誰が一度に二人の人間を好きになってはいけないと決めた。そんな決まりはないし、そんな一般論を押し付けられても迷惑だ。

他人からどう思われてもいい。俺は決してそれがいけないことだなんて思わないし、二人のうち一人に絞り込もうなんて思わない。
好きな人間が、愛している人間が、恋している人間が、二人いて駄目なのか。俺はまったくそんなこと思わない。それに彼等もそんなこと思っていない。俺達は全員が同意したうえでこの関係を続けているのだ。



「…………」



重い瞼を抉じ開け、カーテンの隙間から差し込む光に目を細める。遠くの方では爽やかな朝らしく鳥の囀りなんて聞こえる。
ふっと感じる窮屈感に意識を次第に覚醒させる。腰と首辺りに感じる締め付けに俺は左右に視線を動かせば、そこにはよく似ている寝顔が二つあった。

―――俺の好きで、愛して、恋している、二人の人間が今日も俺を挟んで緩んだ寝顔を晒している。



「…おはよう、シズちゃん、幽君」



二人を起こさないように小さく呟き、まだ寝ている彼等の額にキスを送る。


これが俺と、彼等――――平和島兄弟との一日の始まりだ。











「臨也さん、」

「…ん……?かすか、くん?」

「はい、おはようございます。朝ご飯出来てますよ」

「ふふ…毎朝ありがとー」



結局あの後、俺は二度寝をしてしまったようだ。次に目に入ったのは幽君の無表情な顔で、彼は優しい手つきで俺の頭を撫でながら起こしてくれる。だから俺からはお礼も兼ねて、フレンチキスをする。
幽君の首に両腕を回し、ちゅっと触れる温かさに目を細めて笑う。すると無表情ながらもほんの少しだけ頬を緩める幽君は嬉しそうにしていて、今度は向こうから俺にキスをしてくれる。

どこまでも優しい幽君に、俺は朝から甘い空気に酔いしれる。通常よりも低い体温にしがみ付き、彼の肩に顔を埋めれば、やっぱり優しい手つきで俺の頭を撫でてくれる幽君。



「……何やってんだ、手前ら」

「…兄さん」

「シズちゃん、おはよー」

「………ああ」



俺達がキスして抱きついてをしていると、不意に不機嫌そうな声が唯一ある扉から聞こえる。見れば、声同様に不機嫌面をしたシズちゃんが扉付近で俺と幽君を見ていた。
けど俺は、不機嫌そうなシズちゃんに平然としながら挨拶を交わす。そうすればいくら不機嫌でも律儀にシズちゃんは返事を返してくれる。何だかんだで、シズちゃんも幽君と同じで優しいのだ。


俺は幽君の首に抱きついている腕を解き、ベッドから出る。そしてしかめっ面なシズちゃんに近付き、正面から抱きついた。
さっき幽君にもしていたように首に両腕を回して、幾分か高い位置にある唇に背伸びをして口づけた。触れた瞬間に苦味がして、僅かに眉を顰める。どうやら煙草を吸っていたようで、彼が好んで吸っている銘柄の煙草の味が口内に広がる。

しかし、嫌いじゃない。煙草自体はそこまで好きではなくても、シズちゃんが吸っているんだったら悪くないと思える。だからもう一度、俺はシズちゃんの唇に自分のそれを近づけた。



「…ん、そう怒んないでよ。これで機嫌直して、シズちゃん」

「別に怒ってねぇよ。けどあんまそっちばっかに偏ンじゃねぇ」

「そんなつもりはなかったんだけどなぁ…。ま、気をつけるよ」



そう言ってもう一度キスをすれば、シズちゃんの顔は漸くいつも通りになる。まったく可愛いこと言ってくれるよねぇ。要するにさ、自分だけ構われなくて嫉妬しちゃってるんだもん。本当に可愛い。
可愛いと言えば幽君も十分可愛いけど。シズちゃんみたいに口に出すことはしないけど、やっぱりシズちゃん同様に構われないことは嫌なのか、いつの間にか俺の後ろに立ってて腰に腕を回している。一瞥した彼の表情は相変わらずの無ではあったけど、どこか不満そうであった。

本当にこの兄弟は可愛いなぁ、とべたべたに甘やかされている俺はそんなことを考えつつ、暫しの間は彼等の好きなようにされるがままとなっていた。


因みに、幽君の用意してくれた朝食は美味しかった。











日中は基本、彼等は仕事に出かけて、俺は一人お留守番。
以前は俺も仕事をしていたんだけど、彼等が口をそろえて「なるべく家から出るな」と言うもんだから今では一日の大半を此処で過ごしている。まぁ俺の仕事は真っ当な表向きな仕事ではないので、彼等が止める理由も分かるから素直に家で過ごしてるんだけど。


