人間誰しも、やらなければならないって時が一度はあるはずだ。どんなに平和で静かな日常を望んでいても、その意思に反して自ら意識した上で一つ大きなことをしなければならない状況ってものがある。


そして俺、平和島静雄のやらなければならない時というのが今だ。
ああそうだ、俺はここでやらなきゃならねぇんだよ。



「あらぁ、そこにいる馬鹿っぽい阿呆面をしてるのはもしかしなくてもシズちゃんじゃないですかぁ。偶然ですねぇ!」

「げっ……シズちゃん」

「…………」



少し用があると言って何処かに消えたトムさんを待つ間の時間、煙草を吸って一人で休憩していた俺の耳に届いた甘ったるい間延びした不快感しかしない声に振り向いた瞬間、俺の額にビキリと青筋が入るのが自分でも分かる。

まず、俺を呼んだ不快な声の主はニタニタともニヨニヨともとれる厭らしい笑みを浮かべ、隣にいる俺の宿敵に擦り寄るように相手の腕に自分の両腕を絡めていた。対するもう一人の方は俺と視線が合ったら合ったで顔を歪め、「参ったなぁ」と疲れたように溜息を吐く。


前々から思っていたことだが、俺には随分と厳しい対応しかしねぇなこいつ。



「臨也……と、糞アマ」

「誰が糞アマですか、女の子に対してなんて口の悪さですか。ひどいですよねぇ、臨也?私、シズちゃんに何もしてないのにいっつもこんなこと言われるんですよぉ!!」

「いっつもって…シズちゃん、俺が言うのもなんだけど流石にそれは酷いと思うよ。甘楽だからまだしも、普通の女の子にそんなこと言ったら駄目だよ」

「安心しろ。俺がぶっ殺したいと思う女も糞アマだと言う女も、手前の隣にいる糞アマしかいねぇ」

「……出来ることなら甘楽相手も止めてほしいんだけどなぁ。いくら俺の双子だからって、甘楽だって女の子なわけだしさ」

「…手前、何でそんなこいつの肩ばっか持つんだよ」

「だってそりゃあ、甘楽は俺の片割れだし。それに俺のこと第一に考えてくれるし」

「………」



目を瞬かせ、さも当然だと言わんばかりに臨也はそう言う。そしてその返答を聞いて俺に自慢するかのように更に笑みを深くする甘楽は、散々俺のことを見下したような態度で見た後に「私の一番は永遠に臨也ですよぉ!」なんて告げて腕どころか臨也の腰に纏わりつく。

この糞アマ、と胸中で罵倒しながらも口に出さなかった俺を誰か褒めてくれ。いや別に口に出して、臨也からまるで甘楽を庇うような台詞を聞きたくなかったからとかそんなんじゃねぇよ、俺は確かに自重したんだ。決して、これ以上臨也の中での俺の立場を下げたくなかったとかそんなんじゃない。


そんな俺の葛藤なんて気付きもしねぇノミ蟲は、仕方ないなと苦笑して慣れた手つきで甘楽の黒髪を梳くように撫でていた。俺の存在は無視か、臨也のくせに生意気な。



「臨也君よぉ。俺が目の前にいんのに無視とはいい度胸してんじゃねぇか…」

「え゙っ!?いやいや、今日は甘楽もいるんだし勘弁してよシズちゃん。別に厄介事を引き起こそうなんて考えてないんだから」

「そぉですよぅ!今日は私の一日デートなんです!だから邪魔しないでくださぁい」

「デ、ェ、ト…だぁぁ?」

「…何でキレてるのかな、シズちゃん?一旦落ち着こうか。最近君のキレるポイントが全然掴めない」



訝しげに俺を見上げ、臨也はやれやれとばかりに息を吐く。しかしそれは俺の方だ。
どうして普段はあんなに嫌味なぐらい気付いて、それを鬱陶しいぐらい攻めて迫って追い込むくせに、どうして本当に知ってほしいことは分からないんだよこいつ。本気で馬鹿じゃねぇのかと思う。

