「―――ちょっ…待って、待てったら!いきなり押し倒さないでよ!!ていうか、せめてお風呂行ってからにしようよっ」

「俺がこれ以上待てると思ってんのか?どうせ汗かくんだから風呂も後でいいだろ」

「違うって!昼間、君から逃げ回ったんだから汗臭いんだよっ」

「臭くねぇよ。むしろ……………興奮する?」

「するなっ、この変態!しかも疑問形かよッ」

「るせぇな。いいから手前は大人しく感じてればいいんだよ、臨也」

「っ、シズちゃ…ンッ!?」



荒々しく唇を啄ばまれ、臨也は目を見開く。必死に抵抗してみるものの、相手は人間離れの力を持つ静雄であり、しかも上に乗られて、両腕をしっかり拘束されていては臨也に満足な抵抗は出来るはずもない。
そうしている間にも口内には静雄の舌が侵入してき、引っ込んでいた臨也の舌を絡め取ってくる。何とか舌を押し返そうとしてみるものの、その期を見逃さなかった静雄が逆にその舌を食んだりとまったく逃がしてはくれない。時折漏れる、鼻にかかった声に臨也は思い切り眉を顰める。



「は…っぁ、ン……ふっ」



口内を蠢く舌はまるで生き物のように這いまわり、確実に臨也の思考を溶かしていった。自然と集まる熱に耐えるように臨也は拘束された手をギュッと握りしめながら、女のように甘い声を出す自分に対して内心で悪態つく。

どれほどの時間、そうしていたのかは分からない。
舌を絡め、下唇を甘噛みされ、飲み切れない唾液が頬を伝い、また舌を絡め取られ。その繰り返しをして、最後に優しく唇同士が触れ合った瞬間に漸く静雄のソレは臨也から離れる。二人繋いでいた銀色の糸はプツンと切れ、静雄はそれを少しだけ勿体ないと思った。

しかし思考はすぐに顔を真っ赤にさせて熱を孕んだ目で自分を見上げる男に塗り替えられる。



「…臨也」

「はっ、あ……し、ずちゃ、ん」

「大丈夫か?」



肩を上下させて必死に呼吸をする臨也に問いかけ、じっとりと滲んだ汗で張り付いた前髪を払う。その手は優しく、昼間まで自動販売機やらを振り回していた手とは思えなかった。

臨也は大きく息を吐き捨て、だいじょうぶ、と舌足らずな言葉を返す。そしてゆっくりと目を閉じ、無意識に自分を撫でるその優しい手に擦り寄った。
自分よりも体温が高くて、大きくて、そして男らしい手。それが今では自分に優しく触れてるなんて、池袋にいる住人達には考えられないだろう。池袋の昼間を普通で日常で平生だと思っている彼等は、知らない。


まさか、嫌悪し合ってるはずの平和島静雄と折原臨也が、夜の新宿では優しく触れ合ってるなんて。

絶対に有り得るわけのない現実は、今こうしてここにある。
夜の、新宿の、二人しかいない、折原臨也の自宅で。



「…シズちゃんはいつも急すぎる」

「悪ィ。でも俺からすればかなり我慢した方なんだがな」

「我慢って……ただご飯食べて、話して、テレビ見てただけじゃん。どこにも盛る場面はないはずなんだけどねぇ」

「手前と一緒にいるっていう時点で俺は色々と我慢してる」

「……何それ。恥ずかしいこと真顔で言うな」

「事実だ。あと顔赤くさせて見上げんな、これ以上我慢出来ねぇから」

「だったらどいて」

「無理。もう我慢出来ねぇから」

「言ってること矛盾してるって分かってる?シズちゃん」

「手前が一々可愛いのと一々エロいのが悪ィ」

「責任転嫁はよくないなぁ」

「うるせぇよ」



ちゅっ、と今度は触れるだけのキス。触れ合ったソレは信じられないほど熱くて、たった一瞬で脳内が解かされる。
孕んだ欲は消えることなく、劣情と共に増すばかり。有り得ない有り得ないと何度も否定しても、その欲望を忘却することも消却することも出来ず、彼等は池袋では有り得ない普通と日常と平生を繰り返す。

