――――それなのにどうしてこうなった。



「何ボーっとしてるんスか?肉なくなりますよ」

「その前に正臣は肉食べすぎ…。あ、園原さん、飲み物とってもらってもいい?」

「はい、どうぞ。折原さんもいりますか?烏龍茶ですけど」

「え?…や、それよりもさ、俺……」

「酒がいいなら言えよ、臨也。お前が好きなヤツ用意しといたから」

「流石は門田君、用意周到だね!どうして同じ種類の酒を大量に買うのかと思ったけど、全て臨也の為だなんて!ほんとどれだけ臨也のこと可愛がってるの、君!親ばかすぎるよ門田君!」

『少し静かにしろ新羅。それから飲み過ぎだ、お前こそ烏龍茶を飲んでいろ』

「セルティが僕の心配してるぅぅぅ!嗚呼、何て優しいんだセルティ!!僕はそんな君が好きだ、愛してる!セルティラァァァ、ブフゥッ!?」



一人騒がしい眼鏡は、俺の台詞をパクった直後にその愛する彼女に思い切り鳩尾を食らわされていた。しかし同情は一切しない。誰だよこいつに酒飲ませたの、そしてどうしてこいつはこんなにも羽目を外しているんだワケが分からない。

いや、ワケが分からないのは眼鏡に関してだけではない。寧ろこの状況全体がワケ分からん。
確か俺は食材を買いに行くと言った波江に池袋へお使いを頼んで、そして彼女の作る鍋を心待ちにしていただけなんだけどなぁ。それなのにどうした、何故こうなった。
何故俺の部屋に池袋の住民達が集まって鍋をしているのだ。そして何故俺はその輪に入っているのだ。


―――そして何故だ。



「オイ、ちゃんと食ってんのか?食わねぇともっとガリガリになるぞ、手前」

「いや、あのね、だからそれよりもさぁ、」

「いいから食えって、ほら」

「………」



ほら、という言葉と共に箸に抓まれた肉を差し出された俺は一体どうすればいいのだろうか。何をすれば正解なのか分からない俺は困惑した眼差しで、俺に肉を差し出している男を見つめたのだが、男の目は「早く食え」と俺に語りかけていた。寧ろ、強要しているようにも思える。

俺はどうすればいいのだ、ていうか何がしたいんだコイツは。どうしてコイツはこうも俺の予想と予測を悉くぶっ壊してくれるのだろうか。
なんだ、その差し出された肉を食べるのが正解なのか?お前の使っていた箸で抓まれている肉を食べるのが正解なのか?「はい、あーん」という小っ恥ずかしいことを、こんな顔見知った人間ばかりが集まっているこの場でやれていうのか?マジで何考えてるんだコイツ。


だから、そうではなくて。
俺が言いたいのは、つまり。



「…―――どうしてこんな状況になったのか説明して、波江!」



最終手段、波江を俺は召喚した。

俺に呼ばれた波江は杏里ちゃんの隣で鍋の具を入れたり、灰汁を取ったりと相変わらずいい働きを見せながらこちらを見て、息を吐く。



「……さっき言った通りよ」

「さっき言ったことが理解出来なかったから再度説明を要求してるんじゃないか!ねぇどういう状況なの、コレ!?」

「池袋に行ったら私に付いているらしい貴方のニオイに反応した平和島静雄が“どうしてお前から臨也のニオイがするんだ?”って五月蝿くって、それを偶々聞いていた高校生の子達が“臨也さん最近どうしたんですか?”って追求してきて、更にそれを偶々見かけたそこの彼が“臨也は元気にしてるのか?”って尋ねて来て、そして偶々平和島静雄と一緒にいた首なしがそこの闇医者にその時の状況を連絡したらしく、その闇医者が面白がって“いっそのこと皆でその人について行って臨也の家に押しかけようよ”って提案したらしく、面倒くさいから連れて来たのよ」

