二十四
強風は大半の炎を吹き消し、辺りは再び暗さを取り戻した。
その中にあってはっきりと浮かび上がって見える風間の姿に、ナマエは胸を熱くした。
(来てくれた!来て、くれた…!)
鬼と化した彼を見ながら、ナマエは落涙し顔を歪めた。
得も言われぬ様々な感情が胸に渦巻き、何も言葉に出来ない。
『…』
風間はそんな彼女を瞥見した。
気高い雪鬼姫ともあろうものが、煤で頬を汚し、醜く這い蹲っている。
その姿に怒りが更に増し、風間は音を立てて奥歯を軋ませた。
(下衆どもが。かような振る舞い、決して許さぬ)
先程去ったばかりの風間が再び姿を見せた事、ただ現れたのでは無く、異形の容姿を以て姿を見せた事に人間達は酷く戦慄した。
雪鬼姫が仲間を呼び寄せた。
見ろ、あの角を。あの姿を。
あれは鬼だ。雪鬼姫は鬼を呼び寄せた。
殺せ、殺せ…!
人間達が口々に言い合う言葉も、風間には数多の小蠅の羽音の様な、煩わしいものにしか聞こえない。
手にした刀を握り直し、風間は閃光の様な速さで崖下へ降り、息つく間も無く彼等を惨殺した。
彼等の魂は、己が死んだ事にも気付かないだろう。
それ程の出来事であった。
血を払った刀を鞘に納めて、風間は元の人の姿に戻った。
実に下らん、と心底思った。
崖を上がり、今し方まで庵の形を成していた場所に足を踏み入れ、その中央で伏しているナマエのもとへと歩み寄った。
『立てるか』
『…』
風間の問いにナマエは行動で応えようとしたが、名残の熱がまだ身体を蝕んでおり、立つ事は適わなかった。
酷く衰弱した彼女を見、風間は徐に地に膝をつき、彼女の身体に両手を差し入れた。
『!』
背と足を抱く強い腕の感覚。
急にふわりと浮いた身体。
鈍くなった頭でもそれだけははっきりと解った。
ナマエは軽々と風間に抱き上げられていた。
『ふん。その様な顔が出来るのなら、さして重症ではなさそうだな』
『…っ!!』
自分を抱いた風間が不意に顔を近付けたため、ナマエは目を丸くした。
一体どの様な表情をしていたかは解らないが、自分を見る風間の眼が何時に無く優しく、ナマエの胸は何か穏やかなもので満たされた。
『…』
緊張で強張らせていた身体から力を抜き、風間に体重を預けてみる。
応える様に彼の両腕に力が込められたのを感じて、ナマエは鼻の奥がつんと痛くなり、先程とは違う涙を流した。
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