「あ、おかえり」

「…………」



自宅への扉を開けて数秒、俺はまた扉を閉めた。

いや、俺のしたことは仕方ないことだ。というかアレはなんだ。どういうことだ、何故だ、何でノミ蟲が平然と俺の家にいる。待て俺、そもそも何で自宅へ帰ってきたのにその家主である俺が部屋にはいることを躊躇う必要がある。

そんなことを俺が扉の前で悶々と考え込んでいると扉が突然開き、その隙間からひょこりと臨也が顔を覗かせた。



「ちょっとシズちゃん?何でドア閉めるんだよ。ていうか入らないの?」

「お、おう」

「?変なの。いいから早くおいでよ、ご飯冷めちゃうから」

「は?ご飯?」

「え、何?もしかして外で食べてきてた?」

「いや…食ってねぇけど…」

「だよね。もし食べて来てたら殺してた」



あはは、と無邪気に笑う臨也の目は決して笑っていない。もしも俺が此処で食べて来たと言ったら絶対コイツ俺に向かってナイフを突き付ける気だ、それだけ臨也の目には殺気が籠もっていた。食べてこなくて良かったと思った。

……って、そうじゃねぇだろ俺!



「何で手前が俺の家にいんだよ!?つか、飯って何だ!?そしてどうやって俺の家に入った!?あァ!?俺は何処から何処まで突っ込めばいい!?とりあえず一から十まで説明しやがれ!」



一息で全部ではないがとりあえず知りたいことを一通り纏めて言いきってやった。普段はあまりこうして一気に言葉を続けることがないから少しだけ息が苦しい。ハァと大きく息を吐き捨て、何とか呼吸を整えようと努める。
すると目の前のノミ蟲野郎はそんな俺を見て目を数回瞬かせただけで大した反応を返してこない。それどころか必死な俺を至極不思議そうに見上げ、首を傾げる。



「何言ってるのシズちゃん、大丈夫?仕事中に頭でも打った?何だったら今から新羅のところ行って診てもらおうか?」

「…俺は至って普通だし頭も打ってねぇ。寧ろ手前が大丈夫か、ついにトチ狂ったかよ。新羅に診てもらうべきは手前の方だろうが。つか。俺の質問に答えろ答えねぇと殺す」

「いやいや、どう考えても診てもらうべきはシズちゃんだと思うよ。だって俺が此処にいるのなんて当然だろ?一緒に住んでるんだから」

「………何だと?」

「だーかーらー!俺とシズちゃん、此処でもう半年前から一緒に暮らしてるでしょ?ていうか俺の記憶が正しければ、俺に有無を言わせず勝手に一緒に暮らすよう手を回したのはシズちゃんの方だと思うけど。それを忘れちゃったの?」



ねぇ、本当に大丈夫?と困ったように眉を下げ、心配そうに俺を見上げる臨也はとても嘘を吐いているようには思えなかった。それどころか臨也の話を聞いて何故か俺の方が、そう言えばそうだったな、とか先程と正反対な方に傾きかけている。

俺と臨也が一緒に暮らしてるという事実は受け入れがたい何かの冗談のような話だが、俺は心のどこかでその受け入れがたい冗談のような話を肯定している。そうだ、俺が確かに臨也からの拒否の言葉を全て跳ねのけて今の状況を作り出したのだと。俺はそれを肯定している。



「シズちゃん…?やっぱり新羅のところ、」

「だ、いじょうぶ、だ……うん、大丈夫だ。何か多分寝ぼけてたんだな俺、きっとそうだ」

「眠いならもう寝る?」

「いや、それだと料理が無駄になるだろ?食うよ」

「そんなこと気にしなくていいのに…。一緒に暮らしてるんだから何時でも食べれるでしょ」

「馬鹿か。手前が俺の為に作ってくれたモンを俺が無駄に出来るわけねぇだろ?毎日食べれるとか、そういう問題じゃねぇんだよ」

「…っ、シズちゃん、それって無意識なの?反則だって……」



頬をほのかに赤く染め、俺から視線を逸らして呟く臨也を可愛いと思った俺は相当だ。
何がどうなって俺が臨也に一緒に暮らそうと言いだしたのかはさっぱり思い出せねぇけど、俺はこいつとの生活に幸せを感じている。俺の言葉一つでこうも表情を変えるコイツが可愛くて愛しくて仕方ない。

