折原兄妹
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兄は人間を愛している。けどその愛している人間の中に私達は入ってはいない。

私達だって同じ人間なのに、兄は私達の方を見向きもしない。元から興味がないのか、兄はいつも肉親の私達よりも他人である人間の方ばかりに意識を向ける。
遊んで欲しいと我儘を言えば、とても綺麗な笑みを浮かべては「後でね」なんて言う。私達はその言葉を信じて待ち続けた。けれど、兄の言う「後で」が来ることなんてない。兄はいつだって私達以外の人間を見ていたのだから。

その目が、妹である私達に向くことはなかった。



「―――イザ兄なんて大嫌い」

「嫌(だいきらい)」

「っ、だったら、俺のとこ、来る…な、よッ!!」



兄の口から紡がれたのは、途切れ途切れの拒絶。いつもの嘲笑はそこにはなくて、焦りと怒りが混じったような表情がそこにはあった。赤い目は鋭くて、イザ兄の上体に圧し掛かっている私とクル姉を睨みつけている。でも全然恐くない。だっていくら強がろうともイザ兄の体の自由は私達が握ってるし、睨んだと言ってもそんな潤んだ瞳じゃ恐くない。
いつもは沢山の言葉を発する口も動かない。止めろとかふざけるなとか、同じ言葉の繰り返し。あとは私達へ向ける拒絶の言葉。お前達は可笑しい、なんて言葉はこの数分の間で沢山言われた。けど、何が可笑しいのか私にもクル姉にも分からない。

だって可笑しいのはイザ兄の方だもん。
人間を愛してるくせに、私達には微塵の愛を向けてくれなかったイザ兄が可笑しいんだ。だから私達はこうするしかない。イザ兄が私達を見てくれないから、可笑しいんだ。



「ねぇイザ兄、今どんな気分なの?実の妹に組み敷かれちゃって、キスまでされて!ふふっ、しかも目潤んでる……感じちゃった?感じちゃったんでしょ?」

「兄、淫…(臨也兄さん、いやらしい)」

「っ!」

「あははっ!見てクル姉、イザ兄の顔!!もう泣いちゃいそうじゃない?」

「誰が、泣くか!いいから離せっ!お前等、本当に可笑しいって!!」

「変…?兄、悪……(可笑しい…?臨也兄さんが悪いからだよ……)」

「そうだよ。ぜんぶぜんぶ、イザ兄のせいだよ」



イザ兄を押し倒すことになったのも、イザ兄にキスすることになったのも、イザ兄が怒るのも。
全部元を辿ればイザ兄のせいだ。私達は悪くない、悪いのはイザ兄。

私達を見てくれないイザ兄が悪い。「後でね」と笑って頭撫でてくれたのに遊んでくれないイザ兄が悪い。私達がどれだけその「後で」を待っていたと思ってるの。ずっとずっと、私達は待ってたのにイザ兄は一向に私達を見てくれない。
だったらそれは私達が人間として何かが足りないから見てくれないのかと思ったから、私とクル姉は二人で一人の人間になった。イザ兄が見てくれるように、私達は人間になったのだ。


それなのに、イザ兄は私達を見てなどくれない。何時まで経っても兄の視線は他人を向いたまま。人間になった私達ですらイザ兄の興味を引くことなんて出来なかった。
どれだけ待ってもイザ兄は私達に見向きもしない。「後でね」という言葉が現実になることはない。そう思った。



「私達を見ないイザ兄が悪い」

「遊、兄、悪(遊んでくれない兄さんが、悪い)」

「いっつも見てるのは他の人ばっか」

「他、遊…(他人とばかり遊ぶ…)」

「私達はイザ兄の、たった“一人”の妹なのに」

「兄……妹、見、遊…(臨也兄さんは……私達を見ないし、遊ばない…)」

「だからね―――イザ兄」

「、兄…(臨也兄さん…)」



“もう待てないよ”









兄は私達を見ない。興味を向けない。
私達だって人間なのに、私達だって人間になったのに。

何時まで経っても兄が残すのは「後でね」という言葉と綺麗な笑顔だけ。それだけじゃ、私達の心は空っぽのまま。だってイザ兄との何かがないんだもん。イザ兄が私達に向ける感情が何もないんだもん。
だから何時まで経っても空っぽ。イザ兄は私達に少しの愛を向けてくれないから。退屈で空っぽな毎日にはもう飽き飽きなんだよ。


何もない。満たされない。
ねぇ、どうしてだろうねイザ兄。



「九瑠璃…舞流…」



イザ兄、どうして。
私達人間になったんだよ?私達、二人だから寂しくないんだよ?

