二十一

風間がナマエの庵を発った時、崖下の草陰より、たくさんの緊張と興奮の気配が立ち上ぼり始めた。

それは夜に行動する獣の類いではなく、人間のものであった。

『…行ったぞ』

『全く忌々しい…。見ろ、あの動きを』

人間は、十は居ようかという数だった。
風間が木々の間を軽やかに飛び去る姿を見て、小声で悪態をついていた。

『恐ろしい、…あれは絶対に人間じゃねえ』

『雪鬼姫の奴、得体の知れねえもん呼び寄せやがって…!』

彼等は麓の村人だった。

冬の雪深い日からよく姿を見せる様になった風間を、余所者嫌いの彼等は訝しく思っていた。
警戒心の激しい彼等は風間を陰ながら見張り、その行動を調べて、ついにこの庵を見つけたのだった。

『やるなら今しかねえ、金の頭のあいつは、一回来たら半日は来ねえ』

『…皆、用意は出来てるな?』

一人の声を合図に、その場の全員はそれぞれ火を起こす道具を取り出した。
決意を込めた手は力が籠って白く変色している。

『よおく狙え、此処からなら、届かねえ距離じゃねえ…!』

起こした種火を皆に回し、興奮の渦は次第に凶暴な空気を孕む。
異様な雰囲気が一体に充満する。
そしてそれが頂点に達した頃、

『それ!放て!!』

闇夜の静寂を切り裂く恐ろしい雄叫びが辺りに響いた。



『こ、この、化け物…!……うぐっ!!』

『ふん、』

僅かな月明りの中、一瞬の間に辺りを血の海と変えた風間が最後の命を容易く屠った。

山を下り、まもなく麓の村に辿り着こうかという林道で風間は人間達の待ち伏せに遭った。
四方をぐるりと取り囲んだ彼等の手には斧や鍬・鋤などが握られており、銘々が血走った眼を風間に向けた。

明らかな殺意。
風間は気怠い溜め息を吐いた。

(愚かな。何故力の差が解らんのだ)

刀を一振りして血を払い、鞘に納める。
風間はあまりに下らない事だと思い、それを考えるのを止めた。

ふと、予感がした。
風間は後ろを振り返り、ナマエの庵がある辺りを見遣った。

その瞬間、何か複数の叫び声が聞こえた気がして、ぱっとそこだけが明るくなった。

“炎って嫌い。側に寄ると力が上手く入らないんだもの”

まだ風間がナマエのもとに通い始めた頃、自分に淹れたての茶を出したナマエの言葉が脳裏を過ぎった。

『ちっ…!』

強い苛立ちを示す舌打ちを鳴らして、風間は鬼の脚力で踵を返した。

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