二十五

それから三日間、不知火一家は風間の里に滞在した。
その三日の間に大きな出来事は特に何もなく、賑々しくも平和な時間が流れた。

物が壊れる音が大好きな息子が何か悪さをしないだろうかとナマエは危惧していたが、その点についても何も問題なく、風間家で形ある何かが失われる事はなかった。

ナマエが三つ子にこっそり尋ねると、棒切れを振り回し、物に向かって振り下ろそうとするなど、確かに何度か危ない場面はあったらしい。
だがその都度、陽の脳裏に何かが走るらしく、酷く強張った表情でその手を止めていたそうだ。

何かに恐れているみたいだった、という三つ子の言葉に、ナマエはきついきつい灸を据えたであろう家老の顔が思い浮かんだ。
幼い彼の頭にもあの家老の顔がよぎったに違いない。
確かに餅は餅屋だったようだ。



『忘れもんはねえよ…な』

『はい、恐らく大丈夫かと』

屋敷の門前に二つの家族が揃っていた。
いよいよ見送りである。

もっとゆっくりしていけば良いというミョウジの申し出を丁寧に断り、不知火は早めの帰館をする事にした。
それについてミョウジは、ナマエの身体が大事で、思い立ったらすぐに行動しないと気が済まないのだろうな、と思っていた。

『うちから連れてきた馬は置いてくからよ、好きに使ってくれて構わねえぜ』

行きにナマエを乗せてきた馬は、帰りは連れて行かないのだと言う。
ナマエ達を抱えても不知火の足は馬より遥かに早く、帰路を伴うと時間が掛かって仕方がないらしい。

『では、こちらで有難く預からせて貰いますね』

『ああ、宜しくな』

ミョウジが頷いて答えると、不知火は歯を見せて笑った。

『陽君、また遊ぼうね』

『今度は私たちが長州まで行くからね』

そんな声が聞こえて、大人達は子達の方へ顔を向けた。
見ると、離れたくないと言わんばかりに千束にへばり付いた陽に対し、千賀と千瀬が声を掛けていたのだった。

目に涙を一杯にした陽を見て、千束は困ったように頭を撫でてやっていた。
千束も陽との別れが惜しく無理に引き剥がすなど、ぞんざいに扱えないのだ。

『…お手紙書くね』

『…』

陽は返事をしない。
彼の胸中を思い、誰もが少し気の毒に感じた時、

『陽、』

不知火が低めの声で息子の名を呼んだ。
同時に不知火から威圧的な気配が発せられたのを感じ、ミョウジは窺うように彼を見た。
不知火の目は真っ直ぐ息子に注がれていた。

無言の圧力が掛けられる。
やがて陽は自らの意志で千束から離れ、少し腰を屈めて自分を迎え入れる母の腕の中に飛び込んだ。

『よし、良い子だな』

素直に言う事を聞いた息子の頭をぐしゃぐしゃに撫でてやり、不知火は彼を背に負って、ナマエを腕に抱えた。

締めるべき所ではきちんと締める事が出来る。
父親の威厳というものが確立されている事を知り、風間は内心で不知火を見直した。

『じゃ、またな!』

息子をくくり付けた帯を確認して、不知火が風間家に背を向けた。
ナマエは、本当にこの姿で帰るのかと、まだ顔を赤くしている。

『行くならさっさといけ』

仏頂面で風間が言うと、へーへー、と言って不知火が地を蹴った。

『またねー!』

『お元気でー!』

見る間に小さくなっていく不知火達に向かって三つ子が大きく手を振る。
風間家に見送られて、不知火家は無事に薩摩の地を後にした。



その日のうちに己の里に辿り着いた不知火は、家人達へすぐにナマエの懐妊を告げた。
大喜びした彼等はその日一日の務めを放り出し、里を上げての祝いの宴を開いた。

不知火の里の鬼達の性格には全く以て救われる。
ナマエは彼等と一緒になって楽しげに笑いながら、ミョウジへの礼状に今日の事を書こうと思った。





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