小さい頃、私は臨也が大嫌いだった。

私と同じ日に生まれて、けど私の方が早く生まれたからお姉さんで。たったそれだけなのに、いつも私は“お姉ちゃん”。親はいつも臨也優先。
別にそれが寂しかったわけじゃない。だって私はその時から人間という存在が大嫌いで、好かれようとか一切思っていなかったからいい。そうじゃなくて、私と同等である筈の臨也ばかりが優先されるというのは気に食わない話でしょう?

そのくせ臨也は、私なんかよりもずっと頭が良くて、それも親に好かれる要素の一つだったみたい。運動も良く出来てたし、外面もいい。だから家でも学校でも、彼はいつもチヤホヤされてた。沢山の人間の真ん中で、満面の笑みを浮かべる臨也。気に入らない、気に食わない。
人間という薄汚い生命体に囲まれて笑ってられる臨也が気持ち悪くて仕方がなかった。


―――けど、ある日。

私は気付いたの。



『―――ねぇ甘楽、』

『なによ』

『ひとって、おもしろいよね』

『はぁ?あんなののどこがいいの?神経おかしいよ、きもちわるい』

『ふふっ、甘楽ってほんと人ぎらいだね。おれとは正反対だ』

『わたしとあんたをいっしょにしないで』

『いっしょにしてない、おれと甘楽はちがう。けど、おれにしてみれば唯一のおねえちゃんだ』

『ゆいいつ?』

『そうだよ、甘楽はおれだけのおねえちゃん。だからかな―――、』



――――おれ、甘楽が一番だいすき。


人間大好きの臨也の一番は、人間大嫌いな私。

たったそれだけで、私の世界は反転した。
私の世界に、唯一愛せる人間が出来た瞬間。











「というわけなんですよぅ!!だ・か・ら!シズちゃんに勝ち目はないんで諦めて下さい、ていうか死ね」

「…何年前の話だ、それ。餓鬼の頃の戯言にいつまでも縋ってんじゃねぇよ。あと手前が死ね」

「子供の時でも何でも、臨也の一番はいつでも私よ。アンタじゃない」

「それ言うと俺も一番だよなぁ?何せ臨也が唯一愛せない人間で、一番大嫌いなのは俺だ。お前は沢山いる大好きの中の一人だとしても、俺はアイツん中の唯一で“特別”だろ」

「私は臨也の唯一のお姉ちゃんだよ?…アンタなんかよりもずぅーっと“特別”ですよぅ」



どうもこんにちは。新宿を拠点とする、素敵で無敵な情報屋さんの折原臨也です。俺は今、世界で最も下らない口喧嘩を目の前にしてます、自分の家で。はい、ここ重要ね。俺の家。ここは俺が一番安らげると言っても過言ではない、自分の家だ。そして今日の俺は珍しく仕事もないし、すっかり休日モードだった。
そんな一日を、目の前の馬鹿達は下らないとしか言えれない口喧嘩を繰り広げてます。俺の家でね、俺の家。大切だから二回ほど言ったよ。


ていうか何だって?俺の特別は自分だって?何言ってんの、こいつら。そもそも何で真面目にそんなこと討論してんだろう、俺にはさっぱり意味不明だね!理解したくもないけど!
何せこいつら―――折原甘楽と平和島静雄は、いつも俺の想像と予想を覆してくる。つまり、俺のデータがまったく役に立たない人種。どう頑張って俺が予測してても、こいつらは簡単にそれを上回る。

そして現在、こいつらが真面目に真剣に言い合ってる内容は俺に予測すら立てさせれないような意味不明な内容だ。最早、俺には何を喋ってるのか分からない。喋ってる内容を頭で理解出来ない。



