今日の俺は不本意ながら池袋に来ていた。趣味の人間観察をしに来たわけじゃない、仕事で、だ。

仕事は大したことはない。ただ情報を与えに来ただけだ。けれどこんなことならわざわざ行かなくとも、メールのやり取りで済む話だ。どうしても直接会ってというクライアントの要望に合わせて来ただけにすぎない。本当に面倒な話だ。
俺が情報を欲した時ならば喜んで池袋に来るけど、そうではない時は正直な話、あまり池袋には来たくない。いつシズちゃんに出くわすか分からないし、彼に会うとサイモンが現れない限り俺は強制的に彼と殺し合いをしなければならない。本当に面倒だ。

だから仕事が滞りなく終わった今、俺はさっさと新宿に帰りたいわけだ。一刻も早く、彼のテリトリーから離れたいわけなのだ。



「あ、臨也さんじゃないですか」

「本当だ。珍しいッスね、臨也さんが池袋にいるなんて」

「…帝人くんに正臣くん…。何で昼だというのに君達は平然とここにいるのかな?学校はどうしたんだ」

「今日はテストで午前中だけだったんですよ。臨也さんは何で此処に?」

「仕事さ。まぁもう終わって帰るところなんだけど」



肩を竦めつつ、目の前の少年二人に薄い笑みを浮かべながらそう返す。彼等が欲した、何故俺が此処に居るのかという情報は与えたし、さっさと二人と別れたいのが本音だ。さっきも言ったけど、此処はシズちゃんのテリトリー、彼がいつ来るか分からないから早く立ち去りたい。
その思いが強い俺は、折角会った顔見知りの彼等に背を向けて「じゃ」と軽く別れの挨拶を交わす。これで彼等も「それじゃあ」と返してくれれば完璧に俺はこの場を離れれた。いや、返してくれなくても帰ってたけど。

でも彼等は、俺の思い通りに動いてはくれなかった。



「……帝人くん。何で君は俺のコートを掴んでるのか、教えてくれるかい?」

「だって折角臨也さんに会えたのにお別れなんて勿体ないじゃないですか。というわけで臨也さん、今から僕と何処か行きませんか?」

「いや、何が“というわけ”なのか俺には分からないんだけ、」

「ちょっと待て帝人、何気に二人っきりで行こうとしてるだろ。なに狡いことしようとしてんだ!そんなこと俺が許しません!!そして臨也さん、帝人じゃなくて俺と二人でデートなんてどうでしょう!?」

「ちょ、正臣くん。俺の言葉遮らな、」

「何気じゃなくて僕は初めから二人っきりで行こうとしてるんだよ。しかも何?自分もちゃっかり二人でって誘ってるし。まぁ僕が行かせるわけないけど」

「…帝人くん正臣くん、言い合うなら勝手にして。あと二人ともコートから手離し、」

「じゃあ臨也さんに決めてもらえばいい!」

「そうだね。というわけで臨也さん、僕と正臣、どっちと一緒に居たいですか?」

「…………」



あ、駄目だ。この子達まったく俺の話とか聞いてないよ。しかも俺に残された選択肢が二つしかない。帝人くんか正臣くんか、っていう選択肢しかない。俺としては裏に隠された三つ目、このまま新宿に帰るを選択したい。寧ろ、それしか選択したくない。
大体何なんだろうか、この二人。何が悲しくて折角の長い放課後を男の、しかも友人とは言い難い成人男性である俺と過ごそうと思ったのだろうか。杏里ちゃんはどうした。唯一の華である杏里ちゃんと過ごせばいい話だろう。何で俺だ、どうして俺だ。ていうかそのまま二人で仲良く遊んでくればいいだろう。もう俺の存在はないものとして素直に二人で青春して来い。

