――――単純にこれは俺のミスが招いた結果だ。
自由の利かない両手足、その四肢には頑丈な冷たい枷が俺を拘束していた。無様に抵抗するなんてことはしない。俺はシズちゃんのような怪力を持っているわけではないのだからこんな鉄の塊が壊せるわけないのだ。
数人の男達に押さえ付けられ、両手首と両足首に枷がしっかりと装着される。もうその瞬間、俺は一切の抵抗を止めたのだ。無意味なことを必死にするのは嫌いだ。
「(…最悪だなぁ)」
別に薄暗い牢屋に閉じ込められているわけではない。俺が今寝かされているベッドは柔らかいし、周りの置物や家具はどれも高級品と言ってもいいだろう。
しかし悪趣味だ。俺ならば絶対に置かないし、買わない。色も奇抜だし、何をどう惹かれて買い揃えたのか分からない意味不明な似たような置物が広い室内に並べられている。俺を監禁している男の性癖が腐っているのは知っていたけど、まさか物に対する感性までもが悪趣味なんて、もう救いようがないとしか言えない。
そんな男に、俺は無様に監禁さらているわけなのだから自分自身が情けない。いっそのこと自嘲する。
そもそも俺がこんな趣味の悪い男からの仕事を引き受けたのは、男が裏で行っている人身売買のルートを辿るのが目的だった。だから奴の仕事は建前に引き受けたにすぎない。本心を言うならばあまり関わり合いたくのない人種ではある。
俺は自分で言うのもあれだが、他者の目から見れば大層容姿が整っている、らしい。今でこそ少ないが、まだ情報屋として無名だったときは不躾な視線をよく送られたものだ。男だと知っていても尚、そういった対象で見れるぐらいは俺の顔立ちは良い方なのだろう。
だから、男女関係なく容姿の整った人間を調教したいなんて変態的思考を持つ男の依頼など本当ならば受けたくなかった。そもそも会いたくもなかった。俺の容姿が男の好みなのかは知らなかったけど、最悪なパターンは想像出来る。
それが現在、俺が陥っている状況のことなのだけど。
「……あのおっさん…此処から出たら絶対に抹消してやる」
そう口に出して悪態を零せる余裕があるのは、この状況を打破する道があるからだ。最悪なパターンが予想出来る危険地帯に単身で乗り込むのに、逃げ道をまったく用意していないほど俺は愚かではない。伊達に情報屋なんて不安定な仕事を何年も続けていないのだ。
俺の計算通り、想像通りに事が運んでくれるならばきっと今頃、波江が何かしらしてくれているはずだ。
波江には行き先を告げなかった。何故ならもしも今回の仕事先を告げた時、彼女が絶対に俺を行かせないと分かっていたからだ。どんな心境変化なのかは知らないが近頃俺にめっきり甘い彼女は、裏ルートを辿る為だと理由づけても行かせてなんてくれないだろう。だから敢えて何も告げなかった。
けれど、一晩明けて俺が戻らない、三日経っても連絡がこない。そこまでくれば聡い波江でなくとも気付くだろう。俺が仕事先で何かしらのトラブルにより帰れない、或いは帰れる状況ではないということに。
ならばきっと波江はまず、俺が何処に仕事へ行ったのか調べるだろう。その為に行き先を示す少しの情報は残しておいた。波江ならば早くて一週間もあれば俺の場所を割り出してくれる。その後、誰でもいい。波江は俺を此処から出せる人員を用意し、必ずアクションを起こしてくれる。
これが俺の切り札。全ては波江の頑張りと、波江が用意する人選にかかってくるんだけど、生憎とその人選が誰になるのかは流石の俺にも分からない。もしかしたら知っている人間かもしれないし、まったくの知らない人間かもしれない。最悪、四木さんかもしれない。借りをつくるのも悪くない、とか悪い笑み浮かべながら言われそうだ。そうなった場合、俺は当分四木さんには逆らえない上に四木さんからの仕事はタダ働きも同然になりそうで嫌なのだけれど、まぁそこは最終手段だから波江もそこは分かってくれるだろう。
