生臭い悪臭と醜い肉塊。以前まではそれらに吐き気を覚えていたが、今では何にも感じなくなっていた。
当たり前のように人を殺し、当たり前のように人を踏み躙り、当たり前のように人を蔑んだ。自分を守るためにと言い訳をして、今日も彼等は人を殺す。当たり前のように。



「今更何を躊躇してるんですか?貴方はそんなに弱い人間でしたか?」

「……黙れ」

「クフフ、そう殺気立たないで下さい。僕はただ、珍しく消沈している貴方を慰めに来てるだけですよ」

「必要ない。いいから消えなよ、目障りだ」



不愉快な声に雲雀は眉根を寄せ、その声元を睨み付けた。しかし睨まれている骸はそれすらも愉快だと謂わんばかりに、更に笑みを深くする。
可笑しくて可笑しくて、仕方がない。何故なら、イタリアンマフィアにおいて不動の頂点に君臨するボンゴレファミリーの雲の守護者であり、守護者最強とまで謳われた雲雀恭弥が。自身が手に掛けた死体を眺め、消沈しているなんて。

骸には可笑しくて堪らなかった。



「大丈夫ですか、恭弥君」

「……なにが」

「だって、気付いてないんですか?貴方…────今、泣きそうな顔してますよ」

「───…、」



泣きそうな顔とはどんな顔だ、と思わず雲雀は心の中で呟く。自分が泣いたなんて記憶は残っていないほど、随分と昔のことだ。もしかしたら泣いたのなんて、まだ“雲雀恭弥”という一人の個が確立される以前の話かもしれない。それほど雲雀は泣いたことがない。

どんなに痛い思いをしても雲雀は泣かなかったし、十年ほど前に目の前の不愉快な男によってとんでもない屈辱を受けた時も悔し涙なんて流すことはなかった。寧ろ、殺意が湧いたぐらいだ。
そして初めて人を殺した時も雲雀は泣かなったし、泣けなかった。流石に生臭い死臭を嗅いだ時は生理的な吐き気に襲われたが、一人の命を奪ってしまった瞬間に抱いたのは罪悪感などではない。同じ生物を殺したのに、抱いた感情はそこらで這いつくばる虫を殺したのと同じ気持ちだった。つまりは無感、つまりは“何とも思わなかった”。


雲雀にとって人を殺すのは、何でもない“日常”だった。これが自分の仕事なんだとあっさり割り切り、毎日のように手を血で染めた。



「(そんな僕が“泣きそう”…?)」



骸は、そんな日常になってしまった行為をする雲雀を泣きそうだと称した。毎日のように繰り返していた日常なのに、泣きそうなんて。そもそも泣いた記憶がなく、自分が泣く姿が想像出来ない雲雀には、骸が言っていることが理解出来なかった。

泣きそうな顔なんて、自分じゃ分からないのだから。



「……君の言うことは、理解出来ない」

「おや、そうですか?」

「僕が泣きそうだって?それ自体が可笑しいんだよ。こんなことで、僕が泣くわけないのに」

「人を殺すことが、こんなこと───ですか?」

「…そうだよ」



これは仕事、これは日常。別に嫌々でしていることではなく、この選択は全て雲雀自身がしたことだ。自分で選んで、この世界にきた。その時からこんな生臭い日常になるのだろうと心のどこかで分かっていた。自分が何れ、人を殺すことになるのだろうと分かって雲雀はマフィアに属した。
分かって、入った。そして、仕事だから仕方なく人を殺しているわけではないし、自分の行いに言い訳をするつもりもなければ、自分を正当化するつもりもない。

本当に何も思わないのだから、骸の言葉は心底理解出来ない。


骸はクフフ、と独特の笑い声を上げる。



「でもやはり、僕には貴方が泣きそうに見えます。どうしてでしょうかね?」

「知らない。君の勘違いなだけでしょ」

「勘違いなんかではないですよ。僕はいつも貴方を見てましたから、些細な表情の変化でも分かります」

「……何それ。君、そんなに僕のこと見てたの?気持ち悪い」

「おや?嫌でしたか?」

「僕の気付かないところでジロジロ見られるのは嫌だ」

「クフフ、では今後から申告してから見ます」



さて、と骸は血の海と化したそこを歩く。ビチャビチャと赤黒い血がズボンの裾に跳ね返っていることなんて気にせず、雲雀へと近寄る。
雲雀はそれをただ見ているだけで微動だにせず、すぐ真正面まで来た骸を見上げた。



「(…―――嗚呼、なるほど)」



その時、雲雀は漸く骸の言葉に納得した。

骸のオッドアイに映った自分の姿は、確かに弱々しい。これが骸曰く「泣きそうな顔」なのか。自分でも初めて見た。
何でこうなっているのかは雲雀にも分からない。ただいつも通りにしていた筈なのだが、どうしてだろう。もし今更になって、人を殺すことに罪悪感を覚え始めたのならとんだ傑作だ。思わず雲雀も失笑したくなるほどの傑作で、馬鹿馬鹿しい。


