「…ドタチン、携帯鳴ってるよー」

「狩沢、ドタチンって呼ぶなって何回言えば…」

「いいじゃんいいじゃん。それより携帯、いいの?」

「……はぁ」



ワゴン車内ではいつものメンバーが各々好き勝手にしていた時だった。彼―――ドタチンこと門田京平の携帯が音を奏で、機体を震わせ始めた。
京平は狩沢に軽い咎めの言葉を吐きつつ、自身の携帯を開く。そして画面に映し出された名前に僅かに眉を寄せ、不思議そうに首を傾げる。

それに目敏く気付いたワゴン内のメンバーはどうしたのか、と尋ね。



「いや……珍しい奴からの着信だな、と」

「へぇ。誰ッスか?」

「岸谷新羅っつって、まぁ同級生だ。滅多に連絡もねぇから」

「ドタチンの同級生ってことは、シズちゃんとイザイザとも同級生ってことだよね?」

「何かあったんじゃねーの?平和島か折原に」

「!」

「「「(あ、目の色が変わった)」」」



笑いながら言う渡草の冗談に京平は瞳孔を開き、急いで携帯の受信ボタンを押す。その一連の動作の素早さに他三人は関心しながらも、普段ではあまり見られない彼の動揺ぶりに苦笑せざるおえなかった。
いつもは頼りになる面倒見の良さと、良心的な性格を兼ね備えている彼だけど、ある人物のことになると忽ち豹変するのだ。それが渡草が冗談で口にした名前の一人、折原だった。彼等が高校の同級であることは随分昔から知っていたが、自分達の頼もしい門田さんが高校時代より折原に随分御執心な事実を知ったのはつい先日。

渡草は冗談で言った事実であったが、京平にとって冗談ではない。しかも連絡してきた人物は滅多なことでは連絡のこない岸谷新羅という彼と共通の友人なのだ。悪い予感しかしない。



『――――やぁ、門田君。急に連絡してごめんね』

「臨也に何かあったのか?」

『………驚天動地とはこのことだね。君はエスパーか何かなのかな?』

「!おいっ、臨也がどうした!?」

『落ち着いて…と言いたいところだけど、私も実は右往左往していてね、君のことを諭す余裕がない。だからとりあえず私の話を全て聞いてほしい』



いつになる真剣で焦燥すら混じる声色の新羅に、京平は只事ではないと悟りギリリと奥歯を噛み締める。電話の内容は聞こえなくともいつになく冷静さに欠いた京平の表情と、先程の彼の言動により電話の内容は大体察することが出来る。

渡草の冗談が現実だった、それだけだ。しかし“それだけ”と片付けてしまうにはあまりにも重い事態だ。
いつの間にかワゴン車内に不穏な空気が流れ、時折相槌を打ったり驚愕や憤慨した様子の京平を見る。そして数分後、「分かった」と了承の意を示した彼が通話を終え、珍しく焦ったように舌を打つ。

ここまでの流れを目の当たりして気にならないわけがなく、三人を代表し、狩沢がどうしたのだと尋ねれば、京平は何の反応もしない携帯をギリッと握りしめながら重い口を開いた。



「―――…臨也が、」



――――臨也が拉致られた、らしい。


その事実は、良心である門田京平を怒らせるには十分の内容だとワゴン車内にいた三人は納得したように頷いた。











「…あ?」

『どうした、静雄?』

「いや…携帯が…」



一方その頃、池袋にある公園のベンチに座って友人であるセルティと談笑の途中、静雄はポケットから伝わる振動に眉を寄せ、それを取り出した。
セルティとの話の腰を折られ、少しばかり苛立ちを感じつつも静雄は未だに振動し続けるそれを開き、表示された名前に更に眉を顰める。その名前は同級生であり、隣に座る友人の恋人のものだ。

静雄は小さく「新羅から電話だ」とセルティに伝え、二人一緒に首を傾げた。



『新羅から…?』

「どうせお前が帰って来ないとか、お前の惚気とか。そんなんじゃねぇの?」

『!アイツいつも静雄にそんなことで電話してるのか!?』

「いつもってわけじゃねけど……まぁアイツからの電話の大半はお前だよ」



事実を伝えればセルティは恥ずかしそうに体を震わせ、PDAで『本当に新羅がすまない』と文字でも分かるほど彼女が心底申し訳なく思っているのが分かる。別にセルティが謝ることではない、と一応言ってみるもののやはり他人の惚気を延々と聞かされるのは嫌気がさすので、これを気に彼女から直接注意してほしいものだと静雄は思う。

