月曜日、この日はノミ蟲が池袋に来やがった。
相変わらず胸糞悪いニオイをさせているのですぐ分かった。丁度、仕事も一区切りついたところだったので、トムさんに断りをいれてからすぐアイツの後を追った。何か余計なことをされても困るので、監視してやった。

アイツは上機嫌に携帯を取り出し、どこかに電話をしていた。機械越しのため、相手の声は聞こえないが臨也は「遅くなる」やら「頼んだよ」だの言っていた。俺には何のことか分からないが、おそらくは仕事関係のことなのだろう。本当なら相手もろともぶん殴って、思いっきり邪魔してやりたいが、臨也が電話の向こう側の人物のことを「波江」と呼んでいた。きっと女だ。女には滅多なことはできない。とりあえず、「波江」という人物の素性をつきとめ、どうするか決めよう。もしも、厄介な奴なら女でも殺す。そんで臨也も殺す。



「いいいいいいざあああああやあああああ!!!!!」

「げっ、シズちゃん…!じゃあね波江っ、あとよろしく!」

「池袋来ンじゃねぇって、言ってんだろぉがぁぁぁ!」



この日は自販機を投げてから、逃げる臨也の背中を追った。





火曜日、この日は仕事が休みだった。特にすることもない俺だが、殺風景なアパートの部屋でだらだら過ごす、なんてことはせず、今日も変わらず池袋の街を歩く。仕事が休みだろうが関係ない。いつ何時、俺のいない間にあの害虫が来るか分かったもんじゃない。俺は俺の役割りを果たさなければならない。人に害を振り撒く折原臨也と言う名のノミ蟲が好き勝手できないように見張る役割りがある。

初めは池袋をぶらぶらしていたが、どうも臨也の気配がしない。どうやら今日はまだ池袋には来ていないようだ。仕方がない、どうせ仕事もないのだから新宿に行って見張るか。そうすれば池袋の足を踏み入れる事は出来ない。そしてもしかしたら、昨日アイツが電話していた「波江」ってヤツに会えるかもしれない。そいつが害になりそうならば排除するべきだし、そうでないならばアイツから離れるように諭せばいい。万が一、「波江」ってヤツが臨也の信者、もしくは臨也に惚れているようならば仕方がない。ぶっ飛ばそう。それしかノミ蟲の毒から逃げる方法はない。よし、良案だ。これこそ一石二鳥ってやつか。
そうと決まれば実行あるのみだ。地下鉄を乗り継ぎ、やってきた新宿。池袋とはまた違った雰囲気の街は俺に馴染みそうにない。何よりアイツがいる街だ。馴染めないのは仕方のないことかもしれない。


新宿に足を踏み入れてからというもの、アイツのいけ好かないニオイが充満していて嫌になる。特にニオイの濃い場所は、アイツがよく行く喫茶店だったり、店だったりする。そう言えば、あの店の店員がやけに臨也を見ては顔を赤くさせていた。どうやらその店員は辞めてしまったようだ。

そんなことを考えながら店の前を通り過ぎようとした瞬間に、店の自動ドアが開いた。長い黒髪を靡かせた、やけに美人の女だった。いつもならばこのまま通り過ぎるはずの俺の足は前に動くことはなく、目を見開いて立ち止まってしまった。向こうも俺に気付いたのか同じように目を見開き、立ち止まった。
もしもこれがドラマの世界ならば運命だと感じるのだろうか。しかし生憎と、俺にも女にも、そんな感情は一切ない。



「………平和島、静雄…」

「…臨也の、コート…」



どうやら女は俺のことを知っていたらしい。やはり臨也の関係者か。でなければ、ただの女が臨也のニオイを強く纏ったコートなんて持っているはずない。よくよく嗅げば、コートだけでなく女自身からも臨也のニオイが感じられる気がする。

嗚呼、分かった。きっとコイツが「波江」ってヤツが。そしてコイツは臨也の信者なんかじゃない。もっともっと近いところにいるヤツだ。だったらコイツは危険だ。あのノミ蟲がコートを預けるぐらいなのだから、それぐらい信頼、もしくは親しいと感じているのではないか。嗚呼、駄目だ。女相手にこの力を揮いたくはなかったが、どうしようもない。



