シズちゃんの力は、最早人間とは言い難いほど超越してる。あの細身の体で信じられないほどの力を発揮するんだもの、あんなの人間て言えない。
それに俺は人間全てを愛する自信があるのに、何故かシズちゃんだけは愛せない。それは即ち、彼が人間じゃないからだ。化け物じみた力を持って、理屈も常識も通じないアイツを俺は人間と認めるわけにはいかない。あんな奴、俺は知らない。


だから俺は、高校の時から全力でシズちゃんを殺しにかかった。シズちゃんさえ居なければ俺は人間全員を愛してると胸を張って言いきれる、シズちゃんさえ居なければ俺の常識を崩す人間はいなくなると本気で思ってた。
だけどある日、俺は気付いた。あれだけシズちゃんを人間だと認めたくなかった俺が、知らず知らずの内に彼も“人間”だとカウントしていたことに。

シズちゃんが居なければ俺は人間全員を愛せる?それは、彼が唯一愛せない“人間”だと認めての発言だ。
シズちゃんが居なければ俺の常識を崩す人間はいなくなる?それは、彼が唯一俺の常識を覆す“人間”だと心から思ったことだ。


俺は、知らないうちに、彼を人間だと―――そう、認めている。



「(有り得ない、ありえない、ありえない)」



けど、アイツは化け物だ。
人間を超越した力を持つシズちゃんは化け物。だから彼は、いつだって一人。周囲の人間は彼の人間離れした暴力を恐れ、彼は自分の力を恐れた。暴力の被害に遭いたくない人間は彼から離れ、彼も暴力を奮いたくないからか周りから離れた。

だから高校の時、シズちゃんの近くにいたのは俺と、変わり者の新羅と、お人好しのドタチンだけ。しかもシズちゃんの暴力を受け入れたのは俺だけ。新羅やドタチンでさえ、荒れたシズちゃんに近付くことはしなかった。
実質、シズちゃんの全てを受け入れたのは俺だけだった。そして、シズちゃんが全てをぶつけてくるのも俺だけだった。

シズちゃんは化け物だから、そんなシズちゃんを受け入れるのは精神的に他の人間と逸脱していた俺だけ。俺も周りの人間から見れば、精神的に異常をきたした“バケモノ”らしいから。


認めたくないし、信じたくないけど――――俺の全てを受け入れたのも、他の誰でもない、シズちゃんただ一人だったんだ。



「(な、んだよ…ほんと、ありえない、って……)」



―――だけど、最近になってシズちゃんは変わった。

暴力を加減することを覚えた。前よりも性格が穏やかになり、むやみやたらとキレることがなくなった。
そんな彼の周りには、俺が気付いた時には人で溢れていた。元々、暴力と沸点の低いところを除けばシズちゃんは“良い人”の部類に入る性格だったのは知っていた。だって俺が一番シズちゃんと長く、そして近くに居たんだ。そんなこと知ってるに決まってる。

シズちゃんが実はドタチン並みにお人好しだとか、その風貌に似合わず優しいんだとか。そんなこと全部、知ってる。シズちゃんが本当は人に好かれる、そんな人種だってことも、知っていたんだ。


シズちゃんから暴力を除けば、シズちゃんの優しさを知った人間は、必然的に彼に集まる。全部、知っていたことだった。けれど認めたくない現実だった。
だってシズちゃんは化け物で、他人と関わることに臆病になってた弱虫で、俺が唯一愛せない“人間”で、俺と同じで―――孤独に生きる、唯一の同種だと思っていたから。



「シ、ズちゃんなんか、嫌いだよ…大嫌い、だ」



あんな沢山の人間に囲まれ、人間らしく笑ってるシズちゃんなんて大嫌い。まるで俺の知らない人間みたいで吐き気がした。俺の知ってる平和島静雄という存在が一気に崩れ落ちた気がした。同時に、俺が唯一だと思っていた彼がもうこの世には居なくなってしまったのだと悟った。

それはつまり、俺は本当に独りなってしまったんだと、悟った。


彼には沢山の人が居る。だから一人でも独りでもない。
けど俺は、何時まで経っても一人で独りのまま。本当の孤独。

俺はこれから何を標に生きればいいのか、自分のことなのに分からなくなった。



「…シズちゃん……シズちゃん、」



何度も何度も、莫迦みたいにシズちゃんの名前を呼んだ。誰も居ない薄暗い路上で、何度も何度も。俺は震える自分の肩を抱いて、その場に蹲った。もう何も見たくないからか目を強く瞑って、真っ暗になった視界の奥で、先程目撃した沢山の人間に囲まれて笑ってるシズちゃんを思い浮かべた。
嗚呼、何やってんだ俺。馬鹿じゃないのか。何でシズちゃんばっかり思い浮かべてるんだろう。シズちゃんの世界にはもう俺なんて居ないのに。ほんと馬鹿だ。

だけど思い浮かぶのはシズちゃんしかいなくて、俺の口から零れるのもシズちゃんしかいなくて。俺の世界には―――シズちゃんしか居なくて。


だけど此処に、シズちゃんは居ない。居る訳なんてない。
だって此処は新宿で、俺は逃げるみたいにシズちゃんに気付かれないよう自分の拠点へと帰ってきたんだから。

今頃彼は、俺じゃない多数の人間と笑って日常を送ってる。俺の居ない世界で、俺が逃げるように去ってきた池袋で、シズちゃんは笑ってるんだろう。そう考えるとまた、無意識のうちに口は勝手にシズちゃんの名前を呼んでいた。



