二十六
雪女として奪われた体力を、鬼の血が持つ治癒力が少しずつ癒していく。
始めは座位を取る事すら辛かったのだが、今は難なく正座し、着替えをするまでに回復した。
(あの子達には、可哀想な事をした)
着替えの手を緩やかに動かしながら、ナマエは姿を消した妖怪達を思った。
彼等は火事に因って死んだ訳ではなく、ただ大地の精に還っただけだ。
容姿が恐ろしい、もしくは醜い為に“妖怪”などと呼ばれているが、彼等の出自は精霊に近い。
強い力を持つナマエが棲む庵、という依り代を失った彼等は姿を保つ事が出来なくなったのである。
(また何処かで出会えればいいけど…)
長く時を過ごした家族を思い、ナマエは重い溜め息を吐いた。
用意された手拭いで身体を清めて、同じく用意された寝間着を纏う。
ゆっくりと布団に身を横たえ、薄掛けの布団を被る。
『…』
開け放してある窓から夜空が見えた。
ナマエは暑さと疲労でぼんやりとした目で月を眺めた。
此処は山よりも暑い。
本来なら寝苦しいはずなのだが、しかし何故だろう、すぐ側に風間がいるというだけで甚く気持ちが安らぎ、穏やかに眠気がやってくる。
瞼を閉じると先程の赤々と燃える炎と、そこから現れる風間の姿が脳裏に浮かんだ。
恐ろしい思いをしたはずなのに、それを上回る別の感情が身体を支配する。
ナマエは少し微笑んで、ひと時の眠りに身を委ねた。
明けて翌日。
眠りから覚めたナマエは傍らに誰かの気配がある事に気が付いた。
寝ぼけた頭で、こてん、とそちらに顔を向けると、何とそこには壁に背を預けて眠っている風間の姿があった。
(寝顔を見られた…!?)
ナマエは真っ先にそう思い、酷く狼狽した。
ひとしきり慌てふためいた後、やや落ち着きを取り戻す。
改めて風間を見ると、彼はまるで役者のように整った顔で眠っていた。
(まさか、一晩中此処にいてくれたのかしら)
音を立てないように身体を起こし、ぐるりと辺りを見回す。
枕元に水の入った茶碗が盆に乗せておいてあったのを見つけて、ナマエは眼差しを柔らかくさせた。
恐らく風間が御代りを用意してきたのだろう。
眠っている自分を見て、不満そうに眉間に皺を寄せ、枕元にそっと置く姿が容易に想像出来、ナマエは顔を綻ばせた。
この人はそういう人だ、と彼女は思った。
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