その間、俺はまるで専業主婦のように家事をする。
本当はそれもしなくてもいいんだと言われたけど、それだとあまりにも不公平だ。彼等は俺を好いてくれるからこうして養ってくれるんだろうけど、それだと俺だって同じ。彼等が好きだから俺は与えられるだけなのは嫌なのだ。だからせめてこれだけはしている。

尤も、本当にこれだけしかしていないから平等とはいえないかもだけど。



「……あ、メール」



目の端で光る携帯のランプに、俺はすぐさまそれに飛び付く。この携帯は彼等専用のものだから、連絡があるとすればシズちゃんか幽君のどちらかしかない。だから俺は何をしていてもこの携帯が着信、又は受信を知らせるならば一旦行動を中断し、携帯を開く。

どうやら今回はシズちゃんからのメールなのようだ。



“臨也が好きだって言ってた店で新しいプリンが出てた。いるか?”



改行も絵文字もない質素なメール文だけど、内容は甚く可愛らしい。プリンいるかって聞いてくるシズちゃんに俺は頬を緩ませる。
俺が何気なしに言った呟きをシズちゃんはちゃんと覚えてくれている。それが堪らなく嬉しかった。それだけ俺は彼に愛されているのだと実感できる。

俺は画面の素っ気ない文面をもう一度読み返し、肯定文を打って返信する。するとすぐさま返ってきたメールは「分かった」というたった一言。でもそれがシズちゃんらしくて思わず笑えた。


――――と、同時だった。



「…?今度は幽君?」



再び受信を知らせる携帯。今度は幽君だった。
確か今日はドラマの撮影で忙しいはずなのに合間をぬってこうしてまめにメールしてくれるなんて、本当に優しい。

というか同じタイミングでメールしてくるとは、兄弟ってすごいね。何かしら感じ取ってるんだろうか、と思考しつつも幽君からのメールを開く。



“臨也さんが好きな店の新商品が出てましたけど、買って帰りましょうか?”



ちなみに新商品って何?と返せば、数分後にはまた受信。差出人は幽君、本文はプリンです、という。


俺はどうやら本当に彼等兄弟に愛されているようだ。それがついつい嬉しくて、幽君のメールにもシズちゃんのときと同じ肯定文で返信しておく。
今日のデザートはプリン。それも沢山。でも甘い物が好きなシズちゃんと幽君なら沢山あっても大丈夫だろう。二人がどれだけ買ってくるかは不明だけど、困ることはないだろう。

――――生憎、俺は甘い物ってそこまで好きじゃないから一個で限界なんだけどね。



「(…ま、そんなこと二人には言えないけど)」



本当はその店が好きなのって君達だろう、とも言わない。


だってそれを言ったらきっと二人は途端に甘い物を買わなくなるし、そうすると必然的にその店にも行くことがなくなるだろう。俺はそこまで彼等二人を縛りつけたいわけじゃないから、言わない。
彼等が俺に喜んでもらいたくてプリンを買ってくるのと同じさ。俺も彼等に喜んでもらいたいからプリンを買ってもらう。まったくややこしいことこの上ないけど、それで上手くいっているんだからいい。

絶対に俺を第一優先にする彼等の愛を逆手に取った、俺の彼等の喜ばせ方。

そして俺が出来得る一番の喜ばせ方は、彼等が俺の為に何かをしてくれてたときにしか発動しない。どっちかが、或いは今回のように二人同時に俺の為に何かをしてくれたとき、俺はその為の“お礼”をする。
別に話し合って決めたことではない、この生活をするうえでの暗黙のルール。やっぱり二人同時に愛し、愛される生活を上手くするにはそれなりの規則がいる。彼等が俺を上手く共有するにはための最低限の規則は、どうしても必要なのだ。


そのための、これ。
そのための、優先順位。

俺がシズちゃんと幽君に出来得ること。



「…―――さて、二人へのお礼の為にちょっと寝ておこーっと!」



なんで寝るのかって?
そんなこと決まってる。

好きで、恋して、愛し合っている人間が同棲しているんだから、当然蓄積される人間の三代欲の一つがある。それが俺が出来得る、最大で最高の“お礼”。



「ふふっ……シズちゃんと幽君、早く帰ってこないかなぁ」



きっと両方の手には同じ店の、同じプリンがあることだろう。
そして俺はそんな二人に向かって笑顔でお礼を言って、その次に「大好き」とも「愛している」とも何度だって言ってあげよう。

俺は、俺のことを大事にしてくれる君達が大好きで愛しいんだと、キスして抱きついてやろう。そうすれば彼等二人の顔は綻んでくれるんだろう。



「…本当に可愛いよねぇ」



やっぱり、与えられるばかりは不公平。
与え、与えられの関係が素敵だと…そう思うだろう?


俺はそんな素敵な関係でいられる愛しい兄弟の帰りを待ち侘びながら、彼等との愛の情交に備えるために、そっと瞼を閉じた。





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はゆ様に捧げます!
…兄弟の出現率が薄くて申し訳ないです;;

臨也が悪女でビッチみたいだ…!



 
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