「…―――シズちゃんの、ばか」

「誰が馬鹿だ、コラ」

「っ、は?」



不意に聞こえた声に、思わず伏せていた顔を上げ、瞑っていた目を見開いた。
だってそれは此処には絶対に居ないであろう彼の声そっくりで、嗅覚に反応した匂いは彼がいつも好んで吸っている煙草と同じ匂いで、俺の目の前にある気配は彼のものと同じ気がしたから。

そして思った通り、俺の目の前に居るのは煙草を口に咥え、俺を見下ろしてるシズちゃんが居た。



「な、んで……シズちゃん、ここ、新宿だよ」

「手前が俺から逃げたからわざわざ追いかけて来てやったんだろうが」

「追いかけて来たって……何で、」

「臨也」



ピシャリと俺の言葉に被せるように俺の名前を呼んだシズちゃんに、思わず言葉を呑む。見上げたシズちゃんは今まで見たことのないような真剣な表情で、何も言えなくなってしまったからだ。
シズちゃんは俺と目線を合わせるように、俺と同じようにしゃがみ込み、サングラスの奥にある鋭い視線を俺にぶつける。俺はと言うと居ない筈のシズちゃんがいることと、思いのほか至近距離にあるシズちゃんの整った顔にまともな思考回路は存在しなかった。



「手前、何で俺から逃げた。何で俺から離れた。何で俺から―――去ろうとしやがった」



シズちゃんの目が細まり、俺を睨みつけてくる。いつものような殺気はないけど、何となく雰囲気で今シズちゃんが怒ってるんだろうということは分かる。
その証拠に、いつの間にかシズちゃんの手で握られた左肩に激痛が走る。きっと服脱いだら手形でも付いてるんじゃないかな、なんて下らないことを考えつつ、俺は何故か怒ってるシズちゃんを見返す。

その顔には如何にも不機嫌だと言わんばかりに歪んでいて、さっきまで笑ってた人間と同一人物とは思えなかった。



「ちょ、っと!痛いよ、シズちゃん!何なんだよ急にッ、離せよ!!」

「うるせぇ。いいから黙れ、ノミ蟲」

「何なんだよ、ほんと。逃げるだの離れるだの去っただの、いちいち何なの!?俺が何しようとシズちゃんには関係ないことだし、シズちゃんに干渉される筋合いなんてない!分かったらとっとと自分のテリトリーに帰れ、今すぐに!」

「何で俺がノミ蟲に命令されねぇといけねぇんだ。手前の言葉を借りるなら、俺が今から何しようとも手前に関係ねぇことだし、俺のすることを手前に指図される筋合いもねぇってことだ」

「なに、言ってんの…」

「だから黙ってろ」



そう言ったシズちゃんに、俺はそれ以上言葉を発することなんて出来なかった。
――――正確には言葉を紡ぐ口が塞がれ、出かかった不満の言葉を呑みこむ羽目になったのだ。

最初は何が起きたのか分からなかった。だけど近すぎるシズちゃんの顔と、唇に触れる温かみに、自分が何をされているのか分からないほど俺は無知ではないし馬鹿でもない。
ただ触れるだけのソレに、俺の顔には一気に熱が集まる。その行為に慣れていない訳じゃない、寧ろ慣れてるぐらいだ。もっと言えばそれ以上のことなんて数え切れないほどやってる。そんな俺を赤面させるのは、相手がシズちゃんだったからだ。



「し、ずちゃ―――」

「…変な顔してんじゃねぇよ。唯一の長所がボロボロだぞ」

「それは、シズちゃんのせいだろ…。ていうか、なんで」

「手前が俺から逃げるような真似するからだろうが。マジふざけんな、死ねノミ蟲」

「ふざけんなはコッチの台詞だよ。大体さ、俺がシズちゃんから逃げるのなんて日常茶飯事だろ。逃げないと殺されるんだから、全力で逃げるに決まってるじゃん」

「今日の手前は俺の暴力から逃げたんじゃなくて、“俺”から逃げたんだよ。じゃねぇとわざわざ此処まで来るか、それぐらい分かれ」

「分からないよ……シズちゃんのことなんて」



もう全てが分からなかった。シズちゃんがわざわざ新宿に来た理由も、シズちゃんが俺にキスした理由も、シズちゃんが俺に優しい理由も。何もかもが分からない。
俺の理屈や常識や道理が通じない存在、それがシズちゃんだ。それなのに彼は理解しろとばかりに俺に自分の考えを押し付けようとする。分からないと言ってるのに、返ってくる言葉は分かれだの無茶ばかり。

ねぇ、シズちゃん。君は何を考えて、俺をどうしたいんだよ。
キスした理由も優しい理由も、全部俺に分かるように説明してよ。

じゃないと、都合の良いことばかり考えちゃうよ?



「―――全部、手前の都合の良いように考えろよ」

「…俺、口に出してた?」

「いや、何となくそんなことグダグダ考えてんだろうと思って」

「何それ……本当にシズちゃんって、常識通じないね」

「うるせぇよ」



そんなことを言いながら、シズちゃんは普段では考えられないような手つきで俺を抱きしめた。まるで恋人にでも接するかのようにシズちゃんは優しくて―――。


――――俺は無意識の内に、シズちゃんの背中に縋った。





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キリ様に捧げます!
よく分からない話になってすみません;;



 
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