原因は何だったか、と二週間前のことを思い出してみるものの全く答えが見つからない。あの時は確かにそれで怒っていたはずなのに、俺は既に覚えてなんていなかった。
それは下らないことだった気がするし、重大なことだった気がする。しかし原因が何にせよ俺とアイツが喧嘩した事実は同じ。気が付いたらあれから二週間も経っていた。


最後に見たアイツは、怒って、泣いていた。
自尊心の高いアイツが泣いていたのだ。冷静になった今ならば分かる。俺は多分……いや、確実にアイツを傷付けたんだろう。

そんな俺に会いたくないのか、アイツは池袋に来なくなった。池袋にアイツが来ないということは直結して、俺とアイツが会っていないことに繋がる。
二週間も、俺はアイツと会っていない。それが何でもない人間ならば俺はなんとも思わないだろうが、アイツだけは駄目だ。会いたいとか女々しいことを思い浮かべて、でも会いに行ったところでどうするんだと変に慎重な俺が自制をかける。結果、どうすることも出来ずダラダラと二週間。


それが更に苛々を募らせるのだから悪循環だ。



「チッ……何やってんだ、俺は…」



本当は守ってやりたいと思ってる奴を泣かせて、本当は傍にいたいと思ってる奴の傍にいないで。どうすることも出来ず、こうして苛立ちを募らせるばかりの毎日。
余計なことを考えずにアイツのところに行って、原因は忘れたけどとりあえず謝って、そんであの細い身体を壊さない程度に強く抱きしめることが出来たらどんなにいいだろうか。また傷つけるかもしれないと臆病風に吹かれて、結局行動に移せない自分を殴り飛ばしたい。

会いたい会いたい、でも会えない。
アイツに関しては驚くぐらい慎重になりすぎる自分に呆れた。


馬鹿だ、と二週間前のアイツに言われた気がする。まさにその通りだと自身で納得した。
俺は自分の行動一つ分かることが出来ない、臆病な馬鹿野郎だ。



「あ゙ァー、くそっ…イライラする」



煙草を吸っても解消されない焦燥はきっと、アイツにしか、消せれない。











「(…どうしよう、まだシズちゃん怒ってる…)」



久しぶりに見た彼は遠目でも分かるほど殺気立っていた。その形相は鬼のように強張って、擦れ違う人々は一瞬で顔を青褪め、彼の行く道を邪魔しないように端に寄る。確かに今の彼は恐いだろう。一般市民の彼らには彼の濃すぎる怒りと殺気に怯むのは無理ないだろう。
斯く言う俺も、今の彼には近づけない。そりゃ高校の時から彼の凄まじい殺気を一身に浴びてはいたけど昔と今とでは状況が違う。あの頃は本気で嫌いだったからいくらでも殺気をぶつけられても平気だった。しかし今は何を違えたか、俺はあろうことかそんな彼を好きになってしまった。

そして現在、彼とは恋人同士になった。告白したのは俺、それに了承したのは彼。俺達は晴れて長年のいがみ合いの末、愛を育む関係になってしまったわけだ。
嬉しかった。純粋に、嬉しいと感じてしまった。俺はそれだけ彼が好きで仕方がないのだと認めている。だからこそ今の彼には近づけなかった。

誰だって好きな人に嫌われたくないだろう?少なくとも俺はそうだ、彼に嫌われたくない。
けど、二週間ぶりに見た彼の背中は怒りを背負ったまま。原因は俺。彼をそうさせているのは俺。だから会いたくても会えない。彼に、拒絶されるのを恐れているから。



「…やっぱ、無理」



彼に拒絶されるという最悪なビジョンが脳裏を過ぎる。瞬間、言葉に出来ないほどの恐怖が俺を襲う。
どうしようどうしよう、嫌われたらどうしよう、拒絶されたらどうしよう。好きで仕方ない彼に、前のように殺意を向けられたらどうしよう。
そう言えば俺の告白に頷いてくれたけど、彼は本当に俺のこと好きなんだろうか。そうやって今まで気にしていなかった事実に疑問を抱き、どんどん俺の思考は悪い方向へと落ちていく。

本当に彼は、俺のこと好きだった?もしかして暇潰し程度にしか思ってないかもしれない。愛に飢えている人だったから、愛してると告げた俺に縋っただけなのかもしれない。
ああ、本当にどうしよう。考えすぎて、苦しくて、死ねる。



「……あいたい、」



けど、会えない。恐くて会えない。


ねぇ。

君は本当に俺のこと、好きなのかな?











