一年の頃、俺は最悪最低とも呼べるクソみてぇな歪んだノミ蟲に出会った。

―――名前は折原臨也、俺と同級生で同じクラス。
最初にアイツの存在を知ったのは、休み時間の時に新羅が不意に「折原君てほんとモテモテだよね」と興味なさそうに呟いていたのを聞いた時だ。俺はキャアキャア騒ぐ女子の中心で愛想良く笑うそいつを一瞥して「ふぅん」と興味なさげに返答した。ただそれだけだ。本当に興味なんざなかった。



『―――ねぇ、』

『あァ?』

『君って、面白い“力”持ってんだよね?』

『……ンだ、手前…』

『嫌だなぁ、そんなに睨まないでよ。俺はたださ、君と“遊びたい”んだよ。平和島静雄クン?』

『遊びだぁ?―――ッ!?』



次の認識は、誰もいない放課後の廊下で突然話しかけられた時。女子に振りまいていたいけ好かない愛想笑いではなく、厭らしい笑みを浮かべた折原臨也は初めて言葉を交わした筈の俺に対して“遊ぼう”と持ちかけ、そして。

―――ナイフで切りかかって来た。



『ほぉら……楽しそう、だろ?』

『ッ、手前…!』

『あはは、いいね、その顔!もっと遊ぼうよ、シズちゃん』

『変な名前で呼ぶんじゃねぇよ!折原ァ!!』



その日、俺の中で折原臨也は興味のない奴から“大嫌い”なクソ野郎に変わった。


そしてその日から一年間、俺は臨也のうざったい手回しのせいで喧嘩三昧の日々を送る羽目になった。
平和に静かに過ごしたかった俺にしてみれば大迷惑だ。しかもアイツは、自分で手を出すことは少なく全て唆した他人に俺を襲わせた。それが更に俺の癇に障り、毎度のように襲ってくる人間を倒した後は必ず臨也を追いかけ、命がけとも言える喧嘩をしまくった。だけど一年間、俺は新羅とアイツと三人で行動することが多かった。尤も、新羅と居たら勝手にアイツが来て、不本意ながら三人行動が多かった。

でも二年に進級した時、アイツだけが別のクラスになった。それは俺にとっては好機だった。臨也のムカつく顔を見なくて済むと思った時はかなり嬉しかったが、アイツは俺が思っている以上にウザったく、同じクラスになった門田を引き連れて俺達の所に度々来ては、一年の頃同様、俺と変わらない喧嘩をする。
結局、二年になってもコイツと無意味な喧嘩をしねぇといけないんだと、俺は半ば諦めていた。早く死ねノミ蟲、と何度も何度も吐き捨てて、何度も何度もアイツと殴り合い、喧嘩した。非常に納得いかねぇが、それが俺と臨也の日常なんだと思っていた。


―――だけど日常とも呼べる喧嘩の最中に、アイツはあっさりと俺から意識を逸らした。



『ドタチーン!!』



アイツは、臨也は。門田に名前を呼ばれただけで俺から視線を外し、喧嘩を途中放棄して、門田に抱きついていた。俺が一年間、一度も見たこともない嬉しそうな顔。女子に振りまく愛想笑いでも、俺に向ける厭な笑いでもない、心からの普通の笑顔。俺はそんな臨也を知らないし、きっと新羅だって知らなかったはずだ。
けど門田は見慣れているのか大して驚くこともなく、抱きつく臨也を引き剥がすこともなく、あろうことか優しく頭を撫でていた。更に驚いたのは、あの捻くれている臨也が嫌がることもなく、寧ろ自分からその行為を受け入れていた。

門田と臨也が仲が良いのは知っていた。そりゃあ同じクラスだし、あの臨也が俺達にわざわざ紹介するぐらいには門田と付き合いはあるのだろうとは思っていたし、アイツが門田と話してる時は妙に楽しそうだとも思っていた。
その時の臨也は、どこにでもいそうな普通の男子生徒だ。人間全てを愛してるという狂いっぷりも、歪んだ内面も、門田と話している臨也からは微塵にも感じられない。アイツは門田と話すときだけは素直だと言うことを、俺はずっと前から、知っていたんだ。