なのに、どうしてイザ兄。全然満たされないし、やっぱり空っぽのままだよ。
だからこうしてイザ兄を押し倒して、心の中の虚無感を埋めるみたいに勢いのままキスをして、イザ兄の呼吸も吸いつくして、クル姉と三人一緒でこうしているのに、何で。


イザ兄、イザ兄。

どうしてだろう。



「イザ兄ぃ…嫌だ…!」

「兄…否、嫌っ(臨也兄さん…否定、しないでっ)」



一緒にいるのに。私達の下に、イザ兄もいるのに。こんなのに近くにいるのに。
満たされない。やっぱり私達、空っぽのまま。そんな空っぽな私達の目からは涙は流れない。だけど泣きたくなるぐらい痛い。

折角クル姉と二人でやっと一人の人間になれたのに。イザ兄の愛してる人間になれたのに。こんなに近くにイザ兄も一緒にいるのに。
それなのに、イザ兄に拒絶されたんだったら私達は満たされないよ。



「―――…何なんだよ、ほんと」



ハァ、と溜息を吐くイザ兄はその声色から分かる様にすごく呆れているようだ。チラリと見たイザ兄の顔は少しだけ眉が寄ってて、その表情からはいつもの余裕は感じられない。今まで見たことのない顔だったけど、何となく怒っているようには思わなかった。

するとイザ兄はもう一度、今度はさっきよりも大きめな溜息を吐いて圧し掛かっている私とクル姉をどかして上体を起こし上げた。その一連の動作を私とクル姉は止めることは出来ず、イザ兄をただ見ていた。けどイザ兄は全く私達の方を見ようとはせず、眉も寄ったまま。
それが何だか悲しくて、ギュっと目を強く閉じた。



「…九瑠璃、舞流」

「……兄、怒?(兄さん、怒ってる?)」

「…そりゃ、部屋に無断侵入されたうえに押し倒されてキスされたらね」

「だって…イザ兄が、」

「俺が悪いって言いたいんだろ?お前達にそんな顔されて言われると、本当に俺が悪いことしてるみたいだよ……実際、俺が悪いんだろうけど」



その自覚はないけどね、と続けられた言葉は本心なんだと思う。イザ兄がもしそれを悪いと思っているなら私達はこんなことしようと思わなかったし、イザ兄が少しでも私達を見てくれる意思があるならこんな気持ちにはならない。だからイザ兄は私達がどうしてこんな風に必死なのか分かってくれないんだろう。

本当はあの時、遊んでほしかった。「後でね」なんて言われてもずっと待ってたのは、イザ兄と遊びたかったから。イザ兄に少しでも目を向けてほしい、構ってほしいと思ってたから私もクル姉も待ってた。
二人で一人の人間になろうと決意したのもイザ兄に見てほしかったから。イザ兄が沢山いる他の人間よりも、二人しかいない私達双子を見てくれるようにと。それだけ私達はイザ兄の目を向けたかった。



「……何でまたそんな顔するかなぁ」

「っ、イザ兄の、せいだもん!」

「兄、悪っ(臨也兄さんが悪いっ)」

「はいはい、そうだね俺が悪い。謝ってあげるからさっさとその顔どうにかしなよ。じゃないと知らないよ?」

「「?」」

「――――今日一日、お前達の遊びに構ってやろうっていう俺の気が変わっちゃうかもよ」



そう言って、意地悪に笑ってみてたイザ兄は私達の頭を撫でてくれた。イザ兄にされたのは初めてで一瞬、頭が真っ白になった。その手つきはすごく優しくて、今まで乾ききっていた目が一気に濡れていく。
それをイザ兄に知られるのが嫌で、私はイザ兄の腰辺りに抱きついた。そしたらクル姉も私と同じだったみたいで、私の少し後に同じようにイザ兄にしがみ付いた。

イザ兄は少しびっくりしたような声を出してたけど、すぐに平常を取り戻しては私達を引きはがすことなく頭を撫で続けてくれた。


それだけで、今まで空っぽだった筈の私達は満たされる。
こんなこと初めてだ。



「イザ兄ー」

「ん?」

「大嫌いなんて嘘。ほんとは大好きッ」

「私、愛(私は愛してる)」

「あ、ずるいよクル姉!私もやっぱ愛してる!」



ギュウギュウときついぐらいに抱きつく私とクル姉は小さく笑い合った。今まで構ってくれたなかった分、これぐらいは許されるでしょう?本当は今日一日だけなんて足りないけど、また空っぽになればイザ兄を押し倒して一日をもぎ取ってやればいい。

イザ兄は、私達のお兄さんだもん。
それぐらい当然だよ。



「―――知ってる」



「後でね」なんて、もう絶対に言わせないから。





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折原兄妹に夢見た産物。

お兄ちゃんな臨也ってどうですか?(私は非常に萌えるんです←)
双子相手だと少し口調が荒っぽくなる臨也が理想。

ていうか、お兄ちゃんな臨也が可愛い。



 
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