そんなこと考えている間もずっと振動し続ける携帯に流石に出ないとまずいか、と意識をそちらに移し、新羅からの着信を受けて一分少々、漸く静雄は携帯のボタンを押した。



「手前な…しつけぇんだよ。どんだけ鳴らし続けてんだ」

『開口から随分だね、静雄。何で僕はいきなりキレられなきゃいけないのかな』

「それは手前がいっつも私情で長ったらしい話するからだろ。今日はセルティが隣いるからそんなに惚気てぇなら本人に代わってやるよ」

『セルティもいるの?なら都合がいい。静雄、悪いんだけど携帯をスピーカーにしてほしいんだ。……どうせならセルティにも聞いてほしい』

「…あ?セルティにも?」



いつもと違う新羅の口ぶりと雰囲気に、静雄は漸くここで惚気話ではない気付く。静雄の異変に気付いたセルティも電話向こうにいる新羅が私情で電話してきたのではないと察して、PDAに『どうした?』と打ち込んで静雄の目前に差し出す。



「新羅がセルティにも聞いてほしいってよ。理由は分かんねぇけど…」



とりあえずスピーカーにするわ、と静雄は続け、耳元から携帯を離してスピーカーモードにする。
携帯の向こうからの新羅の声がセルティにも聞こえていると判断した静雄は、素っ気ない声色で「した」と簡潔に一言で返す。それに新羅は随分と静かな声で静雄とセルティの名前を紡ぐものだから、何か嫌な予感が静雄の脳裏を過ぎる。

最初のやり取りで最早新羅がただの惚気話をするために電話してきたのではないとは分かるが、それ以外はまったく分からないままだ。新羅のこんな声を聞くのはもしかして初めてかもしれない。それが静雄に更なる不安感を与える。



『本当はセルティには関わらせたくないのが本音だけど、時は一刻を争う。セルティには静雄をある場所に連れて行ってほしい』 

「はぁ?ある場所って何処だ。つか、何で俺がわざわざ行かねぇと―――」

『臨也が拉致され、監禁されてる可能性がある』

「!」



臨也、という名前が出た瞬間、静雄の体は大きく反応する。
臨也、臨也。脳内で繰り返し呟き、その人物が己の対立者の名前だと判断する。そして次に静雄の脳が引っ掛かった言葉は拉致と監禁という文字。臨也が、拉致され監禁された。電話の向こうで新羅は確かにそう紡いだ。飽く迄も可能性と提示された言葉だけれど、静雄にとってそんなことは重要視するものではない。

あの臨也が、自分の宿敵が喧嘩相手が―――自分が、好意を寄せる、人間が。拉致監禁されたのだと言う。



「…どういうことだ」

『先刻、臨也の秘書から電話があった。仕事先に行ったっきり一週間も帰ってこない、連絡もないとのことらしい。そして臨也が言った仕事先と言うのが表向きは政治家でも、裏では自分好みの容姿を持つ人間を収集するという悪逆無道な趣向の持ち主。…ここまで言えば分かるでしょう?臨也がどういった理由で単身でそこに行ったのは分からないけど、高い確率で臨也はそこで捕らわれている』



新羅の言葉一つ一つを理解する度に静雄の中で言いようのない激怒が渦巻く。握っていた携帯がメキッと悲鳴を上げるがそれを気にしている余裕なんてない。頭一杯を支配するのは臨也を捕らえたという悪趣味な人間への怒り。

そんな人徳に背いた行いを裏でしていることにも気分が悪いが、その被害に臨也が遭ったことが一番気分が悪い。自分以外の人間が臨也をどうこうするというのが許せない。
臨也は自分のモノではないが、それでも許せない。これは完全なエゴイズムだと静雄自身も十分理解している。それを踏まえた上で、静雄は激怒し憤怒する。臨也に手を出した時点で静雄の理性など皆無に等しい。



『場所はセルティ、君のPDAに送信する。だからお願い、静雄をそこまで連れて行ってほしい。門田君もいるからセルティは危険なことをしなくても大丈夫。きっと君達だけで片がつく』

「…セルティ、それでもいいか?」

『ああ、任せろ。いくら臨也であっても、見過ごせない事態だからな』

『―――あ、それとね静雄』









『思いっきりやってくれればいいよ。門田君も、僕も、今回のことは相当キてるから』



誰にも咎めさせやしない、後始末は僕に任せて。

そう言った新羅は至極愉快そうだが、長い付き合いである静雄とセルティには分かっている。新羅が本当に怒っているのだと。そしてもう一人の同級生も同じ、今回ばかりは良心だとか善心だとかそんなことを言っている事態ではない。

斯く言う二人も、そんな新羅や京平のことを言えれる立場ではないのだ。



「――――当たり前だ」



ニヤリ、と口角を吊り上げた池袋最強の手にはバラバラに粉砕した携帯の残骸があった。


池袋の空気が揺れる。
三人の怒気により、池袋が、揺れる。

セルティには、そう感じられた。





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マジキレ来神組。
い、臨也が出てこない…だと!?どうしてこうなった!!


後半で静臨に収めます…!



 
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