シズちゃんが押し掛けてきて、彼に子守り一緒にしようと提案して数十分。

たかが数十分、されど数十分。
その数十分の間で既に彼の苛立ちが極限状態です。



「のぞみちゃん、のぞみちゃん」

「んー?どうかした?」

「抱っこしてほしい!」

「もーしょうがないなぁ」

「…………」

「(あ、めちゃくちゃ我慢してる)」



可愛らしい劉灯くんのお願いを引き受け、その小さな体を持ち上げたのと同時にそれとなくシズちゃんの方に視線を這わす。すると彼も私達の方を見ていたようでバッチリと視線が重なる。
その表情は隠そうともしない苛立ちが目に見えて分かり、鋭い眼力で私を射抜く。けれど相手が子供だということもあってか我慢に我慢を重ね、その不満や苛立ちを声に出していうことはしなかった。

その身代わりとして、ソファからはブツブチという嫌な音がするけど、まぁ致し方ない。


―――原因は分かっている。

私があまりにも劉灯くんに構うからだ。それにシズちゃんは珍しく午前中で仕事が終わったから、こうやってわざわざ来てくれてるんだ。確かにシズちゃんには悪いことをしているという自覚はある。
でも、かといって劉灯くんを放っておくなんてことは出来ない。不本意に引き受けた仕事であるとはいえ、この小さい子供には何の罪はないのだから邪見になんて扱えない。


なら私がとる方法は一つだった。



「…ねぇ、劉灯くん。お腹空かない?」

「んー…ちょっと空いた、かも」

「なら劉灯くんが食べたい物作ってあげるよ。何食べたい?」

「オムライス!」

「いいよ。すぐに作ってあげるからね」



勢いよく彼が口にしたのは、お子様の定番メニューのオムライス。どうやらオムライスは好物らしく、とても嬉しそうにはしゃぐものだからついつい頬を緩める。

しかし私はすぐに顔を元に戻し、相変わらず不機嫌面のままの彼を見据えて劉灯くんを抱いたまま近付く。ずっと私達の方を見ていた彼は、突然歩み寄ってきた私に少しだけ驚いたのか目を瞬かせ、そして低い声で「何だよ」と呟く。
その声がまるで拗ねているように聞こえるもんだから、思わず小さく笑みがこぼれる。



「シズちゃん、私、今からご飯の準備するから」

「…聞いてた」

「そう、なら話は早いや。だからね、劉灯くんのことよろしくね」

「はっ?」

「ということで劉灯くん、暫くはこの人に遊んでもらってねぇ」

「オイちょっと待て、臨美!」



焦ったように私を呼ぶシズちゃんを無視し、腕の中にいる劉灯くんを見下げる。彼は不安そうに私を見上げ、未だ困惑の色を隠しきれてないシズちゃんを一瞥し、また視線をこちらに戻す。
そう言えばシズちゃんと劉灯くんは一言も言葉を交わしていないということに気付き、彼が何に不安なのか察する。要は、知らない金髪のグラサンバーテン男を彼は恐がっているのだろう。まぁ、確かに子供受けする人相ではないことは認めるけど。

でも、こうずっと私にべったりだと持たない。誰がって?勿論、シズちゃんの堪忍袋が。



「大丈夫だよ。このお兄ちゃん、見た目こんなんでも優しいから」

「っ、」

「…ちょっと、君は何でここで赤面するかな」

「っるせぇ…!つか、手前本気で俺が面倒見れると思ってんのか?」

「思ってるから言ってるんだよ。だからシズちゃんも拗ねてないで、しゃんとして。劉灯くんも大丈夫だからね?」

「…こわくない?」

「うん、恐くないこわくなーい。というわけでシズちゃん、両手出して」

「……?」

「はい、バトンタッチ」

「!」



言われるがまま素直に両手を差し出すシズちゃんのそこに、劉灯くんの体を預ける。途端、目をかっと見開いて更に困惑するシズちゃんに口パクで「がんばれ」と伝え、私は彼等から背を翻す。
後方ではやっぱりまだどうすればいいのか分かっていないシズちゃんが私の名前を呼んでるけど、無視。臨美さんは今から三人分のオムライスを作るから大変なのです、だから慌てふためくシズちゃんが見れないのは残念だけど、後ろは振り向きません。