「―――シ、ズちゃん、ちょ…タンマ。流石の俺も、もぅ、ダメっ」



ハァハァと息も絶え絶えに言う臨也の声に、俺は意識を取り戻す。ああ、そうか。俺は新羅達と別れてからずっとコイツを追いかけていたのか。考え事をしてたせいで俺自身にはどんだけ追いかけ回していたのか分からねぇが、臨也の疲労っぷりを見る限りだとかなりの時間、追いかけ回していたんだろうな。
臨也は既に体力の限界なのかその場に座り込み、浅く息を吐き捨てて懸命に呼吸を整えていた。普段の俺だと絶対に待ってなんてやらねぇが、生憎と今の俺は正常じゃないらしい。

先程の臨也と門田が、脳裏から離れなくてグルグルして気持ち悪ィ。



「はぁー…疲れた。何でシズちゃんはまだ余裕なんだよ、信じらんない」

「手前が体力ねぇだけだろ」

「シズちゃんの体力が異常なんだよ、馬鹿」

「…うっせぇよ」

「…………ねぇ、どうしたの?今のシズちゃん、いつもと違うんだけど」



どうやら臨也も俺の様子に気付いたらしく、座り込んだ体制のまま俺を見上げてくる。訝しげな目は俺から外されることはなく、無言でただ突っ立っているだけの俺に気分を害したのか眉を少し寄せて、臨也はもう一度「どうしたの」と今度は強めに問いかけてきた。



「(どうした、だと?…ンなこと、俺が一番聞きてぇよ)」



俺は、自分がどうしてこんなに消沈してるのか分からない。
原因は先程の臨也と門田のやり取りなんだとは、何となく分かる。それをグダグダと考えまくってるんだから、それしか原因はねぇだろう。だけど俺が分からねぇのは、それで何で俺の気分が自分でもびっくりするぐらいガタ落ちしているのか、ということだ。

何でだ。何で俺はこんなに落ちてんだ?寧ろ、ヘコんでんのか?悔しがってんのか?
臨也が俺との喧嘩よりも、たった一度名前を呼んだだけの門田を優先させたことを?それとも、俺には一度も見せたことのない顔を門田には簡単に見せていたことか?


考えれば考えるほど分からない。



「…ちょっとシズちゃん?聞いてんの?」

「っるせぇよ、ノミ蟲。少しは黙りやがれ」

「何だよ、それ。シズちゃんが俺の問いかけを無視すんのが悪いんじゃん。人が折角、いつもと違うシズちゃんを気遣ってかけた言葉を、こーんなあっさりと無下にするなんて酷すぎない?」

「手前の口から気遣うっつー言葉が出るとはな。気色悪すぎて吐き気がする」

「いくらなんでも今のシズちゃんをからかってやるほど俺も暇じゃないし、何よりツマラナイんだよね。だからさ、さっさと戻ってよ。調子狂うから」



そう言って臨也は溜息を吐き捨て、立ち上がった。どうやらある程度の体力は回復したらしく、既に呼吸も正常だ。だからか、臨也の口はいつも通りによく動く。だけど俺は、いつものように臨也に対して苛立たない。それは俺がいつも通りじゃないからだ。普段からあまり考えることをしないせいで、珍しく考え事をすると中々原因究明に時間がかかる。その上、俺自身の中でも上手く考えがまとまらなくて困る。

結局俺は、あのやり取りを見て何を、どう思って、どうしてこうなっているのか。
自分のことである筈なのに、まったく分からない。



「…オイ、臨也」

「何?」



故に結論。

俺は考えることを放棄した。
いくら考えたところで分かんねぇもんは分かんねぇんだから、考えても仕方ないだろ。



「…門田と、仲良いんだな」

「そりゃあ俺、ドタチン大好きだし。俺は仲良いつもりだよ」

「…―――そうか」



例え、あっさりと肯定された門田に対して更にムカついても。


俺は考えることを、放棄した。
…………今は。





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もやもやシズちゃんと、まったく気付く気配もない臨也。
ていうか、ドタチン出てないのにやたらと名前だけはいっぱいw

臨也はドタチン大好きっ子故に、あっさりと大好き宣言しちゃいます←



 
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