臨也+波江
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「俺にとっては、どんな善人もどんな悪人も人間というカテゴリーに入ってさえいれば無条件で愛せれるんだ。結局人間であることには変わりないし、俺が愛する種族なんだよ。どんな善もどんな悪も関係ない、人間というただそれだけの理由で俺は愛せる。醜悪で下衆で、そのくせお高く止まりたい憐れな彼等は呆れるよりもいっそ愛しい。だから俺は彼等を愛する、彼等の行く末を見届けたい、彼等が求めるなら手を貸す。人間を愛する俺、そんな俺に縋る人間。これって相思相愛じゃない?俺が愛した分だけ、彼等は俺を求めてくるんだ。ははっ、本当に滑稽で狡猾。欲にまみれた生物。そんな人間を全て受け止めて愛して上げれるなんて、俺しかいないと思うんだよねぇ。そう思わない?」
ニコリと無邪気に笑んで見せる彼からは、嘘偽りを語っているようには思えなかった。心の底から人間という種族を愛しているのだと、彼の言葉一つ一つから感じ取れる。
人間全てを愛してるなんて戯言のように思えるが、彼の場合は戯言なんかではない。彼はいつだって素直であり、彼のこの言葉は本心だった。彼は、他人がすれば戯言としか思えないことを本心で語っているのだ。
彼は人間というものがどれだけ愚劣な人種なのだと語り、理解している上で愛してるのだと謳う。
それは、たった一人にしか愛を向けない彼女にしてみれば到底理解の出来ることではない。
「………下らない」
「そうだね。弟君しか見えていない気にしてみれば下らないの一言で一蹴されても可笑しくない。全部全部、俺の狂言にすぎないし」
「ならどうして、それを分かっていながら貴方は私に長々と話すのかしら。付き合う私の身にもなってちょうだい」
「でも君は何だかんだ言って、最後まで付き合ってくれるよね。俺は波江さんのそういうところが好きだよ」
「それも“人間の中の一人”としてでしょう?」
「個人的に波江さんだけを愛してあげようか?まァ無理だけど」
「要らないわよ。最も貴方にそんなことが出来る筈ないけれど」
カチャリ、と臨也の目の前には湯気のたつ紅茶が置かれる。臨也はそれを用意した優秀な助手に目も向けることなく、そのカップを手に取る。ほのかに香る紅茶のニオイに、臨也は顔を緩ませる。以前自分が好きだと呟いた茶葉を再び用意し、こうして淹れてくれる彼女は本当に出来た助手である。
臨也はそれを口に含み、以前と変わらず自分の味覚に合った味を堪能する。けれどその間にも臨也の意識は彼女に向いたままであり、彼女が動く気配を察知した途端、カップから口を離した。
気付けば助手は、自分と向かい合うようにソファに座っているものだがら驚きだ。
「…珍しいね。君がまだ帰らないなんて。弟君はいいの?」
「今日は遅くなるのよ、誠二」
「ああ、恋人とデートか。それで君は持て余した時間を俺で潰そうって?それもそれで珍しいね」
「別に貴方と会話して楽しむつもりはないわ。私はいないものと考えてくれて結構よ」
「ならどうしてわざわざ俺の目の前に座るんだよ」
「そういう気分なのよ」
「……時々、君の言葉と行動が矛盾してて何考えてるのか分からないときがある」
「あら、それは光栄ね」
訝しげな眼を細め、気に入らないとばかりに眉を寄せる上司に波江は小さく笑みを零す。普段はああも憎たらしく、性格の歪んだ上司は時たま実年齢よりも幼い表情を見せ、こうして子供のように拗ねるのだから面白い。波江はこうして捻くれた上司の反応を見て楽しんでいるのだけれど、彼はまさか自分が遊ばれているなんて気付かないだろう。
それが一層に面白くて、波江はこうした矛盾行為を止めれないでいた。もしも彼の性格の悪さを熟知している人間―――例えば、彼のことが大嫌いなあの池袋最強がこんな天敵を見たら驚くだろうか。想像しただけで可笑しい。
最も、彼と犬猿の中でいる限りは終ぞ知ることはない事実だろうけど。
「…?波江さん、今なに考えてるの?」
「貴方と貴方が嫌いな彼について」
「止めてよ。折角穏やから時間を過ごしてるんだから、気分の悪くなる名前を出さないで」
「そんなに嫌いなのね。彼だって貴方の大好きな人間でしょう?」
「あれが人間?変なこと言わないでほしいなぁ。彼はね、波江さん。俺の中の人間と言う存在の枠外を大きく逸脱した異種で、範疇を超えた謂わば化け物だ。最初は理解しようと思ったけど、あれは無理だ。あれを理解することなんて俺には到底無理なことだと三日で諦めたよ。何せ、アイツは人間じゃない。あれは化け物、人間の皮を被った化け物。俺はそんなアイツを愛せれないし、向こうもまた俺に対して嫌悪を抱く。俺達は相容れない存在で、一生平行線を辿るだけの相反するだけ。俺達の間に和解も理解もない、あるのは嫌悪と憎悪と純粋な殺意だけ。そんな相手を愛せるほど、俺は酔狂じゃないんだよ」
よく回る舌は一度も噛むことなく、まるで台本でも読んでいるかのように臨也の口から紡がれる。その声色からは如何に彼が天敵のことを嫌っているのかが窺える。表情だって嫌悪に彩られて歪んでいるし、纏う空気も落ち着きがない。
如何なる状況下でも飄々とした態度でいる臨也を、名前を出すだけでこうまでに崩せるのはやはり彼しかいないだろう。そしてまた、逆も然り。池袋最強が怒り狂う理由は、彼関連のことだ。
ある意味、両思いな彼等は第三者であり、物事を全て客観的に見ている波江にしてみれば面白くて仕方がなかった。
「ちょっと、聞いてるの?」
「聞いてるわ。要するに彼が嫌いなのね」
「そうそう!分かってくれればいいんだ。俺はシズちゃんが嫌いで嫌いで、大嫌いなんだってこと」
「ええ。……けど、」
「なに?」
嫌って嫌って、憎んで。
たった一人だけ愛せない。
沢山いる愛してるよりも、一人しかいない大嫌い。
そして向こうもまた、大嫌いな暴力を向けるただ一人の人間であるということ。
彼等は、それがどういうことか分かっているのだろうか。
「…――――やっぱり何でもないわ」
「?…そう?」
それが“特別”だからなんてこと、臨也はきっと気付かない。
向こうはきっと、気付かれない。
波江はその言葉を胸に仕舞い込んで、子供のように表情を変える上司を見ては笑った。
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波江から見た静臨。
寧ろ、静+臨。
波江さんはドタチンに並ぶ、臨也の保護者になれると信じてr(黙)