自分でも何をやっているのだろうと思う。

世間はクリスマスだと賑わい、家族や友人、恋人などと過ごす人間はこの池袋の街だけでも沢山いることだろう。
街を歩けばまさにクリスマス一色。輝かしいばかりのイルミネーションに彩られた街は素直に綺麗だと思った。その光り一つにつきどこかの誰かが幸せなのかもしれないと柄でもなくクサイことを考えたりもした。


それだと言うのに自分は、何をしているのだ。

自販機を投げつけられ、標識で殴られそうになって、その結果がコレだ。いつもならば上手くかわせる天敵の攻撃を今日に限って食らってしまい、しかも不幸なことに足を挫いてしまった。まったくついていない。池袋の人間の多くが幸せな分、自分が彼等の不幸を全て請け負った気分だ。
これも普段の行いのツケなのか。誰に問うてみても答えは返ってこないが、聖なる夜にこのような不運に見舞われてしまうとついつい考えてしまう。



「臨也君よぉ…考え事とは随分余裕そうじゃねぇか」

「っ、そう見えるなら今すぐにでも、眼科に行くことをお勧めするよ」

「そんなにボロボロになっても口だけは普段どおりだな」

「これが俺のアイデンティティーなもんでね」



凶悪な面に笑みを浮かべた男を鼻で笑いながら見上げて、いつものように軽い口調で答える。そんな自分が滑稽にでも見えたのか、彼は普段のように怒ることはなく逆にこちらを鼻で笑い返していた。
なんとも不愉快な気持ちになりながらも笑みだけはせめて絶やさないように努める。全然楽しくないが、それでも笑っていないと何だか自分でも惨めな気分になってしまう。聖なる夜に大嫌いな天敵に今から溜まりに溜まった怒りをぶつけられるのだ。今笑っていないと後では絶対に笑えない。


いや、もしかしたら今日こそが自分の命日になるのかもしれない。キリストと同じ命日だなんて自慢にもならないし嬉しくもないが、これが宿命であり運命だと言うのならば自分は最早諦めるしかないだろう。宿命も運命も微塵にも信じてはいないけれど。

もしくは、今まで散々してきた悪行を浄化するという意味でクリスマスが自分の命日にでもなったのか。しかし果たして自分の悪はそんなことで浄化できるのだろうか。浄化できるほど軽い行いだったのか。もしかしてクリスマスだけでは浄化し切れない残りの罪が、天敵に殺されるという罰になったのか。

とりあえず不幸であり不運であることには違いない。



「ねぇシズちゃん、知ってる?今日ってクリスマスなんだよ」

「馬鹿にしてんのか。それぐらい知ってる」

「分かっているならどうして君は普段どおりに俺を追いかけてくるかなぁ。折角のクリスマスなんだし、誰か親しい人と過ごせばよかったのに」

「クリスマスだからって手前を見逃すわけねぇだろ」

「君のしつこさを俺は少し見誤っていたよ。流石にクリスマスまで追いかけっこはしないだろうと予想していた自分をぶっ殺してやりたい」

「別に自分でしなくても俺が殺してやる。せいぜい感謝しろ」



やっぱり自分は殺されるのか。この破壊神によってぐちゃぐちゃにされ、血まみれになって死んでしまうのだろうか。せめて、他人に褒められる唯一の美点である顔だけは見れるぐらいに留めて欲しいが、自分の願いをこの男が聞き入れるはずないので何も言わない。



「(ほんと、何やってんだろ……俺も、コイツも)」



今の自分は酷く哀れなことだろう。既に身体はボロボロで、動くことすらままならない。口では余裕ぶってベラベラと言葉を紡ぐがこんな状態で悪態をついたところで何になると言うのだろうか。滑稽でしかない。
そして彼もそうだ。年に一度しかない聖なる夜を、天敵である自分を潰すことで全てを無駄にしてしまうのだ。折角の夜を自分なんかと過ごすことになる彼も、ある意味で可哀想だ。