「いい加減諦めなさい、このストーカー野郎!私の臨也から半径百キロは離れてて」

「あァ!?誰がストーカーだ!変な言いがかりつけてんじゃねぇ!!つーか、手前の方やってることのがよっぽどストーカーじみてんだろぉがッ」

「私がストーカー!?ハッ、ありえないありえない。私は臨也のお姉ちゃんだもん、可愛い臨也を守るのが私の役目ですぅ!特にアンタみたいな奴から守らないとねっ」

「てめっ…!マジでいい加減、弟離れしやがれ!うぜぇにもほどがあんだろ、つか現在進行形でうぜぇ!!」

「アンタの方がよっぽどうざい!いいから臨也に関わるな、この野獣!単細胞!」

「っるせぇ!何で俺が手前に指図されねぇといけねぇんだ、この性悪女!ブラコン!」



甘楽、君はシズちゃんの言うとおり一度は弟離れをしてみてはどうだろうか。弟の俺が言うのもアレだけど。そして俺はこの年で姉に守ってもらわないといけないほど弱くもないし、この年で可愛いと言われるほどの可愛い容姿はもってないよ。端麗なのは認めるけどね。
そしてシズちゃん、君がこの場において最も場違いだ。そもそも何で俺の家にいるんだ、そして何故ここに来た平和島静雄。俺達は決してそんな仲じゃなかったはずだ、もっと殺伐としてて殺気と殺意に溢れ返った、そんな関係だったじゃん!臨也に関わるなって……君は俺の何なんだ、シズちゃん!


ああ、そんなこと考えてるうちに甘楽さん。頼むから抱きつかないで、膝に乗らないで、首に両腕を回さないで。俺の真正面にいる彼がとんでもない形相になってしまったから。そしてそんな顔する意味も分からないよ、シズちゃん。
一応は離れようと肩を押してみるんだけど、悔しいことに何処でどんな鍛錬を積んだか知らないけど彼女の腕力は見た目からは想像出来ないほど凄まじい力だ。よって、俺には押し返せれない。男として涙が出そうだよ。



「ねぇ、臨也」

「何、甘楽?あ、その前に離してほしいんだけ、」

「私のこと好きだよねぇ?」



あ、無視か、無視するんだ。それは言葉なき抵抗ってことで解釈してイイだよね。離さないってことかな、力が若干強まったし。そしてシズちゃんの目の鋭さも強まったよ。こわいこわい。

しかも質問が質問じゃないよ。語尾が上がってるから聞いているんだろうけど、好きだよねと吐かれたその言葉は肯定文だ。俺が甘楽を好き前提の問いかけだ。
甘楽の問いに俺の意思はない。そもそも俺に尋ねているというよりも、シズちゃんに聞かせたいみたいだ。だって今の甘楽の顔、物凄く悪い顔してる。ていうか、顔が近い。息が当たってくすぐったいんだけど。



「ね、臨也ぁ」

「あーもう。何なのほんと……好きだよ、大好き」

「ふふ、私も大好きよ。朝起きて寝ぼけてる臨也も寝ぐせ付いてる臨也も紅茶飲んでる時の臨也も料理作ってる臨也も仕事してる臨也も疲れてる時の臨也も怪我しちゃった時の臨也も痛くて顔を歪める臨也もお風呂上がりの臨也も寝むそうな臨也も寝てる時の臨也も笑ってる臨也も怒ってる臨也も哀しそうな臨也も楽しそうな臨也も、全部全部大好き。愛してるよ」

「……よくもまァ、そんなに色々出てくるね…」

「当然ですよぅ。だって私が可愛い可愛い私の臨也の良い所を言うなんて当たり前のことだもの、これくらい簡単よ。私はいつも臨也だけしか見てないし、臨也を心から想ってるもん」

「甘楽…」



甘楽は、本当に俺だけしか考えてない。自惚れでも何でもない、これは事実だ。
だから彼女は、女というハンデをカバーするほどの力を手に入れる為に海外に行った。まだ中学生だった甘楽は既に、俺が近い未来、もっと深い世界に関わるだろうとその時から予測していたらしい。だからこそ、その時に俺を守る力が欲しかったのだと自慢げに話した。
尤も俺も、高校生の時からシズちゃんと殺し合いをしてたし、それなりの力を持った奴の相手もしていたから遊んでた訳じゃない。先程も言ったけど、彼女に簡単に守られるほど弱くはないつもりだ。


けど甘楽は、それでも俺を守りたいと言う。
あの時から甘楽の世界には、俺しかいなくて、俺だけしか愛せないらしい。

折原甘楽は病的に、俺しか見ていなかった。



「臨也、好き…大好き、愛してる。私の可愛い、臨也…」

「や、分かった。分かったから甘楽、本当にそろそろ離して」



マジで近すぎるんだけど。え、何これ。どういう状況だよ。
確かに甘楽は俺を愛してるんだろう。だけど、だからと言ってこれはマズイ。色々な意味で。

何せ俺と甘楽の距離は五センチも離れてはいない。俺の視界は甘楽で埋め尽くされてるほど近い。そして、俺の膝の上に乗って俺の首に腕を回している甘楽に主導権がある。離れようとしても甘楽の腕力には敵わないと悟ったし、後ろに退こうにも背中にはソファの背もたれがあって退けれない。
そして甘楽の目。これを見た時、俺の頭では警鐘が鳴りっぱなしだ。その目は本気だ、冗談とかじゃない。甘楽は本気で―――本気でしようとしてる。