キレるポイントが分からない?そんなもん、手前の腰に巻きついてるその糞うぜぇ手前の双子の姉に決まってんだろうが。手前の腰に張り付いてるそのブラコンの顔をよく見てみろ、俺に向かってかなりむかつく顔して笑ってるから。


そうは思っても、俺は結局その事実を臨也に伝えることをしない。いや、伝えても意味がないと分かっているからしないだけなのだ。
悔しいことに臨也の優先順位は俺よりも甘楽だ。例え俺が事実を伝えても、その瞬間に甘楽は何でもない顔して臨也には猫かぶった笑顔を振りまくに違いない。甘楽の臨也に対しての猫かぶりは完璧なのは、短い間でもそれなりに接触してきた俺は十分理解しているつもりだ。

だからこそ俺は、こいつが―――甘楽が気に入らない。



「…手前はそいつと出掛けて、楽しいのか?」

「はぁ?いきなり何?」

「いいから答えろ。答えねぇと殺す」

「横暴だよね、ほんと…。それにさ、君なら分かるだろ?俺は楽しくないことに付き合うほど暇じゃないし、物好きでもないんだよ」

「臨也…そんなに私とのデート、楽しいんですねっ」

「いや、普通」

「速答ですか!?散々持ち上げてそれは酷いですよぅっ」

「ハハッ!普通だってよ、甘楽」

「っるさいですねぇ!殺し合いしか出来ない喧嘩人形さんには言われたくないですっ!」

「じゃあ殺し合い以外のことすりゃあいい話だろ?」



トントン拍子に進む会話の弾みで無意識のうちにポロっと零れた俺の言葉に臨也と甘楽は揃って停止し、呆然とした様子で俺を見上げた。そんな二人に見上げられている俺も、ほとんど勢いのまま出てしまった自分の言葉に驚きつつも、目の前の双子よりは随分と冷静だった。

自分で言っておいてなんだが、何年もの間、喧嘩しかしてこなかった臨也とそれ以外のことをするなんて今更すぎてどうすればいいのか分からない。それはきっと、臨也だって同じだ。
俺達はお互いに嫌い合っているからこそ喧嘩して、殺し合いをしていたのだ。嫌い合っていないならこんな大人になった今も喧嘩なんてしていない。それを分かっているのに、俺の口から出たのは喧嘩や殺し合い以外のことをすればいい、という有り得ない提案だった。


けれど俺は、その有り得ない提案をしたのだ。そして呆然とする二人を目の前にし、少しだけ冷静な俺は有り得ない提案にどこか乗り気であった。
俺が、平和島静雄が、宿敵であるはずの折原臨也との関係を自らの意思と行動によって崩そうとしている。嫌い合っている者同士という前提のもと成り立っていた俺達の関係を、俺自ら変えようとしている。

誰もが一度は体験するであろう、“やらなくてはならない時”が俺にとっては今なのだ。
今やらなければ、今変えなければ、俺はきっと甘楽には勝てないし、そもそも臨也からの認識が改善されることなんてない。



「し、しずちゃん…!!どうしたの?変な物でも、食べた?自分が何を言ってるのか十分に理解したうえで発言してるの!?」

「―――ああ、分かってるぜ。十分に分かったうえでもう一回言ってやろうか、臨也?」



本当に不服だが少しだけ、この女に感謝してやってもいいかもしれない。何せ俺は漸く自分の思考を理解出来たような気がしたからだ。それに関しては礼を言ってやってもいい。実際には絶対言ってやらねぇけど、むかつくし。