触れ合った指先が。
絡み合った視線が。
重ね合った肌膚が。


有り得ない現実を自覚させる。



「…もし、さ」

「あ?」

「池袋の……俺達のことを知ってる奴等が此処にいたら、どう思うかな?」



昼間、自分達が遭遇する池袋は殺伐とし、喧騒としている。


憤怒、嘲笑、破壊、逃亡、殺意、殺気、嫌悪、憎悪、暴言、罵言、喧嘩、戦争。
平和島静雄は折原臨也が嫌い。
折原臨也は平和島静雄が嫌い。

それを知っている人間は、今こうして甘い空気に浸る二人を見ればきっと自身の目を疑うだろう。そして口をそろえて、きっとこう言うのだ。



「―――“有り得ない”」



静雄はそう呟いて、臨也を抱きしめた。
自分の力で細すぎる彼を壊さないように優しく、けれど離れないようにしっかりと。

その白い首筋に唇を押し付け、吸いつく。頭上で息を呑む声が聞こえたが気にせず、何度も何度も白い首筋に痕を残しながら吸いつく。
そして数個ほど所有印(アト)を付けて満足したのか、静雄は漸く埋まっていた首筋から離れ、至近距離で臨也を見下ろす。今にも唇が触れ合いそうな距離で、静雄は彼の赤い瞳から視線を外すことなく言葉を唇に乗せて囁く。



「こんな手前を知ってるのは、俺だけでいい。他の奴なんかに見せるわけねぇだろ。此処に俺以外の奴がいるなんて“有り得ない”んだよ」

「…そういう回答が返ってくるとは思ってなかったよ。シズちゃんって意外と独占欲強いんだね、もっと淡白かと思ってた」

「悪いかよ。ついでに言うと、本当は外に出してくねぇぐらい俺の独占欲は強ぇぞ。特に、池袋には手前と関わりたがる人間が多くて困る」

「え、もしかして今日キレたのそこ?だから二刀流だったの?」

「アレは手前が親しげに来良のガキと話してたからだろ。大体よぉ手前もあんなに笑うな、話すな、隙見せんな」

「帝人君達はそんなんじゃないんだけどな。……ま、シズちゃんが嫉妬してくれるなら嬉しいよ。独占欲も大歓迎。俺もシズちゃんのこと言えないし」

「なんだ、手前も独占欲なんてモンあるんだな」

「当たり前だよ。シズちゃんに俺以外の誰かが触ったら、いくら愛してる人間でも殺しちゃいそう」

「奇遇だな。俺も俺以外の奴が手前に触ったら、ぶっ殺してやる自信がある」

「同じだね」

「同じだな」




至近距離で小さく笑い合った彼等を知る者は誰もいない。これから先もきっと、現れないだろう。

何故なら彼等以外の人間がいるならば、彼等は喧嘩をしてしまうのだから。
互いに、相手を自分以外の誰かに見られたくないのだ。特に甘い空気に浸って、普段は絶対に見せないように笑う相手を。自分以外の誰も知らなくていいのだと、そう思っているから。


だから“有り得ない”。
池袋の街の普通と日常と平生を知っている人間も、それらを知らない他の人間も、平和島静雄と折原臨也の関係を知ることなど未来永劫こないのだ。



「シズちゃんなんか大嫌いだよ」

「俺も手前が大嫌いだ」

「ふふ、両想いだね」

「ンなの前からだろ」



平和島静雄は折原臨也が嫌い。
折原臨也は平和島静雄が嫌い。

それは何故か。
答えは、臨也が好きで愛しているのは人間であるからだ。それは即ち臨也にとって、好きと愛しているは沢山いる。その沢山の中に、平和島静雄をカウントしてはいけないのだ。それだけの感情を臨也は静雄に対して抱いている。
だから静雄も、臨也が“嫌い”。それは何故か。


―――答えは、簡単。

そうでなければ“両想い”だと言えないから。



「さて、臨也くん」

「なに?って、待ってシズちゃん……どうして俺の服脱がそうとしてるのかな」

「このままキスだけで終わるなんざ、思ってねぇよな?服脱がしてンのは、今からキス以降のことを臨也くんにするからだ」

「ま、待って待って!だから俺、汗臭いからって言ったじゃん!」

「だから俺も言っただろ。寧ろ興奮するって」

「ひっ…!シ、ズちゃんっ、ゃっ、待っ」

「臨也、」









「大嫌いだ」



愛してると、聞こえた気がした。





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当サイト設立して初めて、甘いシズイザに挑戦した結果です。
勝敗→惨敗。

最後は裏突入になりそうだったので、強制終了しました。
このあと静雄君が責任もって、臨也君をおいしくいただきました。笑



 

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