『………つまらないなぁ』



来神高校に入学して一日目。つまりは自分の入学式当日から、俺は屋上で暇を持て余していた。おそらく他の同学年達は今頃、校長の長ったらしい話でも聞かされていることだろう。そんな人生では何の役にも立たない話などに時間を割くよりも、こうして屋上で空を見上げている方がマシである。

が、如何せん、暇だ。無駄な話を聞くよりかは幾分かマシだとしても退屈なことには変わりない。趣味の人間観察をしようにも、その人間達は入学式の真っ最中だ。かと言って帰るのも駄目だ。入学式後にはホームルームがある。それには出たい。自分のクラスにどんな人間がいるのか把握したいし、他のクラスで面白そうな人間がいるかどうかとかも知りたい。そういえば新羅が小学校の頃の知り合いに面白い奴がいるなんてこと言ってたなぁ。今度紹介してもらおう。



『……暇』



思考すればするほど色々なことが思い浮かび巡るのに、暇という事実に変わりはなかった。寧ろ、暇だと改めて認識したらますます退屈になってきた。さて、どうしようか。空を見上げながら思案するけれど、良策は浮かばない。昼寝をしようにも眠気はないし、代わり映えのしない空を見続けるのも飽きた。ああ、どうしよう。これだと校長の無駄話と同じくらい時間の無駄遣いだ。こんなことなら新羅辺りを引っ張ってくるんだった。今更そんなこと考えても無駄だけど。

どうしようかなぁ、と呟きながらフェンスに背を預ける。そして視線を一つしかない扉の方へ向けた。あの扉が開いてくれたら何かが変わると思うのだけど、しかし先程から何度も言う通り今は入学式の最中なのだ。新入生は勿論のこと、在学生、教師共々、きっと体育館で無駄な時間を持て余していることだろう。俺のようにサボっている人間がいるならば別だけど、此処には多分誰も来ない。
だって大抵の学校の屋上には大抵鍵が掛かっているし、俺が来た時もしっかり鍵は掛かっていた。それなのに何故俺が此処にいるのかは置いておこう。正当な鍵を使って入ったわけではないからね。もしもテロップが流れるならば、「良い子は決してマネしないでね」という言葉が大きく記されることだろう。だから本当ならやっちゃいけないことなんだよ、ピッキングなんて。あ、言っちゃった。


…うん、暇すぎて誰に言っているのか分からないどうでもいいことを脳内で喋る自分が悲しくなってきた。けれど仕方ないじゃないか、暇だもの。本当にあの扉開かないかなあ、さっき全力で否定しといてなんだけど。マジ誰か来い、暇、暇すぎて死ぬ、誰でもいいから来ないかな。



――――と、そんなことを考えても結局その扉が開くことはないだろうと、俺はどこかでそう思っていた。入学式だし、場所も場所だし、やっぱり誰も来ないんだろうと思ってた。


でも、俺の確信にも似た思考を良い意味で裏切ってくれる人間が、いた。



『―――まだ居たんだな、お前』

『……え、』



ガチャリ、と開いたのだ。一つしかない、開かないかなと考えていた扉が。現われたのは自分と同じように学ランを着て、胸に新入生だと一目で分かる花の飾りを付けた男子生徒。彼は扉の真正面のフェンスに寄り掛かる俺を見て驚くことなく、まるで俺が此処に居ることを以前から知っていたような口振りでそう言った。
これには俺は二重の意味でびっくりだ。まず、来ないだろうと結論付けていた俺の思考をあっさりとぶち壊してくれたこと。そしてもう一つ、彼の態度と口振り。俺を見て呆れたように笑う彼の態度が、俺を見てそんなことを言う彼の言葉が、不思議だった。

おそらくその時の俺は諸に顔に出ていたのだろう。彼は何も言わない俺を訝しんだ後、すぐに納得したように「ああ」と頷くと一歩二歩と俺に近寄りながら苦笑気味に言葉を続けた。



『体育館に行く道中で屋上に人影を見つけてな。少し気になったから来てみたんだよ。まさかまだ居るとは思わなかったけどな』

『……君は…』

『門田京平。一応、お前と同じクラスで出席番号も前後だ』

『俺の名前知ってるの?』

『知ってるっつーか、クラス表で見ただけだ。俺の前の名前がやけに珍しくて印象に残ってるんだよ』

『…よく俺がその名前のヤツだって分かったね』

『俺の前の“オリハラ”の席にはカバンはあるのに肝心の本人は式中いなくてな。入学式早々からサボる奴なんて中々いねぇし、それで何となくお前が“オリハラ”かと思って』



まぁ、ほとんど勘だったんだけどな、と肩を竦めて小さく笑う彼が俺にはとても格好良く見えた。実際に彼は格好良いんだけど、そのさり気ない仕草や態度全てが更に彼を格好良く魅せた。人間が好きで、だからこそ色々な人間を見てきた俺が、出会ってたった数分足らずの彼に一瞬にして惹かれたのだ。