しかし感謝はしても、自制はしない。甘楽ばかりが良いようになるなんて許せねぇ。

だって、俺は――――俺だって。



「殺し合い以外のこともしようぜ?なぁ、臨也君よぉ」

「えっ?……え?ほ、本気なのシズちゃん?だって俺だよ、君の大嫌いな折原臨也だよ!?」

「だから何だ?不満でもあるのかよ、臨也のくせに」

「なにその臨也のくせにって。俺にだって人権あるんだからね。…ってそうじゃなくて、不満とかそういう問題じゃないだろ?何で今更、そんな、」

「そんなこと言い出すんですかぁ?シズちゃん」

「…甘楽…」



臨也の戸惑いを隠せない声を遮ったのは、今まで無言のままだった甘楽だ。臨也の言葉を引き継ぐように俺へと疑問をぶつけてきた甘楽に、不快感からなのか眉が自然と眉間に寄ったのが分かる。
しかし甘楽は俺の機嫌なんて気にした様子もなく、まるで臨也を守るかのように一歩前に出て、その小さな背中で臨也の姿を俺から隠そうとする。自分よりも前に出たせいで臨也には今の甘楽の顔は見えない。

だからなのか。甘楽の表情にもう笑みは張り付いていない。臨也だけに見せていた優しい目はない。
嫌悪、憎悪、不快、不満、敵意、敵愾心、そんな負の感情が渦巻く濁った赤い目で俺を睨みつける。俺も俺で似たような目で甘楽を見下げつつ、口元を吊り上げた。

それが更に甘楽の癇に障ったのか、整った眉がピクリと動く。



「……臨也に近付くな。バケモノ風情のくせに」

「……手前が言えたことかよ。バケモノのくせに」

「…調子に乗らないでよ。じゃないと、本気で殺す」

「やれるもんならな。精々勝手にヤってろ、ブラコン」



小さな声量でのやり取りだったが、その声は互いの耳には届いていた。けど、甘楽の背後にいる臨也には俺達のやり取りはどうやら聞き取れなかったようだ。不審そうな顔つきで俺を一瞥し、甘楽の背中も一瞥していた。


しかしとうとう一人だけ聞こえないのが嫌になったのか、臨也が俺達の名前を呼ぶ。
それにすぐ反応を返したのは、甘楽だった。甘楽は今まで俺にぶつけていた負の感情を一切消し去り、あっという間に猫をかぶって臨也の呼び声に嬉しそうに返答する。

なぁに?と間延びした、俺には不快感しか感じられない甘ったるい声を出して臨也に縋りつく。当然のように腕へ巻きつき、臨也との顔に自身の顔を近付ける。血の繋がった双子に接するにはどう考えても近すぎる距離に俺は益々不快感が募る。
ああ、うぜぇ。うぜぇうぜぇうぜぇ。本当にうぜぇ奴だ。自分の立場を上手いように使って、それを盾に一人臨也を独占した気になっている。うぜぇ、果てしなくうぜぇ。



「…オイ、クソ甘楽」

「わっ、」

「―――近ぇんだよ、離れろ」

「ちょちょちょ、シズっ…!シズちゃんッ!?君、本気でどうしたの!?今自分が何してるのかわかって、」

「あァ?何って……手前を抱きしめてるけど、何か問題あるか?」

「逆に問題ないように思えたか!?」

「っ、そうです!大っ問っ題、です!!臨也に触らないでくーだーさーいぃー!!」

「ちょっ、甘…らぁ!?った、痛い痛いッ腕!甘楽、腕痛い!シズちゃんっ、君もその両腕外して!」



俺は臨也の体を背後から覆うように抱き、甘楽はそんな俺から引き剥がそうと臨也の腕を引っ張る。その度に俺はまた抱きしめた両腕に力を込めるのだが、そうすれば痛いと臨也が声を荒げる。

チラリ、と臨也の腕を引っ張る甘楽と視線が合う。暫らくの間、睨み合うように互いを見続け、そしてどちらとともなく臨也に触れる互いの手を見て、もう一度視線を合わせた。



「「お前が離せ」」

「両方離せっ!」



滅多に聞けない臨也の怒声が、俺達を叱責した。





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匿名様に捧げます!
続編ということでしたので、この際シズちゃんに自覚してもらいました!

…今更かよって感じですけど。



 
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