池袋という街は、いつもひどく喧騒としている。
人で溢れかえるこの街は、何かと厄介で不可思議な事件が多だ起きる。そして何よりこの街には普通とは何処か違う人間が集まる。


例えば、俺から見て斜め右では自販機が飛んでいた。地を揺らす様な男の低い怒声も、この街では当たり前だった。住人はそんな彼を口々に池袋最強やら喧嘩人形と呼び、危険人物の一人として数えた。
例えば、俺のすぐ真横を走り抜けて行った黒いライダースーツを纏った運び屋。猫の形をしたそのヘルメットの中身が空っぽの都市伝説でもある首なしライダー。その都市伝説と池袋最強は仲が良いらしく、度々一緒にいることを目撃する。

他にも異質な住民はいる。けれども、ここはそういった厄介な奴等が集まる街なのだ。その中で日々を過ごせば、何が異質で異端で異形なのか、分からない。
だからこそ、一般的に可笑しいと世間に部類される奴等も、この街では“普通”になる。いや、“普通”では決してないのだけれど、それでも俺達にとっては池袋最強が自販機を投げようと、都市伝説が公道を走ってようと、それを見て思うことは、一つ。


――――嗚呼、いつものことだ、と。



しかし、だ。

そんな街から、住民から、ただ一人だけ受け入れられなかった奴がいる。そいつの根城は池袋ではなく新宿だが、それでも奴はなにかとこの街に訪れ、その度に拒絶をされていた。誰からも、何からも。


例えば、俺の高校時代の同窓生である闇医者は、奴のことを「反吐」だと称した。あれほど腐って歪んで卑怯で卑屈な人間はいないとまで言っていた。そいつは心の底から笑い、そう吐き捨てた。
例えば、俺の後輩になる高校生の三人は、奴のことを「最低」だと呟いた。彼等にとって奴は、最も信ずるべきではない最悪な危険人物なのだろう。三人は心の底から恨めしそうに、そう吐き捨てた。

上記の池袋最強は奴を見つければ問答無用で殴りかかり、「殺す」「死ね」と言う。都市伝説は極力奴とは関わらないように避けているのだと同居人でもある同窓生の闇医者が言っていた。
それに俺は同意するわけでもなく、ただ「そうか」と頷くだけで聞き流した。池袋から嫌われ、人間から憎まれ、疎遠され、疎外されている奴は俺にとって、嫌悪や憎悪を向ける対象ではなかったからだ。俺自身は特に奴を疎ましく思ってもいないし、嫌いも憎いもない。少し手が掛かって、天邪鬼で甘え下手で、少し人とは違った感性を持つ同窓生であり、目の離せない子供みたいな奴だ。



それに俺は知っている。
非道で外道なことばかりしていて、人間を愛してるだと意味不明なことを謳っている奴も、結局は“人間”なのだということを。“素”の自分を見せれる、心許せる存在が奴にもいるということを。

そいつらのことを俺に語る時の奴は始終笑っている。企むような笑みじゃない、ただ笑っている。眉目秀麗という言葉を具現化したような容姿をしているだけあって、どんな表情をしても綺麗だとは思うが、俺はただ笑っているだけの奴の顔が一番綺麗で、一番愛らしいと思う。尤も、奴には自分がどんな顔をしているかなんてまったくの無自覚なんだろうが。


俺は、奴にそんな表情を作らせる存在がいて良かったと心から思った。いくら俺が嫌っていなくとも、この街は奴を嫌っている。だからこそ、良かったと安心した。一人じゃないんだな、と嬉々として語っていた奴に俺は無意識にそう零してしまうほど安堵していた。

しかし奴は俺の呟きに一瞬だけ目を瞬かせ、何言ってんの、と不思議そうに続けたのだ。



「ドタチンが昔からこうやって俺の話聞いてくれるじゃん。だから俺は“一人”だった時なんかないよ」



そう言って笑った奴の顔は、俺の一番好きな表情だった。





おいでませ、袋!
▼街の沈黙





「…なーんか最近さ、静かだよね」



突然、何の脈略もなく呟いた狩沢を一瞥した。狩沢は珍しく大人しく、じっと窓の外を見つめたままで俺の視線には気付かないようだった。



「…それは僕達がッスか?それとも、」

「―――池袋が、だよ」



そう言って狩沢は漸くこちらに視線を寄越し、溜息にも似た息を吐き捨てる。その隣に座る遊馬崎も言葉にはしなかったものの、まるで狩沢に同意するかのように同じように続けて息を吐く。
俺はそんな珍しく大人しい二人から、先程の狩沢同様に窓の外に視線を移す。そこは相も変わらず人で溢れている街の景色が広がっている。喧騒とした街は、以前と何も変わった様子はない。けれども、俺達にとっては随分と変わってしまったように見えた。

丁度、目の端に移ったアイツは上司かと思われる男の後ろを悠々と歩いていた。至って変わった様子はないように思えるが、アイツを知っている者が見れば苛立っているのだと一目瞭然だった。今日だけではなく、最近見かけるアイツはいつも苛立っている。いや、日に日に苛立ちは大きくなっているようだ。
そして最近、運び屋をあまり見かけなくなった。少しだけ気になって昨日、同居人である旧友に電話してみればどうやら近頃仕事が減ったのだと言う。何でも“お得意サマ”からの仕事がぱったりとなくなったらしい。お陰で一緒に居られる時間が増えたとアイツは喜んでいたが、最後の最後で“お得意サマ”について俺に尋ねる辺り、アイツなりに気にはしているようだけど。



「何見てんだよ」

「ああ……あそこに静雄が居てな。随分機嫌悪いなと思って」

「確かにねぇ。最近のシズちゃん、かなり荒れてるよね」

「ま、あそこまで苛立たせてる原因は分かりますけど」

「…ああ、折原臨也か」



渡草の呟きを俺は反芻し、その名前の人物を思い浮かべる。脳裏に浮かんだアイツは、繕った笑みを浮かべながら挑発的な視線を寄越してきた。アイツが、臨也がよくしていた表情だ。

けれど、そんな臨也の顔を見たのは果たしていつだっただろうか。



「……本当に静かだな」



それは確か、人で溢れ、変わらず喧騒としている池袋が静かなんて思い始めた頃からだったような、気がする。






 
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