トム+臨也
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それは華奢な身体を小さく丸め、薄汚い路地裏にしゃがみ込んで微動だにしない。人並み外れた綺麗な容姿は両腕に埋まっており、顔色は分からない。人通りもないそこでは、それが好んで着ているであろう黒いコートは闇夜と同化していた。

夕方、自分の後輩といつものように喧嘩していた面影はない。後輩の人並み外れた力を真っ向から受け止めているとは思えないほど、それは小さかった。小さくて儚くて、脆い。それがその時、俺―――田中トムの抱いた印象だった。



「……おい、アンタ、大丈夫か?」

「…、」



ピクリと僅かに跳ねた肩を見て、どうやら意識はしっかりあるらしいと判断する。俺はしゃがみ込んでいる男に近付き、同じように目の前にしゃがみ込む。俺が近付いてきたことを気配で察しているだろうが、男は依然と顔を上げる様子はなく、小さく小さく丸まっているだけ。

不意に、視線をそれの艶やかな黒髪から白い首筋に移す。そして、気付いた。
男の首筋に紅い鬱血を見つけた。服から見え隠れするそれは見える範囲で沢山付いている。それだけではなく、痛々しい咬み痕も目立つ。余程強く咬まれたのだろう、血が滲んでいた。


そこまで見て気付かないほど、俺は初でもないし無知でもない。そしてその相手が誰なのか分からないほど、俺は鈍くもないつもりだ。
この男にここまでダメージを与えることが出来る奴なんて、自分が思いつく限りでは一人しかいない。そしてその一人は、夕方の喧嘩以降、帰ってくることはなかった。どうせあとは報告だけで終わりであったし、自分も怒り一色に染まっている後輩に向かって上がりで良いと、言葉を投げかけた。そういったことはよくあったから気にせず、何気なくかけた言葉だった。

後輩は軽く会釈をした後、そこら辺にあった標識を引っ掴んで逃げる男を全速力で追いかけていった。いつものことだと気にも留めず、自分は会社に報告に向かった。いつもという訳ではないけれど、少なくはないやり取りだった。



――――その結果がこれ、なのだろうか。



「…別に、気にしなくていい」

「…え?」

「首の痕、見えたんでしょう?それで気になった、違う?」



ここで初めて男が顔を上げる。その顔は相変わらず綺麗すぎる笑みが張りつけられているが、隠し切れていない疲労が滲んでいた。そして右頬は赤く腫れ上がり、乾いた血が、泥が、彼の顔を汚している。今度は意識しながら彼を全体的に見れば、いつもの黒いコートはところどころ汚れているし、先程は艶やかだと思っていた黒髪もよくよく見れば汚れている。

俺の視線に気付いたのだろう。男は喉で笑った。綺麗すぎる笑みは、やはりどこか痛々しい。俺は無意識のうちに眉を寄せていた。



「何で田中さんがそんな顔するの?変なの」

「いや、だってよぉ……その傷とか諸々、やっぱアイツがやったんだろ?」

「最初に言ったでしょ?“気にしなくていい”って」

「…………」



どうやら最初からこの男は俺の思考を読んでいたらしい。大した洞察力である。尤も、そんな能力でもなければ情報屋なんて仕事は到底出来ないだろうけど。


男は気にしなくていいと言った。俺の言葉を否定するわけでも肯定するわけでもなく、ただただ「気にするな」と首を振るだけ。否定も肯定もされなかったが、俺は先程も言った通り鈍くはないつもりだ。それが遠回しの肯定だと、何となく悟る。
男の白い首筋に紅い鬱血を残し、痛々しい咬み痕を残したのも、男の右頬の腫れの原因も、男が汚れている原因も全て、同一犯。俺が想像した通りなのだろう。

先刻も述べた通り、この男にここまでダメージを与えることが出来るのは良くも悪くも、一人しかいないのだから。



「…いつからだ?これが初めてってわけじゃなさそうだけど」

「……いつからだろうね……忘れたよ」

「もしかして、アイツがこっちに戻って来ない時はいつもか?」

「さぁね……向こうの気分次第さ。会っても殺し合いだけの時もあるし、俺が池袋に行かなくとも向こうが溜まればこっちに来る時もある」



男の言葉全てを信じるならば、男の言葉全てが事実ならば。それはいくら殺したいほど嫌いな相手であろうが、していいことではない。つまり後輩のしていることは悪く言えば強姦に近い。そして男の口振り、男の顔色を見る限りではその行為を男が好んでいないことが分かる。
そして後輩と男のその行為に、本来ならばなければならないモノがなかった。後輩に嗜虐的思考、男に被虐的思考がない限り、男の身体にここまでの傷があるのは可笑しい。前者は考えられないことはないが、後者はどうも考えにくい。もしもそう言った思考があるならば、その行為を男が好んでいないという俺の推測に矛盾が生じる。そして俺はその推測が外れだとは思えなかった。ならば答えは否定である。男に、被虐的思考は、少なくともないのだろう。

つまるところ、彼等の間に本来あるべき“愛”はない。被虐的思考ではない男に後輩が手を上げる時点で、少なくとも後輩には、皆無。それに普段は至って温和の後輩が本当に好きな相手に手を上げるなんて俺は考えたくなかった。


しかしそうなるとあまりにも酷い話だった。簡単に言ってしまえば、男は性欲処理として扱われているのだ。桁外れの力を持つ故に、女に触ることを躊躇っているアイツに選ばれてしまった“壊れてもイイ人間”なのだ。

そしてもう一つ。
おそらく被虐的思考のない男が、何度も何度もその行為を受けているのは単に抗えないわけではない。もし本当に嫌ならば得意の頭脳で何かしらの仕返しを考えるだろう。そして俺が気付いたのだ、きっと男は当の昔に後輩に性欲処理として扱われているのだと分かっている。

仕返しをしない、しかし性欲処理として扱われていると分かっている、けれども行為自体は好きではない、なのに行為を受け入れる。理由なんて、一つしか、なかった。



「……アンタ、静雄のこと、好き…なのか?」



喉から出てきた言葉は途切れ途切れで、随分躊躇いがちであった。俺が考え付いた結論は実に残酷である。あれだけ考えた結論ではあるが、心のどこかで男に否定してほしかった。そんなわけないと鼻で笑い飛ばして、ふざけるなと冷めた目で否定してほしかった。


―――けれど、男からの返答はない。
否定も肯定もない、無言。男は何も喋らなかった。


でも、その目は。その表情は。俺の否定してほしかった結論を無言で、肯定していた。

遠目でしか見たことがなかった男はいつも笑っていた。後輩曰く、胡散臭い笑みだったり、張りつけたような完璧な笑みだったり、楽しそうな笑みだったり。とにかくよく笑う男だ。
今、俺の目の前にいる男もやっぱり笑っている。笑っている、のに――――男は、泣いていた。静かに、笑いながら泣いている。紅くも見える瞳からはらはらと流れる滴は止まることを知らない。静かに流れ続ける滴に気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか。それでも男は笑い続けていた。

口角を少しだけ吊り上げ、柔らかく、笑んでいる。



そんな男は笑って泣きながら、寂寞とした空間を壊さない蕭やかな声で呟いた。



「――――シズちゃんには、内緒ね…?」



まったく、酷い話である。





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これからトムイザになるんですね、わかります。←
きっとトムさんが傷心イザイザを癒してくれるんだと信じてる(`・ω・´)

ところで何故か私が静←臨を書くと一気に平和島氏がゲス雄になる件について、誰か深く話し合ってくれませんk(黙)


ああ、本当に不思議だww



 
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