彼もどうせならば親しい人間と過ごしたいだろう。過ごす相手がいなくとも自分とだけは過ごしたくないことだろう。
生き続ける限り何度も経験できるクリスマスではあるが、この年のクリスマスは今日しかないのだ。しかも自分を此処で始末しても、毎年クリスマスになる度に彼は自分を思い出す羽目になりそうだ。何故ならばクリスマスは彼自身の手によって自分の命日になるのだ。そんな出来事を忘れられるはずないだろう。例え自分の存在を忘れても、クリスマスによって彼の記憶は甦ってしまう。自分という、大嫌いな天敵を。


そうなると彼も酷く哀れだった。長らく追い続けた自分を始末しても、クリスマスというイベントで自分の存在を思い出す羽目になるのだから。楽しいはずのクリスマスに思い出したくない自分を思い出して顔を顰める。
自分という存在は死しても尚、大嫌いな天敵を苛立たせる。もしそうなるならば案外キリストと同じ命日もいいのかもしれない。



「…まぁ、もうどうでもいいか」

「あ?」

「何でもない、独り言。それよりさ、殺すなら早くしてくれる?寒いんだよ」

「……殺されてぇのか?」

「まさか。殺されたくないし死にたくもないさ。けど、君が俺を見逃すとは到底思えないから早々に諦めることにしたんだよ。悪足掻きをしたところで変わらないなら、このまま身を委ねてやろうかと思ってね」

「身を委ねるなぁ…。それじゃ今から俺が手前をどうしようが文句は言わねぇんだな?」

「言わないも何も……言わせてくれんの?」

「いや、言われても聞かねぇ」

「じゃあ言うなよ」



呆れたように溜息を吐いて臨也はそっと目を伏せる。今まであれほど生に執着していたのに今では驚くほどあっさりと死を受け入れている自分に臨也は自嘲気味に顔を歪めた。

抵抗したところで目の前の男には通用しない。そしていくら口を動かしたところで今の自分では負け惜しみ程度にしか思われない。しかも身体は満身創痍で言うことをきかない。まさに絶体絶命、逃げ道も事態の改善策もない状態。諦めるしかないのだ。
生に執着しても変わらないならば諦めた方が良い。そして相手は長く啀み合ってきた大嫌いな天敵。そんな相手にみっともなく命乞いをするのは臨也のプライドが許さなかった。


したいことは沢山ある。人間への興味は尽きないし、何よりこの街で起こる混沌をまだまだ見続けたい。死にたくも、殺されたくもない。出来ることならば人生を全うして苦しまず眠るように死にたかった。
いくらこれからの人生図を描いたところで、結局叶いそうにないので考えるだけ無駄なのだが。


臨也はそう思いながら目を閉じる。これからくるであろう衝撃を想像しつつ、無意識のうちに身体を強張られた。



――――けれど臨也が想像していた衝撃はいつになってもこなかった。



「―――…はっ?」



臨也が想像していた“肉体的衝撃”は、確かにこなかった。
しかしその代わりに、想像していなかった“精神的衝撃”が臨也を襲った。


――――あの平和島静雄がなんと、自分の頭を撫でたのだ。
驚愕のあまりについ目を見開き静雄を見れば、すぐ目の前にその端整な顔があって臨也は言葉を無くした。



「な…にやって、」

「頭撫でてる」

「そうじゃなくて…。俺が言いたいのは、どうしてそんなことしてるんだってことだよ!」



意味が分からないといった風に臨也は声を張り上げ、頭に置かれた静雄の手を振り払った。鋭い眼力で静雄を睨む臨也に対し、当人はきょとりと目を丸くして小さく首を傾げる。はて、自分は何か可笑しなことをしたのだろうか。何故臨也は怒っているのだろう。

