『“喧嘩してればいい”って?けど、それは静雄君が臨也にとって“唯一愛せない人類”を前提とした関係であって、もし仮に臨也が君を“愛せた”時は終わりだよ』



そう言った新羅はいつになく真剣で、俺に語りかけていた。


臨也がもし俺への興味を失ったらなんて、そんなこと今まで一度も考えたことがなかった。
だってアイツとは知り合った瞬間殺し合いをして、出会って今までそれしかやってこなかったんだ。臨也がけし掛けてくるから、俺は抑えきれない自分の衝動のまま臨也を相手にしていた。アイツと俺はきっと一生こうなんだろうと漠然とそう思っていた。

だけど、新羅は俺のそんな考えを全て否定した。
俺と臨也がこうしているのは、アイツの中で唯一俺が理解出来ない異端だからだ。理解出来ない俺をアイツは拒絶し、否定した。俺もアイツの理屈をこね回す嫌な性格が気に入らない。だから喧嘩をした。俺もアイツも互いが気に入らないから、交わることが出来ない異端同士だから反発し合った。

けど、それは飽く迄もアイツが俺を異端だと認識している上で成り立っているのだと新羅は言った。もしも新羅の言う通り、アイツが俺を“人間”と数えたとき、その時はどうなるのか何て分からない。考えたこともない。
アイツが俺に何もしなければ、きっと俺もアイツに手を出すことがなくなる。何せ理由がねぇからだ。どんなにムカつく奴でも、何もしてこない奴に手を上げるなんてことは出来ない。例えそれが臨也相手だとしても。



『君と臨也はその瞬間“他人”になり、一生交わることのない、相容れない者同士になる。

 ――――私が言ってるのはこういうことだよ、静雄君』



確かに、新羅の言う通りだ。俺と臨也は友人ではない、ただの喧嘩相手だ。
けど喧嘩をする理由がなくなった場合、俺達はきっと“他人”だ。共通の友人を持つ他人になる。全て新羅の言う通りだ。いや、まだそれが確定しているわけじゃないけど、それでもきっと今のままだと新羅の予測が現実になってしまうんだろうと思う。


もし、もしも。
そうなってしまった場合を仮定しよう。

臨也が俺を“人間”とカウントし、俺とヤツが喧嘩をすることのない望んだ平和で静かな日常になった未来を想像してみよう。



「(……嗚呼、最悪だ)」



想像した未来は酷く色褪せ、酷くツマラナイ世界だった。











――――夢をみた。



『臨也、』



青い空と白い雲、広がる景色は見慣れた屋上のもの。そこで俺と彼は隣同士に座って、何もない空を見上げてた。
不意に隣のアイツが俺を呼ぶから、なんとなく機嫌が良かった夢の中の俺は素直にそちらを向いてやった。するとソイツは既に俺の方を向いていて、少しだけ驚いたのを覚えてる。



『臨也』



もう一度、俺を呼んだ。
嫌悪も憎悪もこもっていない声で俺を呼ぶ。

そんなアイツは、俺と視線が交わった瞬間―――。



『――――、』



俺に向かって笑ってた。









「―――という夢を見たんだ」

「なるほどな。…それで?お前はそれをどう思ったんだよ」

「ん?いや特には。寝る前にその本物を見た故だと思ってるし、夢に出るぐらい衝撃的だったんだろうと思ってるぐらいかな。だって何せ、あのシズちゃんがこの俺と普通に会話して、普通に笑ったんだよ?ベタに明日は槍でも降るんじゃないのかと少し心配になったよ」

「…お前にとって静雄が笑うのはそんな天変地異が起こるほどの衝撃だったのか」

「うん。天と地が引っくり返るぐらいの衝撃だった」

「………」



あ、ドタチンが難しい顔して黙り込んだ。いやでも、俺のことを大丈夫かコイツ的な目で見てる気もする。もしそれが本当だったら失礼だな。夢の話とさっきの話を素直に話してあげたのに、どうしてそんな目で見られないといけないんだ。これも全部シズちゃんのせいだな、夢にまで出てきやがってアイツ。


そんな感じで俺が少しむかむかしてると、不意に背後の扉が開く音が聞こえた。



「あ、早いね二人とも。もう来てたんだ」

「君達は遅かったね」

「いや、静雄君と少し話をしてたんだよ。大した話ではないけど」

「へぇ……大した話はしてないのに、シズちゃんはどうしてそんなしかめっ面なのかな?」

「さぁ?静雄君には少し難しい話だったんじゃない?」

「……まぁいいけど」



扉の向こうから現れた新羅は清々しい顔で笑ってて、その後ろについてるシズちゃんは眉根を寄せて何やら考え込んでいた。
新羅曰くの「大した話ではない」話を考えているのは明白だけど、それを追求しようとは思わない。新羅がこうして意味深に笑ってるんだから多分聞かない方がいい。アイツはイイ奴ではあるけど、善人というわけではない。俺と友人になるぐらいだし、何だかんだで厭な性格でもある。きっと今のシズちゃんはそんな新羅の言葉に惑わされ、考え込んでるんだろう。