彼を見かけたのは偶々だ。

池袋ではあまりにも有名すぎる彼は、公園のベンチに座って空を見上げていた。その様子からはいつもの覇気はまるで感じず、私は少しだけ驚いてしまった。
最強とまで謳われた男の姿があまりにも弱々しく見えたのだ。



『随分と元気ないな?どうかしたか?』

「…ああ、セルティか」

『…本当にどうしたんだ、静雄』



PDAを差し出せば、やはり覇気のない返事が返ってくる。思わず心配になって彼の隣に座れば、彼は自嘲するように無理矢理笑みを浮かべて、息を吐き捨てた。
この男がこんな風にあからさまに弱っているなんてことは滅多にない。私の知っている彼はもっと強くて、勇ましい。少なくとも自嘲を含んだ痛々しい笑みを浮かべるような男ではないことは確かだ。彼はとても強い、それは私が保証する。

しかし、一人だけ。
強くて勇ましい彼の精神を揺さぶる人物が、一人いたことを思い出す。



『もしかして、臨也か?』

「!」

『…その反応は肯定ととってもよさそうだな』



思った通りの反応が返ってきて、私は納得する。

確かに彼はとても強い。けれどある一人の人間のことに関すると、まるで真逆。悩んで悩んで、どんどん深みへと嵌まっていく。自分の思考に雁字搦めに捕らわれた結果、上手く身動きが取れなくなってしまう。
彼からは以前より色々話を聞いていた。出会った当初は本当に嫌いだったということ、けどいつの間にかそれが好きになり、愛しいと思うようになったこと。そしてある日、アイツから告白を受けて晴れて恋人同士になることになったのだと、彼は幸せそうに報告してくれた。

それだけで彼が、その恋人のことをどれほど好いているのか十分に察することが出来る。あの池袋最強が恋人のことを語る時だけは優しく、そして幸せそうに顔を緩めるのだ。私は、そんな彼の顔が好きだった。
だからこそ、こうして弱っている彼の姿を見るのは胸が痛んだ。どれだけ彼がアイツのことを想っているのか私は知っているから、自分のことのように切なくなった。



『静雄は、本当に臨也のことが好きなんだな』

「……ああ。自分でもどうしようもねぇってぐらい、アイツが好きだ」

『だったらその気持ちを全部、臨也に伝えればいいんじゃないのか?』

「けど俺は…アイツを泣かせちまったんだよ。本当は誰よりも泣かせたくない相手を、喧嘩したとはいえ、泣かせたんだ……」



その言葉で大体の状況は分かった。つまり彼と喧嘩して泣かせてしまったから、その申し訳ないという後ろめたさで悩んでいるのだろう。本当は守りたいと、泣かせたくないと思っている分、原因は何であれ泣かせてしまったことが彼にとってはひどい罪悪を感じることになっているのだろう。

ベタ惚れなんだな、とPDAに打ち込めば「新羅がお前に向ける感情に負けねぇぐらい、俺はアイツをそれだけ想ってる」と返ってきて、相当だな、と打ち込む。
自分のことだけど、新羅は私のことを想っていくれているという確かな自信があった。それに負けないぐらい彼はアイツのことを想っていると言うのだから、本当に言葉通り“ベタ惚れ”なのだろうなと思いつつ、胸中で笑う。


ならば私は、たった一人の人間を一途に想い続けている大切な友人の為にやれることはしてあげよう。
もう一度彼の幸せな顔が見たいのだ。出来ることならば、こんなにも深く愛されているという事実に気付いたアイツと一緒に笑っていればいいと、私は願望にも似た未来を思い描きながら、彼に告げた。



――――その愛しい恋人が昨日、お前の背中を泣きそうな顔で見てたぞ。

そう告げた途端、友人は目を見開く。そして慌てたように立ち上がり、私へ軽い礼の言葉を述べたかと思えば全速力で公園から走り去って行った。
きっと向かう先は彼のところだろう。あとは全て友人次第、私が出来る唯一のことは終わった。だから後は祈ることにしよう。


彼と彼の幸せを、心から。





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つ、続きます…!
長々うだうだすみません!!

簡潔にまとまらない…!



 

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