『…―――門田君は、』

『あ?』

『門田君は、何で此処に来たの?』









「“今日は良い天気だからな”って言って、さり気なく俺の隣に来てくれたんだよ!?ねぇ格好良くない?ドタチン格好良いよねぇ!?」

「分かった、分かったから臨也!お願いだから落ち着いて!」

「本当に分かってんのかよ新羅この野郎!!シズちゃんは分かっただろ、ドタチンの格好良さと素晴らしさ!」

「お、おう」



ああ、今でも鮮明に覚えてるあの日の入学式。話したこともなければ顔合わせすらしていない俺を気にかけ、だけどそれを感じさせない自然さと柔らかな微笑に俺の心臓は打ち抜かれたのだ。人間は大好きだし愛している。そしてドタチンもその内の一人である。けれど、俺の人間に対する感情とドタチンに対する感情は全くの別物だ。愛して止まない人間ですら、彼には及ばないと思える。何人、何十人、何百人、何万人、何億人、この惑星に生息する人間がどれほど集まろうと彼には敵わないと思ってしまった。

たった、それだけのことなのに。しかし俺にとっては重要で重大だった。



「初めてだったんだよ、人に捜してもらったのって。それがちょっと嬉しくてね。それにドタチンってば、俺の性格知っても何だかんだで傍にいてくれるんだよ。ほんとお人好しだよねぇ」

「…臨也…」

「ま、俺はそんなお人好しで格好良い男前なドタチンが好きなんだけどさ」



自分で言って気恥ずかしくなるけど、その言葉に偽りはない。人間に向ける愛とはまた違う、別物の好意。そんな感情を抱けるのはきっとドタチンに対してだけ。愛している人間には決して向くことのない好意だ。
俺が普段から言っている人間への愛とは違うと二人も察しているのだろう。シズちゃんも、今ばかりは俺の言葉に苛立ちを覚えることもなく無言のまま聞いている。どうやら俺のドタチンに対しての好意は本物だと認識してくれたようだ。「本当に好きなんだな…」と独り言のようなシズちゃんの呟きに、思わず苦笑したくなった。その次に続いた「でも俺だってセルティには未来永劫の愛を誓ってるから…!」とか変な対抗心を燃やしだした新羅はとりあえず無視しておくことにしよう。


そんな俺の昔話に盛り上がっているその時、漸く俺が待望していた瞬間が訪れた。



「今日はやけに盛り上がってるな」

「!、ドタチーン!!」

「臨也……先に食っててもいいって言っただろう?」

「だってドタチンがいないと食べる気しないんだもーん」

「…お前なぁ」



そう言って溜息を吐いて、呆れたような苦笑を浮かべるドタチン。あの日と同じように、同じ扉から現われたドタチンに俺は駆け寄ってその逞しい体に抱きついた。ドタチンは少しよろめきはしたものの、俺の体をしっかり受け止めて、あしらうこともせずに仕方ないと言わんばかりに息を吐く。

ああ、良かった。
これで俺の昼休みも満たされる。



「やぁ、おかえり門田君。手に昼食を持っていることから察するに、今回も断ってきたみたいだね」

「ん?……ああ、まぁな。あの子には悪いけどな」

「ドタチン断ったんだ?ああ、良かった!それがいいよ、ドタチンに釣り合う子じゃなかったし」

「そう?結構お似合いだったと思うけどね」

「どこが?本気で言ってんなら眼科言った方がいいんじゃない、新羅。あんな子、ドタチンには相応しくないよ」

「……お前、本っ当に門田が関わると性格変わるな…」



手前の大好きな人間だろうが、と零すシズちゃん。しかし、だ。いくら人、ラブ!だとしても、これとこれとでは話が違うのだ。

大体、ドタチンと並んで昼食を食べる昼休みの時間は俺にとっては貴重な時間なのに、そんな貴重な時間を告白とかそんな理由で削られるなんて不愉快だ。お陰で昼休みも残り半分ぐらいになってしまった。もしもドタチンが告白を受け入れたらどうしようか、と既に色々と別れさせる策略を練っていたけど、断ってくれたようで本当に安心した。
人間でも、俺のだぁいすきなドタチンを取ろうなんて絶対に許せないから。



「釣り合うとかお似合いだとかは分かんねーけど……今は彼女とか作る暇ないからな」

「どうして?」

「今はお前で手一杯だし、それに俺はお前と居る方が楽しいんだよ」

「っ、ドタチン…!」



――――でも、そんな心配はいらないみたいだ。


こうして俺の頭を撫でて、あの日と同じように優しい微笑を浮かべてくれる。それだけで十分。
俺で手一杯、俺と居る方が楽しい。その言葉だけで十分。

この俺を、これだけの言動と行動だけでこんなにも喜憂させることが出来る人間なんてドタチンしかいない。そしてそんな彼は、俺の歪んだ性質を分かっていながらも苦笑いをしつつも結局は傍にいてくれる。
本当にお人好しで、本当に優しくて男前で、本当に格好良い。これだから俺は、ドタチンにますます甘えたくなって、ドタチンをますます好きになる。そしてついつい、ドタチンから離れたくなくなってしまうのだ。



「ドタチン、好き!」

「はいはい」



そう言って笑う彼。


ああ、やっと雲が晴れていく気がする。














「………ところで僕等の存在、すっかり忘れてるよね、臨也」

「……忘れてるだろうな、あの野郎」



という、外野のその他二人の声が聞こえたが訂正したい。
俺は決して忘れているのではない。ドタチンしか眼中にないだけなのだ。

ここ、重要。





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四畳様に捧げます!
ドタチンが最後のほうのみの登場ですみません;;

臨也も誰だ状態だし…。
いつもの如くgdgdで申し訳ないです('・ω・`)



 

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