十四
買ったものを食べ物と飲み物で袋を二つに分ける。
斎藤君はいつも、そうする事が当たり前であるかのように黙って重い方を持ってくれた。
『ありがとう』
そして私は、そうされる事が当たり前だとは思わずに、いつもお礼を言っていた。
『…礼には及ばん』
少し照れたように笑って私を見る彼の顔もいつもの事。
これはきっと、この先ずっと続くんだろうなあなんて、漠然とした未来の事を思った。
斎藤君の家はスーパーからとても近い。
夜道で身体が冷えきる前に彼のアパートに辿り着き、お邪魔しますと言って中に上がらせてもらった。
入った瞬間、心臓がきゅっとした。
人様の家に行くと必ずその家々の匂いというものを感じる。
斎藤君の家もまた然りで、彼の家に入ると私は絶対胸が甘く痛むのだ。
家の匂いをいい匂いと言っていいのか解らないけど、私はこの匂いが好きだった。
前にこの事を千ちゃんに話したら“匂いフェチね”と言われた。
ちょっと違う気もするんだけどな。
リビングまで行って、こたつテーブルの上に買ったものを置く。
斎藤君は手早くこたつとエアコンのスイッチを入れた。
『先に着替えて来る』
『うん、解った』
斎藤君がスーツを脱ぎに行っている間に食べる準備をして、それから洗面台を借りに行った。
外から帰ったら手洗いうがい。
何処に行っても誰といても、これをしないと何だか落ち着かなくて気持ち悪くなってしまう。
親の躾の賜物というべきか…三つ子の魂百まで、というやつだ。
口に含んだ水を吐き出して、ふと片隅に置かれた歯ブラシスタンドに目が行った。
仲良く並んだ青とピンクの歯ブラシ。
勿論斎藤君と私のものだ。
この家には私がいつ泊まりにきても良いように、斎藤君の好意で私のものを幾つか置かせてもらっている。
この歯ブラシもその一つなのだが、こうも目につく場所に置いといては、万一誰かの目に触れた時に斎藤君が困るんじゃないかな、と思う。
斎藤君は私以外を招いた事はないし招くつもりもないって言ってたから、良いと言ったら良いのかもしれないけど。
そんな点でも私が特別扱いされているような気がして、ついつい顔が綻んでしまう。
どうやら私は病気のようです。
斎藤君が好き過ぎる病です。完治は不可です。
『ナマエ?』
『っ、…はあい!』
惚けてたら遅くなってしまった。
斎藤君に呼ばれて、私は慌ててリビングへ戻った。
『ハンガーを出しておいた』
ラフな部屋着に着替えた斎藤君はキッチンでレンジを使っていた。
『うん、ありがとう』
私の着替え一式もこの家に置かせてもらっている。
寝室にしている部屋に行って、私は箪笥から自分の部屋着を引っ張り出した。
着替えている所を見せるのは、まだちょっと恥ずかしい。
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