「ああ、そうだったね!さっきと一字一句変わらない同じ説明どうもありがとう!しかしやっぱり分からん!!どうしてこうなった!」

「まぁまぁ落ち着きなよ、臨也」

「お前が言うな元凶!眼鏡叩き割るぞてめぇ!」



波江の淡々とした説明は要点を簡潔にまとまっているので彼女の説明が理解できないのではない。要するに、柄の悪いグラサン男に絡まれ、高校生にも絡まれ、素敵な好青年に話し掛けられ、挙げ句の果てには都市伝説経由で何故かやってきた闇医者がとんでもない案を出したということだろう?オーケー、十分に理解できてる。

ここまで分かっていながらも、俺は現状把握ができなかった。
どうしてこうなったのか、何故こいつらが俺の家で鍋をしているのか、まったく意味不明である。しかしそれを口に出したらだしたで、「何か変か?」みたいな目で俺を見るんだろうね。分かってる、もう五回ほど同じ質問を投げかけてみた結果、同じ回答しか返ってこないのだから。
どうやらこの場において正常ではないのは俺らしい。本当にどういうことだ。誰か突っ込みを呼んで来い。



「…そんなに不思議か?俺達がお前の家で鍋すんの」

「かなり不思議で仕方ないね…。特に君が一番不思議でならないよ、シズちゃん。君さ、分かってる?大嫌いな俺の家で、しかも隣同士に座って同じ物を食べてるんだよ?気分とか悪くなんないわけ?」

「別に。むしろ安心するけどな」

「は?」



何言ってんだコイツ的な視線をシズちゃんに向ければ、予想外にもシズちゃんの顔が近くにあってびっくり。ついでに顔ごと俺の方に向け、真っ直ぐと俺を射抜くのだから少しだけ居心地の悪さを感じる。
ここに集まった全員に当て嵌まることだが、彼等よりも群を抜いて可笑しいのは俺を至近距離から見つめるこの男だろう。普段ならば顔を合わせるだけで怒りを纏い、殺気のこもった声で俺を呼ぶ男が今では隣同士で同じ鍋をつつきあっているのだ。出会って数年、決して短くない年月を喧嘩で過ごした相手と前触れもなく鍋をすることになるなんて流石の俺でも予測不可能である。

更に、こいつは今なんて言った?
俺の聞き間違いではなければ確か、「安心する」とか言った気がする。喧嘩しかしてこなかった相手に対して「安心する」とはどういった心境変化だろう。俺は逆に「安心」とは程遠い存在ではないだろうか。
怒りの対象、殺意の対象。憎むべき天敵のはずなのだ。それなのにこの男は至って真剣な表情で、しかもびっくりするぐらいの至近距離から「安心する」と言う。



「…し、シズちゃん、もしかして新羅にでも薬盛られたの?だって変だよ、今日の君…」

「俺は正常だ。薬も盛られてねぇし、トチ狂ったわけでもねぇよ。手前が鈍すぎなんだよ、バーカ」

「はぁ!?馬鹿とかシズちゃんだけには言われたくないし!しかも自分で言うのもアレだけど、俺って結構頭良い部類だし別に鈍くもないし!」

「そういうことじゃねぇ。手前は自分自身のことについて鈍いんだよ。例えば……俺が手前のこと、どう思ってるか知らねぇだろ?」

「…ぶっ殺したい奴?」

「…本当にそう思ってたら此処来た時点でぶん殴ってる」

「じゃあ何だよ。シズちゃんのくせに生意気…」



まるで諭すような物言いに若干腹立たしく思うも、静かで大人しいシズちゃんを前にお得意の嫌味を饒舌に語ることが出来ず、まるで子供みたいな弱い悪態をつきながら睨みつける。シズちゃんはそんな俺に対してフッと小さく笑って―――恐らく世の女性が見れば思わず発狂してしまいそうな、それはもう憎らしいほどのイケメン且つ魅力的な微笑を浮かべた。