「アンタが波江か?」

「…ええ。どうして貴方が私の名前を知っているのかは分からないけれど、とりあえずその理不尽な怒りを治めてくれるかしら?」

「無理だな。手前がアイツの関係者なら、俺はそれを見逃すことは出来ねぇ」

「アイツの関係者だから怒っているの?“アイツと近い”からではなくて?」

「……何が言いたいんだ」

「何も。でも不愉快ね。もしも私がアイツに近いと思われているのなら心外だわ。彼はただの上司、私はその部下。それだけの関係よ。貴方が思うような関係ではないことは断言できる」

「そのコートは?」

「あの馬鹿がコートをこの店に忘れてきたからわざわざ取りに来たのよ。ケーキを買うついでにね」



案外、抜けているから困るわ、と鼻を鳴らす女に眉を顰める。まるで、「貴方は知っていたかしら?」とでも言いたげな冷めた視線に苛立ちすら感じる。
女だからと極限まで我慢しようとしたが、どうしようもないことはどうしようもなかった。今、俺の、目の前にいる、アイツのコートを、アイツのニオイを、アイツの形跡を、持った女を、俺は、どうしようもなく、どうしようもない、殺意を、抱いた。

―――“邪魔だ”、それが俺の下した判断であった。



「…やっぱり不愉快ね。貴方の理不尽かつ勝手な怒りに、私を巻きこまないでちょうだい」

「……アイツとの関わりを切るっつーなら考えてやる」

「それは無理ね。だけど………貴方にこれをあげるわ」



そう言って差し出されたのはアイツのコートと箱。おそらく中身はケーキなのだろう。女はそれを俺に差し出して「受け取りなさい」と、やはり冷めた目。思わず毒気を抜かれた俺は無言で手を差し出すと、コートと箱を手渡された。



「それは貴方が届けなさい。家に行く口実が出来るでしょう」

「…なんで俺がそんなこと…」

「嫌ならその辺りに捨てておけばいいわ」



勝手にしなさい、と女は言い残し、俺が来た道を辿って行った。呼び止めようと口を開けかけたが、思いとどまる。手に感じるコートと箱の重みが意識を逸らしたからだ。

確かにあの女には怒りを通り越した殺意を感じたが、それでもこのコートとケーキには何の罪もない。俺はただ、女の任務を肩代わりしてやり遂げればいいのだ。決して俺が望んだことではないけれど、それでもやはり、コートとケーキに罪はない。
仕方がない。仕方がないことなのだ。俺が行かなければゴミと化すのだ。それは勿体ないから俺は行く。決して、俺が望んだことでは、ない。



「―――…アイツも不運ね」



そんなことを、女が言っていたとは知らず、俺は臨也のマンションへと向かったのである。
ちなみに、その日の新宿は戦場と化したのである。





水曜日、仕事に精を出す。今日も往生着の悪い奴にキレてしまい、ついぶっ飛ばしてしまった。
しかし今日の奴は悪趣味な奴だったらしく、覗いた室内は薄暗く、異様なニオイがした。俺もトムさんも思わず眉を顰めてしまった。部屋の主は俺がぶっ飛ばしてしまったせいで気を失っている。これでは金を払わせようにも払えない。しまった、面倒だ。今日だけで終わらせるはずだった仕事なのに、また改めて来なければならない。俺はトムさんに謝罪をいれる。トムさんは「まぁ、仕方ねぇべ」と笑い飛ばしてくれた。本当にいつもトムさんには迷惑ばかりかける。それなのにいつも笑って許してくれるトムさんには、一生頭が上がらない。



「……にしても、何のニオイなんだか…」

「…臭いッスね」



トムさんはズボンに両手を突っ込み、何の躊躇いもなく部屋へと入って行った。勝手に入るのは多少気が引けたが、このニオイの正体に興味があったのも事実。結局、俺もトムさんに続いて行った。

の、だが―――――。



「…………う、わぁ…」



トムさんのどん引きした声が聞こえるが、俺は何の反応も返すことができなかった。それどころではなかったのだ。

辺り一面、俺の大嫌いなヤツの写真が貼り付けられていたからである。ピントの合っていないもの、どこからか引っ張ってきた画像を伸ばしたのか、やけに画質の荒いもの、どこから入手したのか、綺麗に撮られている写真は丁寧に写真立ての中におさめられている。



「…ストーカーってヤツだな、こりゃあ」



正真正銘のストーカー、しかもよりにもよって同性、しかも折原臨也の。なんて悪趣味な野郎だ。そのセンスはいただけない。よりにもよってノミ蟲なんかを好き好んで追い続けるだなんてどうかしているとしか思えない。だってアイツは頭がイカレタ化け物なのだから。本当、どうかしている。