変なとばっちりが俺にくるのは避けたいから、俺はそれ以上何も言わずに紙パックにストローを刺した。



「それで?静雄君のしかめっ面に匹敵するぐらい門田君も難しい顔してるけど、その理由について聞いた方がいいのかな?」

「俺に聞かないでよ。ドタチンが何でこうなったのか俺も知らないし」

「ふぅん。それじゃ僕達が来るまで何話してたの?」

「別に、俺達も大した話はしてないけど…」

「臨也の夢の中に静雄が出てきたって話だな」

「なッ…!?」

「……へぇー」



俺が言葉を濁してやり過ごそうとしてたのに、あっさりと今まで黙ってたドタチンの口によってバラされてしまった。別に言われて困るようなことではないけど、言ってもらいたいものでもないから言いたくなかったのに。案の定、しかめっ面だったシズちゃんは驚愕で目を見開いて俺を凝視してるし、新羅は面白そうな顔で俺を見てる。言ったドタチン当人はすごく涼しげな顔してるのに少しだけ殺意が湧くよ。

しかし知られてしまったのは仕方がないし、変に言葉を並べるように素直に肯定した方がいい。俺は驚いてるシズちゃんを一瞥し、「そうだね」と頷いてやった。
……何故か視界の端に映ったシズちゃんは、すごく変な顔をしてたけど気にしないでおこう。



「何々?どんな夢?」

「普通の夢だよ、普通の。…いや、登場人物が俺とシズちゃんである限り普通ではないのかな?ただ此処で隣同士で座って、会話らしい会話して、シズちゃんが笑ってる夢だった。夢にまでシズちゃんを見るのは嫌だったけど、特に腹の立つことはなかったから特別に許してあげるよシズちゃん」

「何で俺が手前に許される立場なんだよ!?寧ろ、手前が謝れ!勝手に夢の中で俺を捏造すんな!」

「捏造って……実際、寝る前のシズちゃんがそんなんだったんだから、強ち俺の妄想で作られた捏造物ってわけでもないんじゃない?そして俺が夢で何見ようがシズちゃんには関係ないと思うけど」

「っ、るせぇ!馬鹿!」



うわ、シズちゃん……君はどこの子供だ。うちの双子ですらそんな幼稚なこと言わないよ。……あ、アイツらを普通としてカウントしちゃダメなんだった。あれを子供の基準としてしまったら日本の将来は最悪な末路を辿るな、きっと。

話が逸れたけど、シズちゃんは一体何にそんな焦ってるんだろうか。今日はドタチンに言われた手前、変にからかうことはしないけど、それだと俺はこの場合なにを言えばいいんだ。
新羅はニヨニヨしてるし、ドタチンは動じずに普通にご飯食べてるし、シズちゃんは一人で百面相してるし。前の二人はどうやら一人百面相のシズちゃんをどうにかする気はないらしく、視線で俺に何かアクションを起こせと促してる。けれど俺には、今のシズちゃんの対処が分からない。何に対してシズちゃんがこんなに身悶えしてるのか分からないんだから、対処法なんて分かるわけないだろう。

それなのに二人は俺を見る。俺に何とかしろと訴えかける。
それにどんな意味と意図が隠れているのかは知らないけれど、昨日から続くこの不可思議な現状を打破するには何かしら知っている、或いは分かっている二人に流されることこそが正解なのではないのか。


と、ここまでコンマ数秒で結論付けた俺は、本日の昼食であるスティックパンの袋を開け、そのうちの一本を騒がしいシズちゃんの口にぶち込んだ。



「ぅ、む…!?」

「分かったからシズちゃん、今は大人しく食べようね。俺のチョコスティックあげるから」

「はっ、ちょっまふぇ!」

「はい食べて食べて。昼休み終わっちゃうだろ」

「っっっ!」



瞬間、シズちゃんの顔が真っ赤になって動きをとめた。どうしたのだろうかと不審に思い首を傾げ、シズちゃんの名前を呼んだ。すると彼は何を思ったか、自分の口にパンを突っ込んでる俺の手首を握りしめてきたからビックリだ。
思わずパンから手を離し掛けたとき、シズちゃんは大きな口で一気にパンを飲み込んで、ついでに俺の指まで噛んできやがった。



「い、ったぁぁぁッ!?何すんのシズちゃん!?俺の指まで食べてどうすんだよ!」

「うるせぇぇぇ!もう死ねっ、手前死ねっ、一遍死ねっ」

「はぁ!?何それ、意味分かんないんだけど!!理不尽にもほどがあるよ、シズちゃんの馬鹿!急に何なのほんとっ」

「ンなこと知るか阿呆!手前のその無駄に良い頭で考えてろ!!このクソノミ蟲野郎ッ」



そう言ってシズちゃんは、最後に死ねと俺に言い残して屋上から出て行った。あれ、この光景さっきと同じだな。シズちゃんは俺と屋上にいると逃げ出したくなるんだろうか。屋上はどんなフィールドだ、すごい機能がついてる特典フィールドだ。

俺はポカンとシズちゃんの消えたたった一つしかない扉を見てながら、そんなどうでもいいことを考えつつ、静かになった屋上で茫然と呟いた。



「……ねぇ、あれ理不尽すぎない?酷くない?」



噛まれた指を擦りながら、視線を扉から他二人に移す。二人はあーだとかんーだとか唸り、何とも言えない顔を作り苦笑しつつも俺の呟きに、口を揃えて返した。



「「今のは臨也が悪い」」

「何で!?」



俺の味方はいなかった。





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臨也視点は無駄に文字数が多くなってしまうのは私だけでしょうか?
そしてシズちゃんが子供みたいだ、臨也がタラシだww



 
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