どうしてさっきまでの俺は臨也が此処にいることを否定していたのだろうか。コイツが此処にいることは至極当たり前のことだというのに、コイツが此処にいることが俺の幸せだというのに。
本当にどうかしていた、さっきまでの俺は。



「臨也、」

「ん?」

「……すきだ」

「ふふっ…俺も、シズちゃんのことだーいすき!」



そう言って嬉しそうに笑う臨也を、俺は衝動的に抱きしめた。



















「――――…と言う夢を見た」

「へぇ、それはとても気持ちの悪い悪夢だね。……それでシズちゃん、聞きたいんだけど」

「何だ?」

「君はその悪夢を俺に聞かせる為に、わざわざ新宿に来て俺の家の扉を破壊したのかな?」



ヒクリ、と臨也の頬が攣り上がった。顔は笑顔を繕おうとしているが、その目は夢の中で見たように殺意が籠もっている。どうやら怒っているようで、ここで俺が下手なことを言えば容赦なくナイフが飛んでくるんだろう。尤も俺にはナイフなんざ利かねぇけど。

俺は銜えていた煙草を口から離し、紫煙を吐き出す。



「違ぇよ」

「なら何?もしかして、そんな夢見たのは俺のせいだって殴りに来たの?もしそうだとしたら、君の怒りはまったくの見当違いだ。寧ろ、俺だって被害者だ。いくら夢の話だからって俺がシズちゃんの為に料理を作って、新妻のように待ってるって?あはは本当に気色悪い、吐き気がするよ。そんなわけだから殴りに来たならそんな夢を見た自分自身を殴ればいいよ、というか死ねよ。そのオメデタイ脳と一緒にくたばれ」

「…手前は本当にベラベラとうぜぇぐらいに喋るな」

「喋ってないと吐き気が止まらないんだよ。お前のせいなんだから文句は聞かない」



鼻を鳴らし、俺から視線を外す臨也は夢の中とはまったく違う。顔は嫌悪一色に染まってるし、俺から視線を逸らしたのは俺が話した夢を振り切る様に思えた。
それほどヤツにとっては最悪最低な話だったのだろうという結論に辿り着く。もし俺が逆の立場になっていたなら同じような反応をするのかもしれない。

けど、どうやら俺はあの夢からどうかしてしまったらしい。
不快だとありありと分かる臨也の顔を見ても可愛いと思ってしまったのだから。



「…夢の中の手前はやけに素直だったなぁ」

「だから!?それが何なの!?それは夢だからだろっ!そんなしみじみと現実の俺に言わないでくれない?本当に嫌だから!」

「料理まで作って、俺が外で飯食ったかもしれないと思うと不機嫌になるし、俺の一言で顔赤くさせるし、」

「ああああああ!もうやだっ、鳥肌立つ夢の中の俺!!」

「あーそれで、俺のこと“だいすき”だって嬉しそうに言ってた」

「もう本当に何なんだよお前!何!?本当に何しに来たんだよ!」

「夢の中の俺はそれを“幸せ”だと思ったから、現実世界でも通用するのか試す為に来た」

「はァ!?」





「つーわけで、今日から俺と暮らすぞ臨也」

「………そんな馬鹿な!」



そう言って青褪めて叫ぶ臨也を、俺は反射的に殴った。


そして気絶した臨也を肩に担いで俺は池袋へと歩みを進めた。夢で見た状況になるまでこいつを飼い慣らしてやろうと頭で思考しながら。





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臨也が可哀想。笑
そしてシズちゃんが酷い、酷すぎる/(^q^)\
いくらノミ蟲でも拒否権を発動させてやってくれぃ!!

…こうして新宿の情報屋さんは池袋最強の嫁になりましたとさ、めでたしめでたしww




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