軍パロディ
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軍人は国家の狗だ。
上の命令は絶対、逆らうことは許されない。命令ならばどんなに下劣で冷酷なことであっても忠実に成し遂げる。それが軍人の宿命だった。
例え、己の命が危険に晒されようとも最優先は上からの命令。死んでも遂行しなければならない。もしも自分の命を優先させた場合でも、どうせ命令違反だの国の恥だのと散々罵倒された挙げ句に殺されるのが関の山。

軍人は、国家の狗だ。
しかしそれと同時に、下級兵は上級兵の狗でもあった。下の者が上の者からいい様に使われている間、上の人間はよく肥えた腹を揺らして醜悪な面で笑っていることだろう。なんとも胸糞悪い限りである。



「―――何処に行く気だ」

「……上に呼ばれているんです」

「あぁ?手前、昨日も呼ばれてなかったか?」

「一昨日もですよ」

「……呼び出しの理由は何だ」

「私が知るはずないでしょう?ただ“来い”と命令されたのならば行かなければならないのですよ、平和島大佐」

「………、」



見る見るうちに不機嫌になる上司を一瞥し、何か文句を言われる前に出て行こうと背を向けようとした瞬間。地を這うような低音で「おい」と呼びとめられる。
心中、面倒くさいと愚痴を零しつつも俺は声に従い振り向く。何故ならば、相手は俺の上司。大佐という地位についている彼の命令は、俺にとっては“絶対”なのだ。別にそんなことで彼が怒り狂い、命令違反だのと逆上して俺を怒鳴りつけたりするわけないとは分かっているが、一応優秀な“部下”である俺は素直に従う。

しかし振り向いて少しだけ後悔した。その先にいる彼は静かであるが、その内に確かな怒りと殺気を滲ませている。
ああ、面倒なことになるぞと溜息を吐き、背筋を伸ばして彼を見据えた。



「行くな、と俺が“命令”したら手前はどうする」

「申し訳ございませんが、そればかりはいくら大佐のご命令であっても従えません」

「…誰に呼びだされた」

「名前を言ったら大佐、きっと乗り込むでしょう?なので黙秘します」

「俺の命令に従えねぇってことは俺よりも上の奴なんだろ?階級ぐらいは言え」

「大将です」

「………あのクソジジィ共か…」



あっやべ階級言っちゃった、と思った時には既に時遅し。目の前の上司は静かだった怒りと殺気を増大させ、拳を強く握っている。ドスのきいた声でクソジジィと吐き捨てる姿はまるで修羅か鬼だ。一般兵が見たらそれだけで死んでしまうのではないだろうか、と思うぐらい恐い。尤も俺は見慣れているから平気だけど。

それよりも俺は、刻一刻と時間が過ぎていっていることの方が重要だ。どんなに肉の肥えた下賤で下衆な奴からの呼びだしだろうと、相手は大将。少佐という地位である俺が逆らえるわけない。
早急に来いとは言われてないが、これ以上の時間のロスはいただけない。早々に向かわなければ後々面倒なことになる。面倒なことは出来るだけ避けたい。特にそれが自分に関係することならば尚更である。



「話が以上でしたら、私は行きます」

「…納得できねぇ」

「そうですか。けれど私は行きますから、大佐は私が帰ってくるまで“此処で”大人しく執務でもしてください」

「執務は嫌いだ。どうせやったとこで分からねぇよ」

「なら大人しくしてください。では、」

「―――臨也」



二度目の呼び止めに若干の苛立ちを覚えるも、再び素直に従う。なんてよく出来た部下だろうか、流石は俺。こんな暴力しか取り柄のない単細胞上司には勿体ないほどの優秀ぶりである。
それが分かっていながら、好きでこの上司の下にいる自分は本当にどうしようもない。思わず笑いが込み上げてくる。


俺がどうでもいいことを考えていると、向こうはどうやら俺が話を聞いていないと勘違いしたようで今度は強めに「臨也」と俺を呼ぶ。例え自室内にいても業務中は階級で呼べと、あれほど口をすっぱくして言ったのに当の本人はまったく聞き入れてくれない。
やっぱりどうしようもない単細胞で、どうしようもない俺様上司だ。



「…もう、シズちゃん。業務中だよ」

「俺と手前しかいねぇんだからいいだろうが」

「そういう問題じゃないって…。はぁ、もういいや。それで何なの?」

「ああ、そうだ。ちょっとこっち来い」

「?……一体なにを―――、っ!」



ちょいちょいと手招きするシズちゃんに近付けば、腕をグイッと強い力で引き寄せられた。少し驚いて目を見開けば、その視界一杯に広がっていたのは見慣れた金色。後頭部と腰に回っている、大きな手。


そして首元に感じる生温かい吐息と、



「っ、ちょっ」



熱くて甘い、痛み。






 

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