静雄は視線を宙に泳がせ、暫く考え耽てみた。


答えは案外あっさりと見つかった。



「そういやまだ言ってなかったな」

「何をだよ」

「今この瞬間から手前は俺の恋人だから、そのことを肝に命じとけ」

「は……、はぁぁぁぁッ!?一体何がどうなってそうなった!」

「俺が手前をどうしようが文句は言わねぇっつったろうが」

「そうだけど…!そうじゃなくて!!それがシズちゃんの恋人になるのとどう繋がるの!?ていうか、何で恋人になるの!?シズちゃん恋人っていう意味分かるってる?恋人っていうのは好き勝手に殴れる大嫌いなノミ蟲っていう意味じゃないんだよ?分かるってる?」

「付き合ってる相手のことだろ?」

「理解してた!!」



どうやら意味を誤認していたわけではないらしい。だがしかし、余計に意味が分からなかった。

何故自分達が恋人にならなければいけないのか。出会ってから殺し合いしかしていなかった自分達が友達をすっ飛ばして恋人になるというのか。とてもではないが正気沙汰とは思えなかった。
一瞬、怒りすぎのせいでついに静雄の頭が沸いたかとも思ったが、正面の彼の目は真剣そのものだった。冗談を言っているようにも意識が飛んでいるようにも見えなかった。



それもそのはず。
静雄は至って真面目に真剣だった。



「知ってるか、ノミ蟲。今日はクリスマスなんだ」

「いや分かってますけど」

「本当は手前ンとこに押し掛けようと思ってたんだけどよぉ、手前が池袋に来てて手間が省けた」

「…へ、へぇ。何で?」

「あ?そりゃ…今日までには、手前を恋人にしてやろうと思ってたからな」

「な、何で、俺を恋人にしようと……」

「好きだからに決まってんだろ?それ以外あるか?」

「…………」



俺のこと好きだったのかとか、何時から好きだったのかとか、ていうか何で俺のこと好きなんだとか、臨也にはその他諸々言いたいことがエベレスト並みに沢山あった。しかし一つも紡がれることはなかった。

最早、臨也は驚愕と衝撃とキャパシティーの限界により絶句していた。



「―――まぁ何にせよ、文句は言わないって言ったのは臨也君だもんなぁ?」

「…シズちゃん、あの、」

「手前をどうしようが俺の自由だよな?そんでその俺が恋人になれって言ったんだ。手前の答えは一つあれば十分だよな?」

「いやだから、シズ…」

「というわけで臨也、今から手前は俺のモンだ。分かったか」

「お願い待って。俺の話を聞いてシズちゃん、だからね、」

「分かったよな?」

「い゙っ…!?痛いイタイイタタタタタッ!分かった、分かった分かった!!分かったから頭から手を離して痛いっ!」

「最初から言えよ」



静雄は満足したように頷くと、握り潰そうとしていた臨也の頭を今度は撫ではじめた。その変わりようが逆に臨也にとっては恐怖である。今度は本気で握り潰されそうで恐怖しか沸かなかった。なので臨也は引きつる顔はそのままで、静雄の好きなようにさせた。


これならば殺された方が良かったかもしれないと、臨也は思った。
しかし、それを静雄に言える勇気は臨也に残されていなかった。



「つーわけで、今から俺の家行くぞ」

「ななな何で!?」

「クリスマスだし、恋人と過ごさねぇでどうすんだ」

「…っ!」



俺オワタと、臨也は脳内でプギャーしていた。発狂していた。取り返しのつかない事態に思考がトんでしまった。

最早、臨也にはどうすることも出来なかった。



「メリークリスマス、臨也」

「………メリークリスマス…シズちゃん」



クリスマスは自分にとって忘れられない日になったと、死んだ目でそう告げる臨也に新羅と京平は必死で励ましたそうな。





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メリークリスマス!
なのに幸せな感じではないただの静→→→臨ww


この後臨也はシズちゃんの重すぎる愛により段々洗脳されていきます。笑
俺もシズちゃんのこと好きなんだよそんなんだよきっとそうだよ俺そう思わなきゃやってらんないよ俺、みたいな感じです(^q^)



 

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