮と付き合っているのは臨也にとって“面白いから”なのだろう。新たに知れる人間の性質を見たいがために、臨也は付き合っているのだろう。
それは分かった。けど、納得は出来ない。
それが何だと言うんだ。
何故臨也の意識を、視線を、興味を、それだけの理由で他の人間に奪われなければならない。
臨也の意識は今までずっと俺に向いていた。あの挑発的な視線も、底知れない興味も、それは今まで俺だけのものだったのだ。
――――今更、他の奴に渡してやる気など更々ない。
「今度は急にダンマリ?いつも以上に意味不明だよね、今日のシズちゃん。新羅、お前なにやったんだよ」
「何で僕!?言い掛かりも甚だしいよ!僕はセルティに誓って何もしてないっ!」
「どうだか……って、あそこにいるのはドタチン!」
「臨也か。…その前にこの状況は何だ?俺は岸谷が騒いでるワケと、静雄が静かなワケを聞いた方がいいのか?」
「是非聞いてくれよ、門田君!臨也ってば、」
「っるせぇなぁ…マジで眼鏡叩き割るぞ、手前」
「だから何で僕だけ!」
ひどいっ、と騒がしい新羅は一先ず無視して、俺は後ろからやってきた門田の姿を見定め、もう一度臨也を見つめる。臨也は相変わらず訝しげに目を細めて俺の様子を窺っているようで、俺と視線が合うと更に目を細めた。随分な反応だと思うが、今はいい。今のところは我慢しておいてやる。
俺は臨也に背を向け、自分の扱いが理不尽だと嘆く新羅の襟元と普段と違う俺達の対峙を傍観していた門田の腕を掴み、そのまま歩みを進めた。
「ちょっ…急に何なんだい、静雄君!」
「おい、静雄!臨也はいいのか!?」
「今はいい。いいから手前らはちょっと付き合え」
今はいい。今のところは我慢すると俺は決めたんだ。
アイツがあの女のところに行こうが、興味を持っていようが、今だけならいい。
「――――オイ、臨也。一つ言っとく」
「なに」
「手前の悪ふざけに付き合ってられる奴なんざ、この世でたった一人しかいねぇっつーこと覚えとけ」
「…は?」
「少なくとも、あの女には無理だ」
「ちょっと、シズちゃん…?それ、どういうこと?」
「手前で考えろ。その無駄にいい頭でな」
俺はそれっきり口を閉ざし、新羅と門田を引き連れてその場を去った。
後方で臨也の不機嫌そうな声が俺を呼んでいたが、俺はそれに反応をしてやらなかった。ただただ、その場を去ることと今後のことで頭が一杯でそれ以上は対応出来なかったというのが正しい。
口や態度では臨也を目の前にしているからいつもの調子で、何ともないように依然と振舞えたが、本当は俺だってごっちゃまぜになっている自身の感情にどうしていいか分からない状態なのだ。
それは、屋上に続く道のりを歩いている時でも混濁としたままだった。
――――だから、そう。
もう、本当は俺だっていっぱいいっぱいなんだ。
「静雄…そろそろ俺達をここまで半ば無理やり連れて来た理由を話してもらいたいんだが」
「そうだよ。僕は愛するセルティの元に帰るという大切な用事があるんだ。もうこれ以上のタイムロスはあまりしたくない」
「……………れば、…」
「「は?」」
「どうすれば、臨也はあの女と別れるんだ…」
「「……は?」」
嗚呼、そうだ。限界だ。色々と、そうだ色々と。俺は限界なんだ昼からまさかの事実を突き付けられ、そして自分の目でもそれを確認して、更に本人の口から肯定されて、加えて自分の感情と意外なる自分の想いに気付いて、俺は限界なんだ。許容範囲なんてとっくに超えてる。
今の俺を突き動かしているのは理性じゃない、本能と焦燥だ。
「…悪い、静雄。もう一回言ってくれ」
「だから――――どうすれば臨也、十宮と別れるんだ?」
その時の俺は、ものすごく焦っていたのだ。
この世の終わりだと顔面蒼白にして叫ぶ新羅など気にしている余裕もないくら、俺は、焦っていた。
------
全国の十宮さんと早苗さん、すみません。
シズちゃんが十宮さんに対して酷すぎる…!
そして無駄に続きます。
…私の文は無駄が多すぎて自分でもびっくりです。