何をって?はは、そんなこと決まってるだろう。こんな状況で顔がこんなに近かいんだから分かるでしょ。キスだ、キス。絶対にそれしかない。あ、ていうか、また近付いてきた―――。



「臨也」

「ちょっ、かん―――」



ら、と続くはずの言葉が吐きだされることはなかった。俺の口は完全に塞がれてしまったからだ。


―――けどそれは、甘楽の唇によってではない。



「オイ、ブラコン女。手前、何しようとしてんだ」



すっかり存在を忘れかけていた、シズちゃんの手によって。

どうやらシズちゃんはいつの間にか俺の後ろに移動していたようで、背後から俺の口を塞いでるようだ。それはいい、助かったから。
けどシズちゃん、少し疑問なのは君まで近いってことだ。シズちゃんの顔は、俺の顔のすぐ真横にあった。正直、彼が喋る度に首筋に吐いた息が当たってむず痒いんだけど。今は文句を言おうにもシズちゃんによって口を塞がれてるから何も言葉を発することができない。


いや、そうじゃないな。
正確な理由を言うと―――何かを言える状況じゃない。

甘楽とシズちゃんが殺気のこもった視線で睨みあってるからだ。



「この野郎…っ!折角のチャンスを!」



オイ、チャンスって何だ。その口ぶりから察するとまるで前々から狙ってたように聞こえるのは俺の気のせいなのかな?そして口調が随分と荒れてる。いや、さっきから口は悪かったけど。女の子として有るまじき口の悪さだよ、甘楽。



「ハッ、俺がそれを許すと思ったかよ。大体弟相手にすることじゃねぇだろ」



後半はいい。けど前半にどうしても聞き捨てならない部分があったから突っ込ませてもらうよ。俺とキスするのに君の許可は必要ないと思うし、君が許す許さないの判定を下すのも間違ってる。俺と君は飽く迄も殺し合い相手であるから、そんなプライベートなところまで介入されると困る。



「シズちゃんには関係ないから」

「大有りだ。こいつは俺の相手だからな」



シズちゃん!関係ない、それ全然関係ない!
その相手ってのは“殺し合いの相手”だから。なんかその台詞、俺の彼女だからなみたいなニュアンスで聞こえる!変な意味に聞こえる!

ああっ畜生!この手がもどかしい、全部全部こいつらの意味不明なオメデタイ脳内に突っ込んでやりたい!俺が可笑しい部分を全て突っ込んでやりたいし、修正してやりたい!



「シズちゃんうっざい!」

「手前のがうぜぇよ」



お前等二人ともうざいよ!


その日、俺はその言葉を吐き出せることはなく、意味不明な討論を続ける二人の間に挟まれて無駄な疲労を負う羽目になったのでした、まる。











小さい頃、私は臨也が大嫌いだった。
私の大嫌いな人間の中心にいつもいる臨也が嫌い。いつも中心で笑ってる臨也が嫌い。大嫌い、一番大嫌いだった。

けど世界は変わり、私は気付いたのだ。
たった一言で私の“一番”覆った本当に理由を。


私が臨也を嫌っていたのは、沢山の人間に囲まれてチヤホヤされているからではない。中心で笑っていられる臨也が気持ち悪くて嫌っていたのではない。

――――嫌だったんだ。



『―――おれ、甘楽が一番だいすき』



私の唯一なのに、私に見向きもしない臨也が嫌だった。
だからその台詞を言われた時、臨也の中でも私が唯一だと知ったから私も素直になれて、私の中での“一番”はいつだって臨也なんだと気付いたの。


だから、ねぇシズちゃん。



「(…憎悪でも嫌悪でも何でも、臨也を振り向かせた君が、私は大嫌いだよ)」



私の臨也は、アンタには絶対に渡さない。





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メダカ様に捧げます!
これはギャグ…なのか?←
ただ甘楽姉がヤンデレになっただけな気が…!!



 
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