俺としては本当に、切にこの場から去りたいんだ。本当にね、真面目にシズちゃんが来ちゃうから逃げたいの。だからお願いだからコートから手を離してくれ。



「…悪いけど二人とも、俺が此処にいるとシズちゃん来ちゃうから今日は大人しく引いてくれないか、」

「いーざーやー!!」



あ、また俺の言葉遮られた。何だこのデジャヴ、今日の俺はどうやら最高潮についてないらしい。

殺気と怒気を大量に含んだドスの効いた声が俺の背後から聞こえる。振り向かなくとも分かる。間違いないシズちゃんだ、シズちゃんしかいない、ていうかシズちゃんだ。
振り向きたくないけど一応振り向いてみたけど、やっぱりそこには青筋を浮かべたシズちゃんが口端を引き攣らせてギラついた目で俺を睨んでいた。その両手にはお馴染み、標識が握られてる。握っている部分は俺を見ているだけで苛立ってしまったんだろう、メキョメキョだとかベキベキだとか鉄の棒が悲鳴を上げてる。



「…シズちゃん…」

「手前、池袋には来るなってあれほ―――、」

「?…シズちゃん?」



一歩一歩、般若のような顔つきで俺に近付きながら言葉を紡いでいたシズちゃんの口と足が同時に止まった。サングラスの奥の目が、驚きの色に染まり見開いたのを見て俺は首を傾げる。
何なんだろ、今日は。変なことばかりが起こって、流石の俺も対処に困るんだけど。大体彼は何をそんなに驚いているのか俺には分からないからどうすることも出来ない。

どうしたものか、と頭を悩ませてると不意に腕が引かれ、俺の体は傾いた。



「、わっ!ちょ、何!?」

「どうも、静雄さん。今日も御苦労様でーす」

「正臣くん!?ちょ、何するんだよ!」

「まぁまぁ臨也さん、落ち着いて下さいって。ね?」

「っ、!」



その原因は、俺の足どめをしてた障害の一つ、紀田正臣くん。
俺の傾いた体は呆気なく彼の両腕の中に納まっていて、予想以上に近い彼の声に肩が跳ねた。普段はあんなにハイテンションで高い声なはずなのに、俺のすぐ耳元で囁かれる声は驚くほど低い。ていうか、本当に近くて俺の脳内は真っ白だ。

考えることを半ば放棄している俺に反し、彼等の間では忙しなく言葉が飛び交う。



「手前は…確か、来良のガキか」

「ええ、まぁ。毎度毎度飽きもせず臨也さんのこと追いかけてくれて、どうも。けど今日のとこは大人しく引き下がってくれませんかね?生憎、今日の臨也さんは俺との予定で一杯でアンタとじゃれ合ってる暇ないんスよ」

「臨也と手前が?つまんねぇ冗談言うんじゃねぇよ、手前にはまだ早ぇ」

「早いってなんスか?臨也さんと一緒にいるのに早いも遅いもないだろ。いつまでもアンタ一人が独占出来るなんて思わないで欲しいッスね」

「ハッ!やっぱりガキはガキだな。そいつをどうにかしてぇなら、まずは自分のガキっぽい独占欲をどうにかしてからにしろ。ついでにいい加減、臨也を離せ。じゃねぇと手前から殺すぞ、糞ガキ」

「やだ。こんなこと滅多に出来ないんだ、自分から離すわけないだろ」



そう言いながら更に俺を抱きしめる正臣くんの腕の力が強まった。ええええ、何だろうかこの状況。新宿の情報屋さんもさっぱりだ。そもそも何故、正臣くんとシズちゃんが睨み合って殺気立ってるんだろうか。原因は何だ、どうしてこうなった!

待て、待て俺。一旦落ち着こう、お前は折原臨也だろう。こんなことで動揺してる場合じゃない、落ち着くんだ。とりあえず、今あるだけの情報を整理することから始めよう。
えっと何だっけ?朝は波江に起こしてもらって、波江の用意したご飯を食べて、コーヒー飲んで、書類と格闘して、波江の用意した昼食を食べて、準備して池袋来て仕事して。そして急いで帰ろうと思ってた矢先、学校が午前までだったという二人に遭遇して……ああ、思えばここから可笑しくなったんだったな、そうだった。