「………やっぱりアイツは害虫だ」

「?…何か言ったか、静雄」

「いえ、何も」



とりあえず気持ち悪い悪趣味ストーカー野郎はもう一回、殴っておこう。





木曜日、この日は池袋に来やがった。鬱陶しい奴だ。
この日も臨也は楽しそうにニヤニヤと周りを見ていた。なんて気持ちが悪いノミ蟲なんだろうか。いい加減、自分は周りの人間に悪影響を及ぼす害虫なのだと気づくべきなのではないか。その顔をむやみやたらに見せるべきではない。気分が悪くなる。

誰かの気分を害してもいけないと思い、この日は初めから自販機を投げつけ、標識を持って臨也を追い掛けた。その頃が確か、昼過ぎだった。しかし気づけば空は青から赤色に変わり、体力のない臨也は最早立つこともできないのか、汚いコンクリートの上に座り込んでいた。俺はそんな臨也を上から見下ろした。ハッ、ざまあみろ。
息絶え絶え、立つことも出来ない。それなのに俺を見上げる赤色は弧を描いていた。そして唇が何かを紡ごうと開きかけた瞬間、これ以上気分を害しては堪らないと思い、臨也の腹を蹴り上げた。勿論、手加減はしているのでアバラが折れるなんて事態にはなっていないと思う。



「臨也…」



しかし手加減しても強い衝撃だったらしく、臨也は気を失ってしまった。このまま置いておくのは池袋の治安に悪いと判断し、俺は臨也を抱き上げた。
そうだ、これ以上、池袋をチョロチョロされないように首輪でもつけてやろうか。もう二度と、悪さの出来ないように。そうすれば俺がわざわざ新宿に行くことも、あの女が臨也の忘れ物を取りに行くこともなくなる。そんなことを考えつつ、俺は知らない間に笑っていた。嗚呼、胸糞悪い。





金曜日、猫を飼い始めた。本当は犬派なのだが、猫を飼い始めた。
猫は気紛れでプライドも高く、躾けるのは困難だと聞く。しかしこれ以上の悪戯をされるのも、ふらふらと何処かに行って問題を起こされても困るので、躾けは十分にしておこうと思う。

警戒心で固め、殺意と怒気の籠もった暗い赤色の双眸で睨みつける猫を俺は見下ろし、手を伸ばす。すると猫は反撃とばかりに俺の指に思いっきり噛み付く。だけど俺の体にそう簡単に傷がつくはずもなく、好きなだけ噛ませておく。それでも猫は噛み続ける。無駄だと一番分かっているくせに、小さな反抗を見せる。

まったく可愛げのない猫である。





土曜日、昨日よりは冷静になった猫が俺に問いかけた。



『どうして此処に連れて来たのか』
『どうする気なのか』
『何が目的なのか』

俺は猫の三つの問いを一つの答えにまとめた。



「手前がもう悪さをしねぇようにだ」



猫は、意味が分からないと吐き捨てた。





日曜日、三日しか経っていないが妙に順応性の高い猫は既に普段通りに戻っていた。
この日も猫は問いかける。



『君の望みはなんなのか』
『本当の目的はなんなのか』
『俺にどうしてほしいのか』

俺は、やはり一つの答えにまとめた。



「俺は手前が大嫌いだ」



猫は、俺の言葉の裏に気付いて溜息を吐いた。





――――――月曜日。

首輪を買った。勿論、数日前から飼い始めた猫用にだ。
色は瞳の色と同じ赤色を選んだ。何処に行っても分かる様にと鈴のついた首輪だ。

俺が首輪を見せると、猫は昨日の比じゃないぐらい大きな溜息を吐いた。拒絶の言葉も受容の言葉もない。怒りも絶望も喜びも悲しみも、猫からは何の感情も読みとれなかった。


ただ言えることは、



「…似合ってるぞ、臨也」

「……それはどうも、“静雄クン”」



猫は、笑わなくなった。





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大変遅くなってしまい申し訳ありません!
匿名様に捧げます。

stk要素が少なくて申し訳ありません(´・ω・`)
しかもいつもの如くgdgdと……私のks具合が垣間見える文となりましたね!(爆)


うっうっ…スランプ脱出が程遠い…。



 
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