さて、誰になるだろう。そう思案したとき、俺の頭に浮かんだのはあの男しかいなかった。
「…―――シズちゃん…」
俺のことが大嫌いな彼、俺といつも喧嘩をしている彼。そんなシズちゃんが俺を助けてくれるだって?本当に妄想も甚だしい、そんなこと現実に起こるわけない。だってシズちゃんは俺が嫌いなのだから寧ろ、俺の窮地を両手を上げて喜びそうだ。
でも、俺の頭からはあの眩しい金色が離れない。これは俺の願望なのだ。虚しい、俺の願望。
シズちゃんが俺のことを助けてくれるわけなんてないのに、俺はその虚しい願望に縋りたいのだ。それは俺がシズちゃんのことを好きで好きで仕方ないからであり、俺はそんな有り得ない願望を抱きつつゆっくりと目を閉じた。
両手足に繋がれている冷たい枷を肌で感じ、少しだけ泣きたくなったのは危機的状況に陥っている恐怖ではない。
自分の虚しい想いをこんな時に改めて実感することになった、哀れな自分自身に対して、悲しくなった。
―――それだけ。
「シズちゃん…」
でも、願望だけは。俺の都合の良い脳の中では、お願いだよシズちゃん。
――――助けてよ、シズちゃん…。
そんな言葉を口に出して言える勇気はないけど、俺は胸中でひっそりと呟いた。
▽
「―――なぁ、あの黒バイク。置いてきて良かったのか?」
「いいんだよ。手前こそいつもいる連中、何か文句言ってたけど良かったのかよ」
「ああ。別に人員がいるってわけじゃねぇだろ?寧ろ、あまり多すぎるとお前の邪魔になりかねない」
「…………」
「否定出来ないだろ?」
「…そういう手前もだろうが。俺だけじゃねぇ」
「まぁそうだな。俺もお前のことばかりは言えないな。正直、今だって冷静じゃないんだ。首謀者目の前にするとどうなるか俺も分かんねぇ」
「とりあえず、殴り飛ばして蹴り飛ばして投げ飛ばして、嬲って痛めつけて潰してぶっ殺せばいい」
「いや、殺すなよ。岸谷が何でも身柄は回収したいらしいから、一応生きて引き渡せ」
「チッ!」
「あからさまに残念そうにすんなよ。…ま、それさえ守れば何してもいいぞ」
「――――…ハッ、」
池袋某所、そこに彼等はいた。
瞳の奥に静かなる怒りを蠢かせ、彼等は静かにそこに佇んでいた。
ここに、いるのだ。彼等の本当は大切な彼が、いる。
ある闇医者にとっては彼は、愛すべき友人だった。ある良心的青年にとって彼は、可愛い子供のようだった。ある喧嘩人形にとって彼は、恋しい想い人だった。どんなに性格が歪んでいようと、彼は、折原臨也は彼等にとって大切だった、大事だった。
そんな臨也に手を出した。本人の意思など関係なく、己の娯楽と欲の為に拘束をする。そんなことが許されることではない。彼等にとって臨也の意思が第一であり、それに反する障害は彼等にとっての障害でもある。
邪魔な障害は一刻も早く処理しなければならない。特に、今のように臨也に手を出した障害には慈悲をかける義理はない。ならばその障害には分からせなければならない。制裁という名の、自分達の怒りをその身を持って受けてもらわなければならない。
「……じゃあ、完封無きまでにぶっ潰す」
「だな」
喧嘩人形は笑う、凶悪的な笑みを浮かべる。
良心的青年も笑う、冷淡な笑みを浮かべる。
―――今更後悔しても遅いのだと思い知ればいい。
――――そして彼等は、目の前に建物に乗り込んだ。
大切で大事な彼の為に。
諸悪の根源を、粛清させよう。
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…え?
どうしよう、来神組が臨也好きすぎてヤンデレ化してる…っ!!←
ドタチーン!唯一の良心がヤンデレ化したら来神組は終わりだよ!帰ってきて!!
そしてまた三部作…。
短編って難しいorz