風間が雪山を行く様を、立ち並ぶ木々の影から見つめる者がいた。
それはナマエの妖気に己の気配を紛れ込ませ、静かに“侵入者”の様子を監視していた。

『…』

影と影の間を瞬時に移動出来る猫の形をした紫の影は、風間が庵に近付いている事をナマエに伝えるべく、木の影の中へ素早く潜った。



(…なんだろう、肌がちりちりする)

庵にいたナマエは、先程から感じる謎の感覚を疎ましく思っていた。
眉間に皺を寄せ、腕や肩をさする。

(この感じは人間じゃない)

ナマエが縄張りとしている範囲内に人間がやってくると、ほんのり肌に熱を感じて何となく解る。
これ程強い嫌悪感は無い。

(これは…寧ろ妖に近い)

まだ幼い頃にうっかり妖孤の縄張りに入ってしまった時、全身を無数の矢で射抜かれたかのような強い気を浴びせられた事があった。
今感じている肌を苛む感覚は、それによく似ていた。

外に出て気配の主を探そうかと思った時、家の裏からナマエを呼ぶ猫の長鳴きが聞こえた。

『!』

ナマエは踵を返して紫猫のもとへ走り寄った。
にゃーん、と鳴くその声音は、怯えの色を帯びていた。

『どうしたの?』

紫猫の大きな身体を抱いてやり、ナマエは精一杯優しい声を使った。
紫猫は短く鳴いて応えた。

『…っ!』

彼の者の声を聞き、ナマエは息を飲んだ。

(侵入者!…私を探している)

強い力を持つ者は、無駄な力の衝突を避ける為に極力他者の縄張りを侵さない。
妖孤が幼いナマエに気を当てたのも、それ以上不用意に近付くなという威嚇の為である。

(一体何の為に、)

恐怖が限界に達したのか、紫猫は用件を告げると影の中に身を潜めて隠れてしまった。
わざわざ知らせに来てくれたその後ろ姿に礼を述べ、ナマエは肩掛けを羽織って庵を飛び出した。

謎の存在がこれ以上縄張りの深くに至るのを阻止する。
脅迫で帰ってくれればそれで良し。
それが適わなければ実力行使に出るまでだ、とナマエは思った。

(金の髪に、黒の羽織姿)

紫猫が知らせてくれた侵入者の特徴を内心で呟きながら、ナマエは雪に覆われた地を風の様に駆けていった。

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