…あれ?ていうか、帝人くんはどうしたんだろう―――。



「―――臨也さん」

「!?」

「やだなぁ、そんなに驚かないで下さいよ。僕も傷つきますから」



ニッコリと笑う少年に、俺は頬が自然と引き攣るのを感じた。
ていうか、今気付いたけど俺、いつの間にか正臣くんの腕の中から帝人くんの腕の中に変わってる。しかも、背後から俺を支えるように抱きしめてた正臣くんと違って、帝人くんは真正面から俺を抱きしめてる。状況的に言えば、さっきよりも恥ずかしい展開だ。

帝人くんは俺よりも身長が低いから、自然と俺が見下げる形になるんだけど何でだろうか。気分的には帝人くんに見下げられてる気がしてならない。そして腰に回った彼の腕が、正臣くんの比ではない力で抱き締められてるんだけど。



「あはは、呆けてる臨也さんってすごい可愛いですよね」

「はぁ!?」

「あ、でも臨也さんはいつも可愛いですけどね」

「帝人くん!?な、何言ってるのかな?目の方は大丈夫?何なら信用出来る眼科と……あと精神科を紹介してあげようか?もう君―――いや、君と正臣くん、それにシズちゃん。三人とも可笑しいよ、変だよ、異常だよ。意味不明すぎて流石の俺もパニックを起こしてる最中だ、こんな事態は久しぶりだね。大体ね帝人くん、成人してる男相手に可愛いはないよ。いくら俺が眉目秀麗だとしても可愛いはない、本当にない、本気でない。というわけで今すぐに病院行くことを推奨するよ」

「僕は至って正常なのでご心配なく。そして臨也さんが可愛いのは通常通りです」

「あれ?どうしよう、会話が出来ない」

「つーか、帝人!臨也さん取ンなよっ、折角俺が…!」

「うるさい、正臣。今は俺が臨也さんと話してるから黙っててよ。あ、それより二人は放っておいて何処か行きましょうよ。都合良くテストは今日で終わりですし、明日は学校も休みなのでいくらでも臨也さんと一緒にいれますから」

「それなら臨也さん!帝人よりも是非俺と甘い一夜を過ごしませんかっ」

「わーどうしよう、やっぱり二人とも俺の話を聞く気ないね」



誰か今すぐに運び屋を連れてきてくれ。そしたらこの二人を自宅まで半強制的に運ばせるから。いや、それか俺を新宿まで運んでくれ。切実に帰りたい。今日ほど新宿が恋しく思ったことはないし、今日ほどこの二人に苛々したことはない。

ていうかもうシズちゃんでいいや、その両手に持ってる標識は飾りか何かかい?それは俺を殴るために引っこ抜いてきた君の武器だろう。もうそれでいいよ、それで喧嘩しよう。殺し合いをしよう。追いかけっこをしよう。そうしたら俺、頑張ってなんとか逃げて逃げて新宿に帰れるから。


――――だからシズちゃん、頼むから…!



「待て」

「!、シズちゃ…!」

「仕事なら俺ももう終わりだ。だから臨也、今すぐ付き合え。そいつらと違って酒でも何でも付き合ってやる、つか付き合えクソノミ蟲」



標識から手を離さないでよシズちゃんんんん!
そして何でだクソッ、何で今日に限って酒だ!何で殺し合いじゃなくて酒だ馬鹿!そんなに飲みたいなら新羅かドタチン、それかお前の上司とでも行ってろよ馬鹿!じゃなくて、今日は殺し合いをしようよ!そしたら俺、逃げれるから!新宿に帰れるから!


正面は帝人くんがいて、きっちり腰をホールドされて。右には正臣くんがいて、俺の右腕に自分の腕を絡ませて引っ張ってる。左にはシズちゃんがいて、俺の左手首を握ってこっちも引っ張ってる。

…もう一度改めて俺は言いたい。
どうしてこうなった。



「(運び屋……来ないかなぁ)」



そんなことを思いながら、俺は今の理解不能で意味不明な怪奇現象並みの事態に目を背け、遠くを見据えた。

本当、今日はついてない。





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匿名様に捧げます!
臨也のキャラ崩壊が凄まじく、臨也の突っ込みに一々違和感を覚えてしまった!
……書いたのは私ですけども←



 
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