そう考えると思わず、自嘲じみた笑みが零れる。



「……どうかしました?」

「さぁ、僕にも分からない」

「今日の貴方はやはり可笑しいですね」

「そうみたい。何せ君に言われて気付くんだからね、本当に可笑しい」

「………帰りましょう、恭弥君。もう此処には用がない」



スルリと骸の冷たい手が、雲雀の頬に触れる。それを一瞥し、外れた視線をもう一度骸に戻す。
改めて見直した骸の表情は、とても柔らかい笑みを浮かべていた。こんな薄汚い場所には不釣り合いなほどの美しい微笑み。これが自分同様、数え切れないほどの人間を殺しているなんて、綺麗な表社会で生きる一般人には想像出来ないだろう。現に雲雀も、時々骸の存在がこの世界には似合わないような気がする。

可笑しな話だ。どちらかと言えば、雲雀よりも骸の方がもっと暗い闇の世界に長くいたというのに。
けれど骸は綺麗だ。この微笑みも全部、雲雀にはとても綺麗なモノに見える。幾度となく人を殺してきたであろう両手も、綺麗なままだ。やはり骸は、こんな世界には不釣り合いなほど綺麗で。



「(……それで、僕なんかには不釣り合いなほど…―――、)」



ここで、雲雀の思考が止まる。

今、自分は何を考えていたのか。そっと思い返してみる。
雲雀は今、骸と自分は不釣り合いなんだと無意識的に思ってしまったのだ。同じ世界にいるはずで、今もこうして隣にいるはずなのに、不釣り合いだと。

頭が勝手にどんどん動く。綺麗な骸と、染まった自分を想像してしまう。
そう考えれば考えるほど―――なるほど、顔が変になっていく。



「恭弥君…?大丈夫ですか?さっきよりヒドイですよ」

「うん、そうみたい。でもいいよ、原因は分かったから」

「泣きそうな顔の原因が?」

「泣きそうじゃないけど……ま、それだよ」



尤も君には教えないけど、と雲雀は鼻を鳴らし、骸の横を通り過ぎる。ビチャビチャ、と跳ね返る血液は先程の骸同様、気にしない。背後では骸が名前を呼んでいるがそれも気にしない。
だって骸は何も言わなくとも、気付けば雲雀の隣にいる。恭弥君、と名前を紡いで隣に近寄る。雲雀が望んだからではなく、全て骸の意思で気付けば隣にいるのだ。

雲雀が思う、綺麗な微笑みを浮かべて。



「…骸」

「何ですか、恭弥君」

「さっき、いつも僕のこと見てるって言ってたでしょ。…何で?」

「貴方が好きだからですよ」

「どう言った意味で」

「恋情的な意味で、です」

「……そう」



骸は綺麗だ。暗い闇も、汚い行為も、そんなものを一切気にさせないほどに。少なくとも雲雀はそう思う。自分なんかよりもずっとずっと、綺麗だ。

そんな彼と自分は不釣り合いなんだろう。
人殺しに罪悪感など覚えず、平然としていられる自分はやはり異常で内面的に汚い。だから不釣り合いだと思うし、骸には似合わないと思ったこの世界が、自分にはお似合いだった。

けれど骸は言う。
そんな雲雀に対し、恋情の念を抱いているのだと。まったくの不釣り合いである雲雀に、そう言っているのだ。



「……変なの」

「…恭弥君。流石の僕でも一世一代の告白を、変なのと一蹴されてはヘコみます」

「けど、やっぱり君は変だよ。僕なんかを好きになるなんて」

「僕は恭弥君だから好きなんですよ」

「………馬鹿だね」



僕なんかを好きになるなんて、とは言わない。きっと無意味だから。

雲雀は息を吐き捨て、今も変わらず当たり前のように隣を歩く骸に目を向けて、彼の名前を呼んだ。そうすれば骸は微笑みながら返事をする。
オッドアイに映った自分の顔はもういつも通りで、あの変な顔ではない。



「―――僕も君のこと、好きだったみたい」



不釣り合いであろうと何であろうと、彼が離れないのなら、雲雀が泣く理由なんてないのだから。





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雲→←骸

骸に依存してる雲雀に萌える。
そして雲雀一筋で依存しまくりの骸は可愛い。


無意識に骸と自分は合わないと思い、萎えて、骸に八つ当たり。
そんで合わない故にいつか離れるんじゃないかって考えて、骸曰くの「泣きそうな顔」になるけど、実は相思相愛なんだと判明し、雲雀も自分の想いに気付きハッピーエンド。

そんな補足のいる話でした。



 
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