それに胸が大きく鼓動したのは決してシズちゃんのイケメン具合に見惚れたのではない、断じて違う。きっと俺に笑いかけるシズちゃんに酷く驚いただけなのだ、本当にそれだけ。



「臨也、顔赤ぇぞ」

「…るさい…ッ!何なの、さっきから。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ」

「何だ、照れてんのか?」

「は、はあああ!?ど、どうしてそうなるかなァ!?俺がいつ照れたって?ていうか何に対して照れるんだよ。今日はいつにも増しておかしなこと言うね、シズちゃん」

「じゃあ顔、どうしてそんなに赤ぇのか説明してみろよ」

「、こ…れは、鍋が熱いからだよ。それ以外の理由はない」

「全然食べてねぇのに熱いのか?」

「っ〜〜〜!!」



誰コイツ!もう何なのコイツ!俺の知っているシズちゃんじゃない。コイツは平和島静雄の皮を被ったホストか何かに違いない、きっとそうだ。

シズちゃんはこんなに饒舌ではないし、こんな厭らしく笑わないし、こんな口で俺を追い詰めたりなんてしないし、こんな風に笑わないし、こんなに近くで喋らないし、それにこんな、俺の肩に腕なんか回すわけ―――。



「―――オイ、静雄」

「………げっ…」

「アンタ、今何しようとしました…?」

「ドタチン!正臣君!」

「臨也さん、そっちにいると色々危険ですよ」

「どうせなら私と竜ヶ峰君の間に来ますか?」

「そうね。臨也、この子達もこう言っているのだから来なさい」



ドタチンと正臣君に気を取られたせいなのか、肩に回っていたシズちゃんの腕が離れた隙を見計らって俺は勢いよく立ち上がり、手招く波江に釣られるようにそちらへ素早く移動した。
その間に帝人君と杏里ちゃんは俺の座るところを本当に空けてくれたようで、帝人君が苦笑しながらその場所をポンポンと叩いて「どうぞ」なんて言うものだから遠慮なく座らせてもらった。しかも座った瞬間、杏里ちゃんが俺に「何食べますか?」なんて聞いてきて、思わず涙ぐみそうになったのは内緒だ。

あ、因みに俺の座っていた場所にはドタチンがいた。つまりはシズちゃんの隣にドタチンが座っているのだ。そして言ってはなかったが、シズちゃんのもう片側には新羅が座っている。こちらから見ると来神時代の同級生(マイナス俺)がいるのだけど、何やらドタチンとシズちゃんが珍しく深刻な顔して話している。それに新羅が時々相槌やらをしているようだ。
何の話かは気になるが、今はシズちゃんのことを考えたくないので深く追求しないことにしよう。



「…うん!やっぱり鍋は美味しいね」

『野菜もちゃんと食べろよ、臨也』

「運び屋まで波江みたいなこと言わないでよ…。それより君、新羅の隣にいなくても大丈夫なの?」

『ああ…。どうやら今は向こうで真剣な話をしているらしいからな…』

「?へぇ、そうなんだ」



何の話だろうねぇ、と笑いながら軽い気持ちでそう零したら帝人君の隣にいる正臣君が「臨也さんは知らなくていいんですよ」とものすごく良い笑顔で言った。
結局俺は彼等が集合した理由も、シズちゃんが言わんとしていたことも、正臣君の言葉の意味も知らぬまま、来良三人と波江と運び屋と楽しく鍋を堪能したのだった。





――――その夜、一生掛かってくるわけないと思っていた相手から初めての着信を受け、「今度は二人で鍋するぞ」と半強制的なお誘いをされたのは、また別の話。





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青様に捧げます!
相変わらずの静臨要素の薄さ…そして臨也総受けにもなっているのかも怪しい出来栄え。
一体何なら書けるというのだ、私の文才。もう少し頑張れ´`

実はかなり思考錯誤しすぎてゴミ箱行きになったものがあるなんて言えない←



 
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