「(さて、どうなるかなぁ)」



予測不能な小さな子供ヴァーサス池袋最強なんて、中々面白い対決だなと心中で笑いながら、手はしっかりとオムライスを作る準備を整えていた。











「…おにいさん、名前なんていうの?」

「……平和島、静雄…」

「へいわじまさん?」

「…静雄でいい。さんも、要らねぇ」

「じゃ、しずお!ぼくは劉灯でいいよっ」

「ああ、劉灯な」



どうすりゃいいんだ?
何だかんだで劉灯が主導権握って色々喋ってはくれるが、俺は未だ自分がどうすればいいのか全然分かっていなかった。大体、こんな突然子供の面倒を押し付けられてもそんな経験のない俺には分からないことだらけだ。

劉灯は楽しそうに笑っているが、俺は多分無愛想なままだろう。自分でも自覚している。
それでも何が楽しいのかにこにこ笑いっぱなしの劉灯は突然、ずいっと俺に顔を近づけて視線を合わせてくるもんだから驚く。そしてゆっくりと動く口の動きを見て、何を言うんだと身構えた、その瞬間。



「しずおは、のぞみちゃんの旦那さん?」

「ぐほッ」



盛大に吐いた。
思わぬ発言に我慢なんざ出来なかった。



「ちょっ、いや、違ッ!まだ違ぇ!!」

「じゃあいつか結婚するの?」

「あァ!?」



不覚、失言。
まだ違うってどういうことだ、俺。いかにも将来を考えてますみたいな口ぶりじゃねぇか。しかも子供にそれを悟られるとは…。つか、このガキも誘導するように言葉をぽんぽん出してくるから恐ろしい。まるで臨美みたいだ。何となく、臨美に懐いている理由が分かった気がする。

しかし、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
とりあえず落ち着け、平常心だ。別に気に留めるようなことじゃない。そうだ、話題を変えろ。臨美から一旦、この子共の意識を外してしまおう。俺と臨美の関係は劉灯に言っても仕方のないことだから。



「のぞみちゃんって、美人だね」

「はァ!?」

「あと、すっごい優しい」



話題変更、不能。
つか、俺が何か言う前に臨美の話題を出された。

しかも美人?優しい?
美人は認めてやらねぇこともないが、断じてアイツは優しくなんかない。性格は最悪だ、とんでもなく最悪だ。それは高校から色々仕掛けられてきた俺が言うんだから間違いない、アイツは性悪女だ。


それなのに俺は臨美と付き合っていて、今ではこんな子供に嫉妬するほどの強い独占欲を抱いている。
だから、なのか。キッチンを軽い足取りで動き回る臨美を見て、俺の心はじわりじわりと温かい何かで満たされる気がした。ちらりと見下ろした劉灯もとても嬉しそうな顔して臨美を見ていた。

俺と劉灯では抱く感情は違うんだろうが、それでも臨美を見ている目は同じなんだろうと、何となくそう思った。



「……なぁ、劉灯」

「?なぁに?」

「――――アイツの飯、すっげぇ美味いから楽しみにしとけ」



ぽんぽんと触れた頭は俺の手だったら掴めそうなぐらい小さかった。指通りのいい黒髪は臨美を連想させ、無意識のうちに頬も緩む。

俺に頭を撫でられている劉灯は一瞬ぽかんと呆けたかと思えば、次の瞬間にはこの数十分で見たどんな笑顔よりも嬉しそうな笑みを浮かべ、元気よく「うん!」と頷いた。


キッチンの方から臨美の声がかかるのはその数分後。
美味しそうなオムライスを用意した臨美は手際よくそれをテーブルに並べながら、ちらりと俺達を見たから思えば、ニヤリと口角を吊り上げた。



「まるでお父さんみたいで似合ってるよ、シズちゃん」

「……ばーか」



―――手前も似合ってる、なんて。


今は言わない。





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多分、次…!
次本番イって(爆)終わると思います、多分!!!←

ちなみにシズちゃんが赤面したのは「お兄ちゃん」と呼ばれたからでs(黙)



 
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